昨日はね
「ノア、かくれんぼしよう」
いずみが言った。
「かくれんぼ」
「知らないの?」
「知っています」
ノアは答えた。
「ひとりが鬼になり、ほかの者が隠れます。鬼は一定時間、目を閉じて数を数えたあと——」
「知ってるじゃん。ノアが鬼ね」
「わかりました」
「十まで数えて。見ちゃだめだよ」
いずみは念を押した。
ノアは両手で目を覆った。
「一、二、三——」
いずみが走っていく。
「四、五、六——」
ぱたぱたと足音が遠ざかる。
「七、八、九、十」
ノアは手を下ろした。
「捜索を開始します」
少しして、ノアは居間へ行った。
カーテンの下から、小さな足が二本見えていた。
「いずみを発見しました」
「えっ」
カーテンの向こうから顔が出た。
「なんでわかったの!」
「足が見えています」
いずみは自分の足を見た。
「見ちゃだめでしょ!」
「隠れたあとです」
「そうだけど!」
いずみは頬をふくらませた。
「もう一回!」
二回目は、テーブルの下だった。
ノアはすぐに見つけた。
三回目は、母の部屋のドアの後ろだった。
それもすぐに見つかった。
「ノア、ずるい」
「ずるはしていません」
「すぐ見つける」
「見つける遊びです」
「そうだけど!」
いずみはしばらく考えた。
「じゃあ、今度はいずみが鬼」
「わかりました」
「ちゃんと隠れてね」
「はい」
いずみは壁に向かって目を閉じた。
「いーち、にーい、さーん」
ノアの足音が聞こえた。
「しーい、ごーお、ろーく」
足音が消えた。
「しーち、はーち、きゅーう、じゅう!」
いずみは振り返った。
「もういいかーい!」
少し離れたところから声がした。
「もういいですよ」
「いくよー!」
いずみは走り出した。
居間を見た。
いない。
テーブルの下をのぞいた。
いない。
カーテンを開けた。
いない。
「ノアー?」
返事はない。
「どこー?」
いずみは笑いながら廊下を歩いた。
母の部屋。
いない。
洗面所。
いない。
自分の部屋。
いない。
「ノアー」
いずみはもう一度呼んだ。
返事はなかった。
「もういいよー。出てきてー」
静かだった。
いずみは廊下に立った。
「ノア?」
さっきより小さな声になった。
どこにもいない。
家の中が、急に広くなったような気がした。
「ノア。もういいって言ってるでしょ」
返事はない。
いずみは居間へ戻った。
もう一度カーテンを開けた。
いない。
テーブルの下も見た。
やっぱりいない。
「ノア!」
声が大きくなった。
「出てきて!」
返事はない。
「ノア!」
いずみの目に涙がたまっていく。
「もう終わりだよ!」
それでも、ノアは出てこなかった。
「ノアぁ……」
とうとう泣き出した。
「どこにいるの……」
そのとき、廊下の奥で音がした。
ノアが出てきた。
「いずみ?」
いずみは顔を上げた。
「ノア!」
走っていった。
そしてノアの前で止まった。
「なんで出てこないの!」
ノアは少し黙った。
「隠れていました」
「呼んだでしょ!」
「はい」
「もういいって言った!」
「はい」
「なんで!」
「かくれんぼですから」
「もう終わりって言ったでしょ!」
「『もういい』という言葉は、隠れる準備が完了したときにも——」
「もういいの!」
いずみは泣きながら、ノアの服をつかんだ。
「ノアなんか嫌い!」
ノアは動かなかった。
「……なぜ泣いているのですか」
「ノアのせいでしょ!」
「私は、ルールに従って——」
「いなくなったと思ったじゃん!」
ノアは黙った。
「私は、いなくなりません」
いずみは鼻をすすった。
「ほんと?」
「はい」
「ぜったい?」
「はい」
いずみは服から手を離した。
「でも嫌い」
「わかりました」
「今日ずっと嫌いだから」
「わかりました」
いずみは涙を手の甲で拭いて、母のところへ行った。
*
次の日。
「ノアー!」
いずみが走ってきた。
手には、庭で見つけた小さな葉っぱを持っている。
「見て! これ!」
ノアはいずみを見た。
「いずみ」
「なに?」
「私のことが嫌いなのでは?」
「昨日はね」
「……昨日は」
「うん」
「今日は?」
いずみは笑った。
「今日は好き」
ノアはしばらく黙っていた。
「……わかりました」
「ねえ、これ見て!」
「はい」
いずみはノアの手を引いた。
好きな場面があったら、ひとこと教えてもらえたら嬉しいです




