第43話 急襲
──ガアアアアアアアアアアアアア!!
凄まじい衝撃波。
耳を劈くような音。
その咆哮によって、皇国イルテアに張り巡らされていた魔法結界の全てが砕けた。ガラス細工が砕かれたような音と共に、結界という恩恵が崩れ去った。
「チッ。本当に次から次へと俺の──邪魔ばかり」
「ダリウス! 私はあの魔物の動きを封じるから、一撃で消滅させるだけの特大魔法の準備をして!」
「それよりも、お前を助けなければ──」
「この程度なら問題ないわ」
私は魔法剣を二振り作り出す。それは私が最も得意とする武器であり、対魔物戦において最も威力を発揮する。先ほどの作成時間に余裕がなかった魔法剣とは違う。
刀の名は双剣・月石刃。湾曲した刀身は白銀のように美しい。刀身から水が吹き上がり、私を捕えていた魔物の手を細切れに切り刻む。
舞うように蹴散らすと、空間の切れ目はいつの間にか消えていた。
(今の魔物現れ方も妙だわ……。作為的、悪意的な何かを感じる。でも、今はそれよりも───)
──ガアアアアアアアアアアアアア!!
二度目の咆哮は城砦そのものを攻撃し、兵士たちもすさまじい衝撃に当てられ次々に戦闘不能に陥る。
宙に浮いたままのダリウスは刀を構え、たった一撃の為に凄まじい魔力を込めていた。確かに核を潰すのなら、その方法が一番確実だ。だがそれでは周りの兵たちがもたないだろう。今から避難しても間に合うかどうか。
ダリウスは私に目配せをした。それで何を考えているのか気づく。
「なんとかしろ」と──。
酷い無茶ぶりではないか。
だが、そうやって任されたことが私は嬉しかった。一度剣を交えればある程度互いの実力が分かるというもので、ダリウスは私の力を信じて任せたのだ。ならばここで応えなければ、私じゃない。
幸いにも腹部の傷は、多少無茶をしても死にはしない。龍神族は少々頑丈にできているのだから。耐えられないほどの痛みではない。
(大丈夫。まだ大丈夫……)
私はすぐさま即席の結界壁を城砦周辺に展開した。無詠唱なので作っては砕かれるが、すぐさま作り続けるよう術式を組み込む。これで、数十秒ぐらいは持つだろう。
「師匠、私も手伝います!」と、言って結界壁に補強魔法をかけたのは、カイルだった。
「ええ、ここは頼んだわ」
「はい!」
「クララはカイルの援護を」
「承知しました」
自然とカイルに任せることができた。きっと彼らなら大丈夫だろう。そんな気がした。私は片手を翳し、自分の残っている魔力を絞り出す。
「色は白、龍の逆鱗を踏みし悪しきモノ。高天ヶ原に神居する諸々の祀り神よ、地を染め、世界を侵さんとする悪しきモノを祓い屠る刃とならん」
それは魔法の中でも高レベルの術式であり、神代の魔法。あの魔物はここで仕留めなければならない。そう私は直感した。
空にオーロラが浮かび上がり、周囲の空気を凍らせ──私の魔法は完成する。
「貫け、砕け、破壊せん──魔法術式極階・冬龍凍!」
一瞬で漆黒のエンシェント・ドラゴンを取り囲む全方位、三百六十度からの同時攻撃。不可視の刃がエンシェント・ドラゴンを襲う。
──ギャアアアアアアアアアアアアアア!
絶叫。
不可視の刃が魔物の体を貫き続けた。
次の瞬間、もがくものの竜の体を覆い尽くすように凍っていく。無理やり動こうとすれば、新たな刃がエンシェント・ドラゴンを襲う無限牢獄。
並みの魔物であれば発動と同時に屠ることは可能だが、あの巨体であれば何もさせないぐらいしかできない。
城壁にまでその冷気は届き、見張り台に霜が降りてきた。みな吐く息は白く、身を震わせる者も目に入った。長時間の展開は味方を凍死にさせかねない。
「ダリウス!」
「ああ、任せろ!」
ダリウスは抜刀の構えで首目掛けて、突貫する。鞘には高密度に圧縮されたエネルギーの塊が解き放たれるのを、今か今かと待ち焦がれているようだった。黒光りした刀は太刀と呼ばれる種類のもので、全長六十センチと常人では振り回すのも困難なほど刀身が長い。
──ガアアアアア!!
エンシェント・ドラゴンも迫りくる死に勘付いたのだろう。動かぬ前足を無理やり動かす。ぶちぶちと凍った前足の一部を引きちぎって、そのままダリウスに迫る──が、私の放つ雷撃の槍がエンシェント・ドラゴンの動きを封じた。
「喚くな。仮にもドラゴンの形を取ったのなら、王者たる振る舞いを見せろ」
ダリウスは片腕の筋肉を膨張させ、柄を力いっぱい握り締めた。
「魔術式第十二位階──」
「うん、そこまで」
その声に私は心底ゾッとした。
すぐ後ろから聞こえたのだ。膨れ上がった殺意と共に。
「え」
「ユヅキ!」
ドッ!
振り返った刹那。
背後にはダリウスが現れ──次の瞬間、背中から胸へと黒い刃によって貫かれた。鮮血が飛び散り、その液体は私の世界を赤く染めた。





