第31.5話 ダリウス視点 後編
ユヅキとの稽古──相対は楽しかった。これほどまで心躍る手合わせは、いつぶりだろうか。
「ダリウスだって、詠唱省略しているじゃない!」
「別に出来ないとは言ってないだろう」
「むう」
そう言って頬を膨らませるユヅキがあまりにも愛らしくて、思わず笑みがこぼれた。彼女の強さに、惚れ惚れする。
戦闘スタイルがあまりにも天才的だったからだ。死線を潜り抜けてきた──というのもあるのだろうけれど、それだけでここまでの熟練度にはならない。
まさに天賦の才。悠然と戦場を駆ける戦乙女だろうか。
(ああ、本当に。俺の予想を簡単に覆してくれる)
無駄のない動き、そして一つ一つの所作が優雅なのだ。まるで舞うように、ひらりひらりと躱す。かといって膂力がないわけではない。
やはりそこは純粋な龍神族なのだろう。
傷つくのを恐れず、俺の放つ刃をすれすれで躱し、刃が頬に掠めるのも気にせず──超至近距離からみぞおちにかけてのゼロ距離の突き。
ギィイイン──。
俺はとっさに鞘をユヅキの刀身にぶつけて、威力と軌道をずらす。危なかった。本当にとんでもない戦闘スキルとセンスだ。
「──惜しかったな」
彼女に怪我をさせないように?
馬鹿か、俺は。傷つけないようにして、彼女のプライドを傷つけた。謝罪は後でしよう。だが、今は──。
彼女との戦いを存分に楽しみたい。
刃を重ねる事に伝わってくる想いは、自分ではなく何かを守ろうとする優しさからだ。自分の私利私欲のためには、力を行使しない。優しい──優しすぎる。
(ああ──だからこそ俺が勝って、お前が頼れる男だと証明しよう)
全力で挑もうとした矢先、またしてもタイミング悪く魔物が出現する。勝負を中断せざる得なかった。本当はユヅキを連れて降魔ノ森に向かう事を躊躇うものの──戦力としては申し分ないと判断し遠距離からの後方支援を頼んだ。
すでにユヅキと手合わせしたからか、次に彼女が何をするのか──手にとるように分かった。背中を守る者の存在の大きさ、共闘する喜びがここまでとは予想外だ。
ユヅキが俺の前に現れてから、そればかりで世界の色がより鮮やかになる。
(ああ、本当にどこまで骨抜きにするつもりなんだか)
***
出現したガーゴイルを殲滅すると、すっかり日が傾きつつあった。野営すると決定した段階で兵に次々と指示を出す。
ユヅキとの勝負は中断されたが、彼女の新しい一面を見られただけでも、良しとしよう。それよりも業務を早く終わらせて、彼女との時間を設けたい。
前よりも話したいことが増えた。ユヅキは自分のことをあまり語らない。だがもう少し踏み込んでも──大丈夫そうな気がした。
全ての業務を終え戻ってきたカイルに引き継ぐと、俺は急いで野営テントへと向かった。本当は真っ先にユヅキの元に向かうつもりだったが、甲冑を纏っていたせいで服もそうだが、汗だくのままというわけにもいかず、軽くシャワーを浴びることにした。
先に食事でもしているかと思ったが、彼女の姿はない。寝室に向かうと──ガウンを羽織っただけという──なんとも魅惑的な──いや無防備すぎる姿に、理性が吹き飛びかけた。しかも寝起きではないか、風邪を引いたらどうする!
生まれてこの方、風邪など引いたこともないが。
彼女を毛布でグルグル巻きにすると、気のせいかソワソワと落ち着きがない。いやどちらかというと、親とはぐれて泣きそうな子供のような困った顔をしていた。
(嫌な夢でも見たのか?)
詮索しそうな言葉を飲み込み──彼女をそっとで抱きしめる。今日はいつになく大人しく、頬を擦り寄せてきた。そんな些細な仕草に愛おしさが込み上げてくる。
「髪を乾かす」と言ってくれたユヅキは魔法を使ってあっという間に、髪を乾かした。
龍神族にとって髪の長さは、魔力量に密接に関係している。本来ならバッサリ切った方がスッキリするのだが、仕方ない。誰かに髪を梳かされるというのもいい。特に惚れた女なら尚更だ。
そんなことを思っていると──。
「えっと──、ふと思ったのだけれど、龍神族の風習で「求婚印」ってあるでしょう。そういった知識は残っているものなの?」
あまりにも脈略にない発言だった。なにより「求婚印」とくれば、恐らくトーヤがユヅキに接触したのだろう。しかも牽制のつもりなのか「求婚印」を残しいることがすぐにわかった。
宣戦布告を受け取った以上、こちらも本気で行くだけだ。そう思いユヅキの肌に触れて魔力を編む。龍神族の本能とでもいうべきか、不思議とどうすればいいのかが分かった。
蓮。儚く高貴な華。
手に掴もうとすると幻のように、消えてしまう。そんな想いを汲んだのかもしれない。だが印を刻んだ瞬間、感覚的に魔力が繋がった。
次いで、彼女の心が流れ込んでくる。俺をどう思っているのか──緊張が走った。
が──。
──ふぁあああああああああああ! 待って待って。落ち着いて私。さっきから頭が回らないのだけれど! こんなふうになるものなの? あ、もしかして病気──
は? なんだこれは。
気のせいかと思い彼女に話しかけるのだが、予想以上に動揺している。そんなに嫌だったのか。
──あわわわわ。……だめ、ダリウスを直視できない! ダリウスってこんなにカッコよかったの?──
真っ赤な顔に、潤んだ瞳であわあわしているではないか。
は? 何だ、この可愛い生き物は。
──今までの私、なんで平気だったのぉおおおおおお……! ダメ、恥ずかしくて死んじゃう……──
いや、俺も結構ヤバい。
心の声がダダ漏れ過ぎるだろう。可愛すぎる。
「食事は取らなくていいのか?」
ユヅキの反応が知りたくてそっと囁くように呟くと──。
──声が近い。優しい気遣いが嬉しい──じゃなくて! ……というか恥ずかしくて無理! ……と、とにかく一度頭を冷やして……──
これで少なくともユヅキは俺を好いてくれているというのは、間違いなく感じられた。このまま自覚させれば……、そう思ったのだが──。
──ここまでくると色々認めなきゃだめだわ……。でも「求婚印」は、意中の相手を受け入れたら「刻龍印」になると言っていた。そうなったら、刀夜のつけた「求婚印」は消えて、手掛かりや足取りがつかめない。それは困る……──
これでトーヤが接触してきたのは確定した。となれば近いうちにもっと直接的な形で姿を見せるだろう。その時、ユヅキはどう判断する気なのか。
「ダリウス」
「なんだ?」
「……貴方が本気だってわかったわ」
「いまさら──と言いたいが、気付いたのならそれはそれでいい」
あれで伝わってなかったというのはいささか心外だが、過ぎたことはいい。それよりも、今が大事なのだから。
「でも、その……私はまだ自分の気持ちの整理がつかないの……。だって同胞を想う気持ちとも、家族を慕う温かさも全く違うから」
ああ、それは伝わってきた。心の声が聞こえてきても実際、口にして欲しい。そう思って俺はあえて問うた。
「それは、どう違うんだ?」
リンゴのように真っ赤になった頬、大きく見開いた眼が俺を写す。悩んで、困って、恥ずかしがって、照れる──そんな百面相をしている姿は実に愛らしい。本人は大真面目なのだろうが。
「言葉にするのも難しいぐらい、胸が苦しくて、息が詰まりそうで、自分の気持ちが上手くまとまらないの。今後のことも考えたいのに、ダリウスのことが頭から離れなくて困っているというか──ううん、違う。ちょっと待って。ええっと、そう! ダリウスのことが気になるし、離れると寂しいのだけれど、近くにいると、こう、んーーー、うまく言えないわ」
お前──それ──。
とんでもない破壊力を叩き出してきた。もうほとんどそれは、答えを言っているようなもので、「好き」と言うよりも胸にくる。
そんな想いを抱いていても、過去に囚われている傷のせいで、踏み出せないでいる。その傷が早く治るように、俺はユヅキを支えて今よりも沢山の愛を贈ろう。
だから──いつか──俺に頼ってくれ。





