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第42話 前帝の本来の力

 黒々とした風が槍の如くアバドンを切り裂く。その熱量、速度に私は心底驚いた。術式では第七位階と変わらないのだが、それでも魔力量の膨大さ桁違いだ。


「だり……うす?」


 私はダリウスのことを、勘違いしていたのかもしれない。常時魔力を放出していた──あれが普段ではなく、魔力そのものを封じている状態だったとしたら?

 今、肌にヒシヒシと感じている魔力量は、人間とは思えぬほど膨大で強大だ。それこそ龍神族本来の力に限りなく近い。

 甲冑音が耳に響く。

 振り返ると、漆黒の甲冑を全身に覆った男が見張り台に佇んでいた。羽織る赤いマントが風によってたなびく。全身フル装備の甲冑は魔力で練られたものだったが、腰回りの甲冑のデザインは龍の尾に似ている。そして背にある蝙蝠の翼が羽ばたくと、空を駆けた。


「ダリウス……」


 ダリウスは私を一瞥すると、敵へと視線を移す。


雷槍(ドナ・ランツェ)


 自身が流星の如く空を駆け、漆黒の雷鳴と共に魔物を蹴散らしていく。

 漆黒の稲妻。

 凄まじい攻撃魔法だったが、なんとか私は目で彼を追うことができた。恐るべき速度と威力だ。兜のせいで表情は窺えないが、瞳に宿る炎は沸々とした怒りが感じられた。

 圧倒的な力。

 しかしダリウスの強大な魔力に反応して、森が騒がしくなる。


「何か……くる」

「全員、戦えぬものは場内に退避しろ! カイル、お前が指揮を取れ」

「はっ!」

「ユヅキ」


 ダリウスは素早く見張り台へと戻った。着地し、ずかずかと大股で私の元に駆け寄る。よく見れば彼の甲冑は龍の鱗のように固く、まるで龍化した姿に似ていた。


「えっと、見た目はこんな風だけれど、大丈夫よ」

「──ッ」


 ドレスはボロボロだし血塗れだが、私の目を見て彼は黙ったままだ。眉を吊り上げて、怖い顔をしているではないか。

 そんな顔をしなくても、私はこの程度では死なないというのに。安心させようと、私はニッコリと彼に微笑む。


「私は、まだ戦えるわ」

「だが!」


 ──ガアアアアアアアアアアアアア!!

 私たちの会話は咆哮によって途切れた。

 降魔ノ森は何処までも緑の山が連なり、青々と生い茂る落葉樹の森の木々が震えていた。

 轟音と咆哮。


(魔物の数が一定数減ると脅威水準を引き上げて、第二形態巨大化となる。……って、あれは──)


 巨大化したその姿は、私のよく知る天敵だ。魔物の中でも気性が荒く、獰猛で、毒をまき散らす。名はエンシェント・ドラゴン。

 龍神族とエンシェント・ドラゴンとは異なり、強欲と不遜と傲りによって形成されている邪悪なるモノだ。幾度かその姿を見たことがあるが、その姿は歪であった。


(でも──なに、この感じ……)


 ──アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!

 咆哮一つで衝撃波を放ち、森の木々が吹き飛ばされていく。硬度な墨色の鱗、猛禽類の金色の双眸、鷲の脚、巨大な蝙蝠の翼。その巨体は全長二十メートルといったところだろうか。

 常人であれば真っ先に逃げる場面だ。見張り台に居た兵士たちがたじろぐ。


(あれは単に形だけがエンシェント・ドラゴンになっただけのマガイモノ。それに邪龍とは違う──筈なのに、なにこの違和感は……)


 そう思いながらも万が一のことを考えて、手のひらに氷結魔法の術式を構築していく。冷気による足止め。そのぐらいの魔法なら使えるだろう。周囲に漂う魔力を使いすぎた。私自身に魔力が回復をしていれば、こんなことになっていなかったのだが。

 エンシェント・ドラゴンはダリウスに気づき、顔を上げた。


(喉元がせり上がっている──ってことは、息吹を吐こうとしている!?)


 私は魔法を展開しようとしたが──それよりも速くダリウスが動いた。

 一歩で彼は結界の外──エンシェント・ドラゴンのすぐ傍に移動したのだ。驚くべき瞬発力と脚力。それはまさに疑いようもない──龍神族の力だった。


「負傷者が多くてな。さっさと終わらせてもらおう」


 ダリウスはもう片方の手を掲げた瞬間、漆黒の剣が顕現する。それは大量の魔力によって生み出されたのは魔法剣(クラゼォ・モル)。両手用剣としては小ぶりだが、素早い動きを可能とした剣で、刀身は一メートルだろうか。鍔は刃先に向けて傾斜した形で、先端には飾りが複数ついている。別名バック・ソードともいう。

 剣には漆黒の稲妻が迸り、剣戟そのもの質をさらに数段階押し上げる。

 一撃。

 大きく振りかぶった刃は、シャーベットのようにあっさりとエンシェント・ドラゴンを斬り捨てた。

 あまりにも刹那に。

 圧倒的な力でねじ伏せられる。

 豪快でいて、城壁への被害を最小限に防いだ。兵たちはその凄まじさに感動し、打ち震え、「前帝万歳」と歓喜の声を上げた。

 ドラゴンの姿が崩れてはいるが、いつものような灰となっていない。その僅かな変化に気づけたのは、私が魔物討伐をずっとしてきたからだろう。


「ダリウス! まだよ、あれは核を壊さないとすぐに再生す──」


 最後まで言えなかった。空間を割って現れた魔物の巨大な手に気付くのが遅れたせいだ。


「なっ!?」


 巨大な鷹の手は私を掴むと、空間に引きずり込もうとする。


「ユヅキ!」

(──ッツ、魔法じゃ周囲も巻き込む。なら)


 ダリウスは私の元へ駆け付けようとするが、崩れかけたマガイモノはエンシェント・ドラゴンの形へと復活する。


 ──ガアアアアアアアアアアアアア!!


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