第26.5話 近いようで遠い
数十名の兵士たちにそれぞれ役割を与えているダリウスは、前帝と呼ぶふさわしい手腕を発揮していた。少なくともその姿は、昔見た権力の威光を振りかざすような屑ではなかった。むしろ為政者として立派とすら思う。
そうあの時の「人間とは違う」ともうとっくの昔に認めている。
(でも……わかっていても、戦場ではやっぱり近寄りがたいのだけれど……)
「ユヅキの休むためのテントを用意しておいたから、先にそこで休んでいてくれ」
「……私が居なくても体質は大丈夫? 魔導具は?」
「まあ、鎧の効果もあるだろうから、あと少しぐらいは問題ないだろう。魔導具もちゃんと持ってきている」
兜で彼の表情は読みづらい。ダリウスが大丈夫だというのだから、大丈夫なのだろう。私はその言葉を信じた。
「……そう。じゃあ、私は先に休ませてもらうわ」
本当は手伝おうと思ったのだが、やる事が無くなってしまった。病み上がりだから気遣ってくれたのかもしれない。
しかし今まで過剰なスキンシップが夢か何かと思うほど、今のダリウスとの距離が遠い。距離にして三十センチ前後だろうか。もっとも生死がかかる状況で、腑抜けられた方が困るのだが。それでも私は少しだけ胸がチクチクと痛んだ。
そう、少しだけ──。
***
ダリウスが用意してくれた場所には、カイルが案内をしてくれることになった。カイルは細身だが背丈は私よりも頭一つ分ほど高い。あの手合わせ以降、私を「師匠」と仰ぎ奉る姿勢には全くといっていいほど慣れない。「師匠呼び」をやめるように言ったのだが、粘り強さで私が白旗を上げた。
「師匠、また時間が取れたら手合わせをお願いしたいのですがよいでしょうか?」
「まあ、傷の完治もしたし……ダリウスがいいというなら……」
「殿下の承諾ですか……死んでも、もぎとってきます!」
「いや死んだらダメなんじゃ……」
嬉々として話しかけるカイルに、私は疑問を投げかける。
「カイルは──龍神族が怖くはないの?」
「へ? 何をおっしゃっているのですか! 皇国イルテアは龍神族の末裔が建国したのですよ。龍神族に対してそのようなことなど国民一同誰も思っておりません。むしろ我らにとっては敬愛する方々といっても過言ではありません」
確かにダリウスはそう言っていたし、歴史書にもそう記されていたが、やはり言葉にされると衝撃がある。
カイルからも「この国の歴史と龍神族への認識」を尋ねたところ、やはり千年前とは異なり、龍神族に対しての見る目が著しく変わっていた。
(本当に、あの頃とは違う。人の認識とはこんなに変わるものなのね……。それとも、そうなるように仕向けた? 誰が──)
「師匠にはこれからいろんな魔法を学びたいです。いいですよね!? ね!」
「いや、ええっと……。あ、あの白いのが今日の寝どこかしら?」
「はい、そうです。……で、師匠! どうなのでしょうか?」
話を無理やり逸らしたが駄目だった。
子犬のような目で見ないでほしい。そこから感じ取れるのは純粋な好奇心と、好意。人間からの頼まれごとは今までさんざん聞いてきた。
けれど──。カイルのそれは全く違う熱量と、想いがこもっている。
「ああー、もう。わかった。考えてみる、今はそれでいいでしょう」
「はい! 約束ですからね、師匠!」
ガッツポーズをとりながら、カイルはそのままダリウスの元へと戻っていった。長く言えれば「やっぱりさっきのは無しで」という私の手を封じるつもりなのだろう。
(はあ……。なんで、断らなかったのよ。私の馬鹿……)
吐息を漏らすものの、思いのほか気分はよかった。
カイルといると兄様とのことを思い出す。だからだろうか。不思議と断れないのだ。
真っ白で大き目なテントまで辿り着くと、広々とした巨大なテントが張り巡らされていた。絶対に一人用ではなく、テントの中に小部屋と思われる部屋がいくつかあるようだ。中に入ると案の定、寝室とシャワー室、そして食事場所と最低三つの部屋があった。いつもなら「テントの中を回ってみよう」と心躍るのだが、先ほど話題に出た龍神族に対する認識の変化について、頭の中でずっと引っ掛かっていた。
ふとそこで私は刀夜の言葉を思い返す。
──結月、僕と一緒に世界の支配者となって、魔物と人間双方を滅ぼそう──
──……なら、こうしよう。良心を持ついい人間なら殺さない。昔の逸話にあったように悪い人間なら、その肉体は塩の柱にする。どうだい?──
──大丈夫ですよ、結月。陽善と約束をした未来を作りに行く。少しばかり血なまぐさい事になるかもしれないけれど、それでも犠牲は最小限に抑える努力はしてみる──
あの時、刀夜は気でも狂ったのかと思った。
だがその発言をしたのは、あの知略に長けた刀夜だ。ならば既にあの時には、こうなるように仕向けていた。
思考は加速し、私は一つの仮説に辿りつく。
例えば──イルテアを建国に刀夜が関与していたとしたら?





