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第44話 絶望の選択肢

「がはっ……!」

「ダリウス!!」


 ダリウスの背後には白銀の長い髪の──壮年の男が宙に浮いていた。司祭のような真っ白なローブを羽織り、笑みを崩さずに彼はダリウスに止めを刺そうと漆黒の刃を引き抜き、振りかざした。

 キィイン、と金属音が響く。

 漆黒の刃をダリウスは反射的に剣で弾いた。


「これを防ぐか。ああ──でも」

「ぐっ……」


 だが足に力が入らず、彼の体は傾く。私は崩れ落ちるダリウスを抱きしめた。

「閣下!」とカイルやクララの悲鳴が上がる。


「ダリウス!」

「ヒュッ……ユヅキ……」

「喋らないで、今治療を──」


 私は素早く治癒魔法を重ね掛けする。淡い光がダリウスの体を癒すが、血が止まらない。傷に対して治癒が追い付かないのだ。


「無駄ですよ。結月」


 私は男を──刀夜を睨んだ。

 カイルは魔法壁を張るだけで精いっぱいだ。他の兵士たちもエンシェント・ドラゴンの次の衝撃に耐えることは難しく、突如現れた刀夜()に攻撃をする余力はなかった。


「刀夜。なんで──」

「言っただろう、待っていて欲しいと。けれど他の誰でもない君が追いかけて来たんだ。嬉しくて、愛おしくて、待てずに来たんじゃないか」


 天界で見せた笑顔よりもずっと、狂気じみた歪んだ笑みに私は背筋が凍り付いた。そこに居るだけで、邪気が刀夜の周囲に纏わりついている。外見だけなら神の御使いと思わせる高貴さがあるが、そこから吹き出す邪気は魔物のそれに近しい。


「がっ……」

「ダリウス!」

「その人間はもうじき死ぬ。僕の結月を惑わした罪──毒の激痛と幻覚の中で喉を掻きむしって凄惨な最期を遂げる。もう助かりはしない」

「刀夜!」

「その男と現皇帝には、十年前にしてやられたからね。借りは返す主義なんだ」

「じゃあ、やっぱり十年前の一件は──」


 ──オオオオオオオオオオオオオオオオオ!

 漆黒のエンシェント・ドラゴンは喉元がせり上がり、ブレスを吐き出すモーションに入った。間違いなく先ほどとは比べ物にならない衝撃波を放つだろう。


「十年前、この国は腐敗しきっていた。だから、ゼロに戻そうとしたのに──それをあの皇帝は止めて、この降魔ノ森に僕を封印したんだよ。遺跡があっただろう?」

「なっ!」


 白銀の髪が変色し、刀夜の白い肌は黒く、髪は赤黒くなる。龍神族の姿から逸脱した──堕天。魔物堕ちした姿に、私は下唇を噛みしめた。

 邪龍ではなく、魔物堕ちした姿に違和感を覚えはしたが、今の私に考える余裕などない。


「君が来てくれたからこそ、僕は封印を破って目覚めることが出来た。上質の魔力をありがとう」

「まさか……。私の魔力がずっと回復しなかったのは……」

「そう。僕が奪っていたのさ。十年前、君に「求婚印」を付けておいた甲斐があった。そして──君が僕を選び「刻龍印」を結べば、僕は龍神族に戻れる」

「な──」


 刀夜は私に向かって手を差し出す。

 その笑顔はゾッとするほど崩れない。にこりと微笑んだままだ。


「あのエンシェント・ドラゴンの核は僕だ。だから僕を救えば──僕を選べば、ここで死傷者を減らすことが出来るし、君は今度こそ同族を救うことが出来るんだ」


 それはまるで思考を奪うような甘い毒。

 優し気に告げる言葉は、それが最適解というかのようだ。


(私が刀夜を選べば、最悪は防げる?)


 今、私の腕の中に居るダリウスは治癒魔法で何とか命を繋いでいるが、虫の息だ。彼に生きていて欲しい。少しでも時間を稼ぐことが最善ではないか。

 私は涙を必死で堪える。選択肢はあるようでない。


「何しているのですか! 皇太后ならしゃんとしてください!」

「その通りです」


 私の迷いを両断する声が響いた。

 次の瞬間、炎魔法が刀夜に直撃。そのまま見張り台から数十メートル先へと吹き飛ばした。炎の熱が私にも伝わってきた。

 無詠唱の魔法攻撃。

 それも練度が高い。

 この城砦にカイル以外に魔法を使える人物はいなかったはずだ。見張り台に現れたのは宰相ギルバート=ウォーカーと、黒髪の存在感の薄い男爵令嬢キャロル=ポウエルだった。


 いや二人だけではない。

 クリスティ=オズワルドの姿もある。全身真っ赤なドレスを纏い、ありったけの魔導具を発動させて攻撃魔法を刀夜に見舞う。併せてギルバートは白銀の杖を振るい、攻撃力を増幅させた。白銀の装飾は先端に宝玉がはめ込まれており、七色に煌めく。チェーンがじゃらじゃらと付いているが、その武器はずいぶん使い込んでいるようだった。私は予想外の援軍に思考が追い付けない。


「え──」

「え? じゃないわよ! 察しが悪いですわね」

「私たちは現皇帝の命によって、復活しかけている魔物の王を討伐しに来たのです。もちろん、前帝と貴女を囮にして」


 飄々と宰相ギルバートは、重大発言をさらっと告げた。キャロル嬢は少女とは思えぬほどの怪力で、自分よりも巨大な片手斧を持ちながら、漆黒のエンシェント・ドラゴン目掛けて駆け出した。

 一気に加速して、エンシェント・ドラゴンの元に到達する。


「はぁああ!」


 一閃。

 鱗、筋肉、骨すら一撃で砕いた一撃は、エンシェント・ドラゴンが叫び声を上げる暇もなく胴から切り離された。しかしエンシェント・ドラゴンは灰とならず、復元しようとする。決定打にはかける一撃だったが、ブレスを防いだ。


「来たか……皇帝の犬」


 刀夜は忌々しそうにクリスティとギルバートを見つめるものの、防御壁を作るだけで攻撃はせず、魔法を防ぐだけに留めていた。


「貴方たちは皇帝の──」

「私たちは皇国魔物殲滅特殊部隊ですわ」

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