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第30.5話 その感情の名は

 どうにもダリウスの顔がまともに見られない。今更だが距離感が近いし、よく平気だったと自分の鈍さに眩暈がしそうだった。そろそろとダリウスから離れると、何故かダリウスも寝る準備を始めているではないか。

「夕食はいいの?」と思ったのだが、その問いかけの答えはすぐにわかった。

 ぐぅうううう。

 空腹だと言わんばかりにダリウスのお腹の音が鳴った。


「…………」

「ダリウス」

「気のせいだ、俺も疲れているので寝る」


 そうは言うが、お腹はぐうぐうと責めるようになり続ける。


「ダリウス……」

「食欲よりも、お前のそばにいたい病だ」

「何よそれ」


「ご飯食べてきちゃって」と告げようとした刹那、私のお腹も鳴った。しかも結構大きな音だ。


「ユヅキ」

「これは──アレよ。本気じゃないやつ」

「本気じゃないやつヤツってなんだ?」

「…………」

「…………」


 どちらともなく小さく噴き出して笑い──気づけば私もダリウスも互いに声を出して、お腹を抱えていた。自然とダリウスの顔が見られたし、笑えたと思う。


(ああ。ここまでくると色々認めなきゃだめだわ……。でも「求婚印」は、意中の相手を受け入れたら「刻龍印」になると言っていた。そうなったら、刀夜のつけた「求婚印」は消えて、手掛かりや足取りがつかめない。それは困る……)


「求婚印」には魔力的な繋がりがある。

 ならばそれを逆探知すれば、刀夜の元に辿りつけるかもしれない。やっと足取りを掴んだのだ。ここでダリウスの気持ちに答える訳にはいかない。

 少なくとも今は。

 それも建前でしか無いのだけれど、それでももう少しだけ気持ちの整理が欲しかった。


「ダリウス」

「なんだ?」

「……貴方が本気だってわかったわ」

「いまさら──と言いたいが、気付いたのならそれはそれでいい」

「でも、その……私はまだ自分の気持ちの整理がつかないの……。だって同胞を想う気持ちとも、家族を慕う温かさも全く違うから」

「それは、どう違うんだ?」


 ダリウスは声は真剣だった。

 その声に、真っ直ぐ見つめる視線の熱量に私はドキリとした。


「言葉にするのも難しいぐらい、胸が苦しくて、息が詰まりそうで、自分の気持ちが上手くまとまらないの。今後のことも考えたいのに、ダリウスのことが頭から離れなくて困っているというか──ううん、違う。ちょっと待って。ええっと、そう! ダリウスのことが気になるし、離れると寂しいのだけれど、近くにいると、こう、んーーー、うまく言えないわ」

「──っ」


 ダリウスは何か言おうとしていたが、それは言葉にならず消え去った。

 彼は手を当てて「参った」と小さく独り言ちる。けれど、今の一杯一杯な私には彼の気持ちを汲み取る余裕もなくて、言葉を続けた。


「だから、もう少し──待って欲しいの。皇太后「役」が終わる時までには、答えを出すから。それじゃあ、遅い──?」

「いいや。結月が自分の気持ちを整理したいというのなら、俺は待つさ。一か月でも、一年でも」

「そ、そんなに待たせないわ」

「本当か?」

「たぶん」


 こつん、とダリウスは額を当てて答えてくれた。

 もうこんな風に触れることを、嫌だなんて思っていない時点で、答えは出ていたと思う。

 刀夜との決着や、魔物討伐もあるけど──私が一歩踏み出せないのは、まだ私の中で兄様の一件が尾を引いているのだ。


 誰かを想う気持ちは、温かいだけじゃなくて、苦しくて、ドキドキして、全然私らしくない。冷静になれないし、考えが霧散して気づけば、ダリウスのことを目で追ってしまう。

 こんな感情は生まれて初めてだった。

 目が合うだけで心臓がうるさい。

 好きだと言われるたびに、泣きそうになる。あまりにも弱々しくて、戦いになった時、役に立てるだろうか。

 一歩、勇気を振り絞るためにも、もう少しだけ自信が欲しかった。


(兄様──私は、人を信じたい……。信じたいのに……)


 私はこんなにも過去に囚われているのだと知って、泣きそうになった。

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