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第45話 愛しているわ

「最も私は宰相になった時に、引退していたのですがね。……皇太后、私たちはアレを抑え込むことしか出来ません。囮にして、騙していて──酷いことを言っているのは、重々承知しております。それでも、私たちを助けていただけないでしょうか?」

「…………」


 何度も聞いた言葉。

 都合のいい願い。

 いつだって人間はそうやって龍神族に頼ってきた。

 私には戦う力はもう残っていない。このまま私が戦っても勝てない。だから「ごめんなさい……。私にはできない」と答えた。


「はっ──ハハハハハッ!」


 笑い声を上げたのは、刀夜だった。攻撃を続けていたクリスティの顔がみるみる青ざめていく。


「嘘でしょう!? 至近距離であの魔法をくらって無傷なんて……」

「ああ──結月! そうですよね! 都合のいい人間、そうやって数百年前も、あの時、陽善の時も! 人間は勝手に私たちに押しつけて来た! 同族を討つなんて貴女にはできない」


 刀夜は勝ち誇った顔で笑い続けていた。


「それは違うわ……刀夜」


 私は俯いて、腕の中にいるダリウスを見つめる。息はどんどんか細くなっていく。毒の進行が思ったより早い。たしかに、もう時間はなかった。

 普通の治癒魔法ではダリウスは──もう助からない。


「っ……ぐっ……」

「ダリウス」


 意識が朦朧とした中で、彼はまだ生きようともがいていた。

 私はダリウスの汗をそっとぬぐう。

 ここで「刻龍印」を使っただけではダメだ。私の──龍神族の力を全て使えば──可能性はある。彼の心音が弱まる音が聞こえ、周りの喧騒が消えていく。


「今の私が出来るのは──これぐらいしか思いつかなっかたわ」


 こつん、とダリウスの額を合わせた。

 口元が綻んだ。

 彼の傷口に手を当て、その傷を私が引き取る──転移魔法。

 それと同時に私は「刻龍印」を結ぶ。龍神族がたった一度だけ結べる「つがい」となる印。すでにダリウスから「求婚印」を受けているので、後は私が答えればいい。

 私は自分で唇を切って、血をダリウスに飲ませる。

 口移しで。これなら内側からの回復も多少効果を増すだろう。


(こうなる前に、一度キスをしておいてよかったわ)


 好きな人との最初のキスは、甘くて情熱的で幸せの味がした。またあのキスをしたい──そう思えるのだから。


「ダリウス。……愛しているわ」


 貴方がいない未来など考えられない。それを今更気づかされた。

「幸せは失わないと気づけない」と言うのは本当かもしれない。けれど失う前に気づけたのなら、絶対に失っては──いけない。


(私を惚れさせておいて、そのまま死ぬなんて許さないわ)


「刻龍印」は互いの心臓の近くに紋様として現れる。それは互いの想いの強さによって変わる。私とダリウスの場合は、蓮の花を中心に白と黒の二本の剣が交差する形で浮かび上がった。眩い白銀の光が私とダリウスの周囲に溢れ、彼の傷口を癒す。


 それと同時に、月明かりがやけに眩く真昼のように夜を照らした。「刻龍印」を交わした龍神族に贈られる神々の祝福。

 天から降り注ぐ癒しの光。それは雪のように空から舞い降りる。カイルたちに降り落ちると傷が癒えていく。

 白銀の煌めきはエンシェント・ドラゴンの動きを鈍らせた。


「馬鹿な……。君はその男を選んだというのか? 同族の僕ではなく──」

「残念でしたわね。魔物の王よ」

「黙れ!!」


 刀夜は激高し、クリスティとギルバートの攻撃を弾く。苛烈する攻防だったが、私に出来ることは──もうない。力が入らず、彼の胸元に倒れこむ。


(あ……)


 急速に力が抜けていく。

 私の髪が黒くなり、代わりにダリウスの髪が白くなる。ダリウスを限りなく龍神族に近づけることで、回復力を底上げするためだ。

 私の宝玉が光を失っていくのが分かる。それでも構わない。龍神族の力を失っても、それでも大切な人を救えるのなら安いものだ。


「ダリウス。……一緒に、生きて、私を一人にしないで」


 そこで私は意識が飛んだ。


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