第31話 ダリウス視点 前編
ユヅキが稽古をしたいと言い出した時、俺は彼女がここを出て行く準備をしていると勘繰ってしまった。
彼女からしたら魔物討伐に向けてのリハビリだったのかもしれない。いや、同胞を探すという目的もあった。最悪同胞と戦う可能性もあると、考えていたのだろう。
ユヅキはお人好しだ。口では人間が好きじゃないと言いながらも、侍女や兵士たちの接し方は誰にでも対応を変えず、身分で差別しない。心が優しぎる故に同胞と対立した時、彼女は辛い決断を下せるのかが心配だ。
話を聞く分に、トーヤという男はユヅキのそんな優しさすら利用するような冷血漢だ。目的のためなら手段は選ばない。
その辺は弟に似ているだろう。
大なり小なり俺も割り切ることや切り捨てる事も止むなしと、判断するところを彼女は助けに飛び出すタイプだ。
つまりは戦場で真っ先に死ぬ。だが龍神族という類い稀なる力に恵まれたからこそ、生き残ったのかもしれない。出会った時に見た血塗れの彼女を思い出し、これ以上──傷ついて欲しくない。そう心から思った。
もしトーヤと一戦交えるのなら、俺が始末を着けてもいい──もっともユヅキにそう言ったら困るだろうけれど。
「──というわけで、一時間後にユヅキを交えた模擬戦を行う。参加者は巡回の警備と通常勤務の中から一個小隊の編成を頼む」
執務室で俺は報告書の確認を行いながら、カイルに指示を出す。カイルは俺から十メートルほど離れた席で書類に埋もれている。
「閣下が魔道具を使っているお陰で、仕事は捗るんですが──すでに三ヶ月分の仕事を終わらせているんですけど!?」
「そうすればユヅキとの時間もできるだろう。ああ──それとその書類はお前の仕事だから俺は手伝わないからな」
「閣下ぁあ!?」
俺が確認して、手続きをカイルと侍女長のクララに任せている。クララはユヅキに皇太后として城砦内の管理手続きを引き継いでいるとかで、侍女長の仕事量はだいぶ減ったそうだ。
ユヅキは物覚えもよく、真面目でのみ込みも早く、あの厳しいクララが自慢気に話していた。俺としても鼻が高い。あと知らない間にユヅキの外堀を埋めているところは、驚いた。ちなみにクララは、ユヅキが皇太后「役」だというのを知っている。
──いいですか、閣下。惚れ込んでいるのなら有りとあらゆる手段を使って、繋ぎ止めるのです。侍女たちの調査によると、閣下が初恋で一目惚れだったとか。脈はなくはないのですから、ゆっくりと確実に〆るのです──
完全に殺る感じの言い回しだったが、クララの言いたいことは察した。
初恋なのはなんとなく──というかそうであって欲しいとは思ったが、「一目惚れ」は彼女なりの気遣いだったのだろう。それでも他人からそういった報告を聞くと期待してしまう。
(ユヅキのことを考えていたら、会いたくなって来た……。いや、あと一時間もすれば稽古で会うしな。まあ、ユヅキの実力を知る上ではちょうどいいか)
そう思って、俺はふと思った。
いの一番にユヅキと手合わせをするとして、もし加減ができなかったら──?
「閣下、仕事手伝ってくれないと死んじゃいます」
「そうか、じゃあ死ね。こっちはそれどころじゃない」
「酷い!?」
書類に埋もれたカイルはやる気ゼロ、死にかけている。このところ龍神族についての書物を漁って寝不足なのが原因だろう。
「ふむ、ではユヅキと最初にカイルが手合わせをするか?」
「え!? 閣下、今なんと?」
「その書類をさっさと片付けられたら、ユヅキと一対一の勝負をしてもいい」
「速攻で片付けます!」
「あと、ユヅキに惚れるなよ」
「もちろんです。あ、師匠と崇め奉るのはいいですか?」
「それはいいが……。カイルと互角かそれ以上であればいいのだがな」
カイルは手を動かしながらダリウスに答える。
「閣下、純粋な龍神族ですよ。下手したら閣下と同等って可能性の方が高いんじゃないですか?」
「それは困る」
「閣下も、惚れた女より弱いってのは嫌なんで?」
「いや、褒美がもらえない」
「閣下……」
ユヅキからのキスが欲しいのは、当然だ。惚れた女からのキスがもらえるのなら是が非でもほしい──が、あくまでも彼女の安全が優先だ。
そう俺は自分自身に誓った。
***
俺の予想に反して、ユヅキは強かった。あのカイルを赤子のようにあしらうのだから。だが気のせいだろうか、いつになく彼女は生き生きしていたし、楽しそうに舞う。向ける相手がカイルだというところが少し腹立たしく感じられた。
(だが、それは俺がユヅキの力を見誤ったから──)
苛立ちを抑えようにも、自分が思っていた以上に幼稚な子供だと知る。気づけば、無詠唱で俺は二人の間に稲妻を振り落としていた。
感知能力が高いユヅキは素早く後方に下がる。回避の際、さらに速度が上がったように見えたが──。
(ああ、まだそんなものじゃないのか)
苛立ちはあるが、それ以上にうずうずと気持ちが逸る。
「次は俺と踊ってもらおう」





