第46話 ダリウス視点1
どこまでも続く水面の上に俺は立っていた。空は淡い桃色の朝焼けなのか、それとも夕焼けなのか判断がつかない。そんなあやふやな空間。
これは夢。
それとも死後の世界だろうか。
ふと、俺の前に白銀の髪の男が佇んでいた。真っ白な衣に、長い髪は水面につくほどだ。あのトーヤと外見は似ているが、男は仮面をつけており、表情が読めない。
分かる事といえば、この男も龍神族の一人だという事ぐらいだ。
「結月は選んだようですね」
厳かに、けれど耳に響く声。
俺はその名に胸がざわついた。意識が途切れ途切れだったが、トーヤがユヅキに手を差し出していた。あの手を彼女は手に取ったのだろうか。
ずっと探していた同胞。
俺と同じように彼女に「求婚印」を残した男──。
まさかユヅキを殺そうとするとは思わなかった。いや今考えれば、俺が絶対に彼女を助けに行くと確信していただろう。計算し尽くされた一撃。
それに大技で決めようとして、隙が出来てしまったのもよくなかった。焦ってもいた。血塗れのユヅキを見てだいぶ冷静ではなかったと今頃になって気づく。
侮っていた。
トーヤという男の執念を。
俺の軽率な行動が、ユヅキを追い詰めた。そんな俺が彼女の選択をどうこう言う資格などない。
「──あの子は、貴方を選んだようですね」
「は?」
「あの子」と、佇んでいる男はそう言った。
ふと俺は違和感を覚えた。最初はトーヤかと思ったが、違う。あの男とは全く異なる。強いとか弱いとかが分からないのだ。
男は俺へと手を翳す。
「帰りなさい。あの子の覚悟を無駄にしないように」
男の仮面が砕け、酸漿色の双眸が俺を見つめる。
しかし、その顔にはどこか見覚えがあった。ユヅキに似ている。いや──この場合は、彼女が男に似ているだろうか。
彼女の唯一の肉親。
兄と、母は亡くなったと言っていた。だとすれば──。
「──まさか」
「娘のことを頼みます」
白銀の長い髪が風によって揺れた。
次いで強風が俺の体を持ち上げる。空へと舞い上がり、弾かれたように俺は目覚めた。
***
すぐ傍に温もりがあった。
黒髪の──ユヅキに、一気に意識が覚醒する。慌てて起き上がると、彼女は、ぐったりとしていたが眠っているだけだった。一房だけ白い髪が残っており、白い角も消えてまるで人間のようだ。けれど、外見が変わろうと関係ない。彼女が愛おしい想いが込み上がってくる。
「ユヅキ……」
周囲の怒号が遠くから聞こえた。ここが戦場だというのに、いつも以上に落ち着いていた。頭もスッキリしていて、これ以上ないほど冷静に物事を考えられる。
「ダリ……ウス」
ユヅキの声に、俺は安堵した。硬く瞼を閉じた姿に、胸が軋む。俺を救おうと彼女は俺に全てを捧げた。
彼女を抱き上げながら立ち上がる。
(ああ、お前の想いが流れ込んでくる)
──ダリウス、愛しているわ──
初めて彼女が口にした愛の言葉。
そして口づけが嬉しくて、愛おしくて、たまらずに唇にキスを落とす。早く終わらせて、もう一度彼女から返事を聞きたい。
「ああ、俺もお前を──お前だけを愛している」
この煩わしい状況を終わらせよう。そう思った瞬間、想いに応えるように彼女の宝玉が煌めいた。
──「刻龍印」を結ぶべき人に出会うと、宝玉が開花する。武器になる者もいれば、髪飾りや腕輪といろいろね──
ユヅキの言葉通り、その宝玉は一振りの刀となった。それは俺が腰に下げていた刀をベースにしたもので、手にすると軽くてすぐに馴染んだ。
本来ならばユヅキが手にする宝玉の力。けれど、それは俺に移譲される形となって顕現する。
連続的な爆発音、怒号に喧騒。
すぐ近くで起こっていることだというのに、未だにとても遠くから聞こえる。心は落ち着いたままだ。漆黒のエンシェント・ドラゴン、復活した魔物の王だろうとなんら脅威に感じられなかった。
早く終わらせて、ユヅキを安心させたい。それだけが今の俺にとって何よりも優先すべきことで、全てだった。
遠くで吠えるエンシェント・ドラゴンと目が合う。
(ああ、煩い)
俺は彼女を横抱きに抱いたまま、刀を構え──刹那、魔力が刀身に凝縮される。黒光りした稲妻が刀身に迸った。
これが龍神族本来の力──。
「龍刃」
一閃。
悲鳴を上げる間もなく、切断されたエンシェント・ドラゴンの頭部は宙を舞い灰となって──次の瞬間、内側からの巨大な爆破が起こった。
「前帝、それではすぐに復元します!」
そう声を上げたのは、今まで懸命に戦ってきたキャロルだ。膝下までの黒のドレス服に、不釣り合いな片手斧。体の至る所に切り傷が見えた。かなり苦戦していたのだろう。
核が特定出来ていなければ、そうなっていただろう。だが──。
「いや、終わりだ」
初撃は斬撃の風圧。
そして──。
超高濃度に圧縮された魔力の斬撃は、エンシェント・ドラゴンの首を斬り落とすと同時に核をも切り裂いた。
復元することはない。





