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第41話 戦場を舞う皇太后

 そして時は戻る──。



 ***



 最初に衝撃。

 次に熱。

 彼女──カーラは体当たりするような形で、私の腹部を刺した。緑の髪に返り血が飛び散る。急所を避けることに成功したが、鈍い痛みが走った。


「お前さえいなければ!!」

(そう言うのは後にして!)


 私は両手が封じられているので、足を動かしカーラを蹴り上げる。鞭のようにしなやかな動きは思ったよりも力が入っていたらしく、その勢いで彼女は壁に激突して気絶した。「この一大事に何をしている!」そう怒鳴るのをぐっと堪えて、魔法術式を完成させる。


「……魔術式第七位階、蒼穹神雷撃!」


 膨大な魔力が組み合わさり、雷は眩く空を照らした。白く眩い光が飛来し、次の瞬間、轟音となって魔物に降り注ぐ。

 真っ白な光は凄まじい速度と威力で、魔物アバドンを消し炭にする。

 私はそこで漸く大きく息を吐き出す。じくじくと腹部の傷が痛んだ。


(痛っ……。致命傷は避けたけれど、少し深く刺さった……。こんな凡ミス、陽兄や父様が居たら絶対に説教ものだわ)


 稲妻による全方位からの攻撃は継続して続けるが、あまりにも魔物アバドンの数が多い。塵に返してもうじゃうじゃと溢れ出る。

 その圧倒的な量に、結界の一部が砕け散った。


 ──キィイイイイイイイイイイイイイ!!


 魔物アバドンは奇怪な声を上げて、一斉に城砦に流れ込んでくる。


(この出現方法も、今までとは全く異なる。黒霧もない。次元の割れ目も見当たらない。まるで転移してきたかのような──)

「師匠! 非戦闘員の避難は完了しました。まもなく前帝がこちらに来られます!」

「カイル!」


 見張り台に騎士のカイルと侍女長のクララに、近衛兵たちが飛び込んでくる。

 場内にも魔物の襲撃があったのか、彼は額から血を流していた。他にも体に切り傷が見受けられる。カイルは私が刺されたのに気づき一瞬だけ顔が強張ったものの、彼は自分の役割を優先した。


「皇太后様に続け! 有りっ丈の魔法障壁を展開し、ここを防ぐのです。あと数分待てば前帝が来ます!」

「おおおおお!!」

「我らが皇太后様! 前帝のために!!」


 カイルの鼓舞によって、戦場の空気が変わった。

 それは私には出来ない──人を動かす力だ。人は一人では弱いけれど、集まることで巨大な力を生み出す。

 結界を破って魔物が城壁へと迫るが、カイルと共に現れた近衛兵たちは自らの魔力を使って防御壁を展開してく。私も稲妻の雨を降らし続けた。

 すでに私の術式は効果が薄れ、足止め程度にしかならないが、それでも数秒でも時間を稼ぐ。


「負傷者は城砦の中に! 皇太后様も!」


 クララの言葉に私は首を横にする。


「私がここを死守するとダリウスと約束したのだもの、引くわけにはいかないわ」

「しかし、その傷では……」

「かすり傷よ。……無茶はしないわ」

「わかりました。では、私は皇太后様の援護を」

「ええ」


 クララの魔法は風の矢を作り出すもののようだ。これなら魔物を倒すのも難しくはないだろう。


(ああ、そういえば人と共に戦うなんて母様以来だわ。まさか私が人間たちと共に魔物を倒す日が来るなんて……)


 魔物討伐は龍神族の役割。

 人間はそれを遠くで見守っているだけ。稀に共に戦うという人間もいたが、それでも私たちの戦いについて来られずに逃げだした者もいた。ここにいる兵士たちは、龍神族よりもずっと弱い。けれども誰も逃げ出そうとはしなかった。

 誰もが今できる精いっぱいをしている。血塗れで、倒れそうになっても諦めない。人間は諦めが悪いというのだけれど、確かにその通りだ。

 だから、誰一人死なせたくない。

 人間だからとか関係なく、この城砦に居る人たちには死んでほしくないのだ。


「皇太后様!」

「師匠、下がってください。その傷でこれ以上は!」

「カイルたちは防御壁を作り続けて。クララは後方支援を頼んでいるの。だから魔物は私が──滅ぼすわ」


 ここから先は龍神族の戦い方をするのが正しいだろう。

 化物染みた戦い方。できれば、彼らやダリウスたちには見られたくなかった。そんな雰囲気を感じ取ってか、カイルは口を開いた。


「……わかりました。けれど絶対に、一人で特攻なんてしないでくださいよ! 前帝に私が殺されます」


 こんな時だからこそカイルは笑って私に告げた。私も彼も血塗れでボロボロなのだけれど、不思議と何とかなると思えてしまう。


「そうね。ダリウスが来るまで持ちこたえるだけでいいもの」

「そうです」


 戦いは熾烈を極めた。

 襲い来るアバドンの数が減る事はない。ダリウスからもらった魔力ももう残りわずかだ。

 剣戟と爆音。

 気づけば私は体が動いていた。

 襲われそうになる兵士たちを庇いながら戦う。白いマーメイドドレスは破れ、鮮血が舞うのも構わずに私は戦場を駆ける。

 アバドンの鋭い刃が私の背中を切り裂いても、倒れる訳にはいかない。ダリウスと約束をしたのだから。

 この戦いが終わったら「好き」だと言葉にすると。


(ダリウス……と、約束をしたのだから!)


 私は二振りの魔法剣を作り出すと、アバドンたちを屠る。黒く蝗に似たそれらは俊敏で、飛び跳ねては集団で襲う。接近戦においては面倒な魔物だ。

 私のドレスも切り刻まれ、真っ赤なドレスに近い。それでも一匹でも多く、魔物を屠る。


 視界が霞みかけた刹那。

 アバドンの群れは、私を飲み込もうと黒い塊なって襲い掛かった。避ける余力は残っていない。

 いつからこんなに息が上がるようになったのだろう。

 いつからこんなに弱くなったのだろう。

 一人だったなら、こうはならなかったというのに。

 誰かを守りながら戦うなんて難しいのだろう。


(それでも──後悔なんてしてないわ)

「皇太后!!」


 足に力が入らない。魔力があれば、武装していれば──。


(避けられない)

風槍(ヴィント・ランツェ)


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