だいじょうぶ!
庭に、ねこがいた。
白いねこだった。
「ノア、ねこ!」
「はい」
いずみが窓に近づいた。
ねこは、いずみを見た。
「こっち見てる」
「見ていますね」
いずみが窓を開けた。
ねこは少し歩いて、止まった。
「行っちゃう」
いずみは玄関へ走った。
「いずみ」
「なに?」
「外へ行くんですか」
「うん」
「母に言わなくていいんですか」
「ねこ行っちゃうよ!」
いずみは靴を履いた。
「ノアも来て」
「……はい」
外へ出ると、ねこは少し先にいた。
「いた!」
いずみが走る。
ねこも歩き出した。
「待ってー」
ねこは角を曲がった。
いずみも曲がる。
ノアもついていく。
「いずみ」
「なに?」
「家から離れています」
「だいじょうぶ!」
ねこは、道の向こうにいた。
いずみがまた走る。
ねこは細い道に入った。
その先で、また曲がった。
「待って!」
いずみも曲がる。
知らない家が並んでいた。
庭に赤い花が咲いている。
「ノア、見て。あかい」
「はい」
「ねこ、どこ?」
「前にいます」
「あ、いた!」
ねこはまた歩き出した。
いずみもついていく。
しばらく歩くと、小さな公園があった。
「ここ、知らない」
「家から離れています」
「ねこいる?」
「います」
公園の向こうを、白いしっぽが通った。
「あっ!」
いずみは追いかけた。
公園を抜ける。
小さな橋があった。
ねこが橋を渡っていく。
「待ってー!」
いずみも橋を渡った。
ノアも渡った。
「いずみ」
「なに?」
「家から、かなり離れました」
いずみは止まった。
後ろを見た。
公園が小さく見えた。
「……ほんと?」
「はい」
そのとき、ねこが塀の上に飛び乗った。
「あ」
いずみが見上げる。
ねこは塀の向こうへ消えた。
「行っちゃった」
「はい」
いずみはしばらく塀を見ていた。
「帰ろっか」
「はい」
いずみは歩き出して、すぐに止まった。
「ノア」
「はい」
「おうち、どっち?」
「こちらです」
ノアが来た道を指した。
「わかるの?」
「はい」
「じゃあ、だいじょうぶ」
いずみは歩き出した。
橋を渡る。
公園を抜ける。
赤い花の家を通る。
角をいくつも曲がった。
「まだ?」
「もう少しです」
「つかれた」
「休みますか」
「帰る」
しばらく歩くと、見たことのある道に出た。
「あ、おうちの道!」
いずみが走り出す。
「いずみ!」
大きな声がした。
いずみが止まった。
向こうから、母が走ってきた。
「ママ!」
いずみが手を振った。
母は走ってきて、いずみの前で止まった。
「どこ行ってたの!」
「ねこ見てた」
「勝手に外に出ちゃだめでしょ!」
いずみは母を見た。
「でも、ノアもいたよ」
「ノアがいてもだめ!」
母は息を切らしていた。
「ずっと探してたんだから」
いずみは黙った。
母がノアを見た。
「ノアも。どうして一緒に行ったの」
「いずみに同行しました」
「止めなかったの?」
「止めました」
「止めた?」
「はい。母に伝える必要があると言いました」
「じゃあ、なんで一緒に行ってるの!」
ノアは少し黙った。
「いずみが『だいじょうぶ』と言いました」
「大丈夫じゃない!」
ノアは黙った。
いずみも黙った。
母は2人を見た。
「帰るよ」
「うん」
「はい」
家まで3人で歩いた。
玄関のドアが開いていた。
いずみはそれを見た。
「ママ」
「なに」
「ごめんなさい」
母は少し黙った。
「もう勝手に行かないで」
「うん」
母はノアを見た。
「ノアも」
「はい」
「いずみが大丈夫って言っても、ついて行っちゃだめ」
「はい」
「ちゃんと止めて」
ノアは少し黙った。
「……はい」
いずみはノアを見た。
ノアもいずみを見た。
2人とも、何も言わなかった。




