ノアも行くよ
「いずみ、お風呂入るよ」
「はーい」
いずみはノアを抱き上げた。
「ノアも行くよ」
「待って。ノアはだめ」
母に止められて、いずみが振り返った。
「なんで?」
「濡れたら壊れちゃうから」
いずみは腕の中のノアを見た。
「壊れるの?」
「浸水した場合、故障する可能性があります」
ノアが答えた。
「じゃあ濡らさない」
いずみはそのまま歩いていこうとする。
「だから待ちなさいって」
「濡らさないよ」
「お風呂場は濡れるの」
いずみはノアを抱いたまま考えた。
「じゃあ、ノアだけお風呂入らないの?」
「そう」
「ひとり?」
「すぐ出てくるでしょ」
いずみはノアを見た。
「……」
母は少し考えてから、台所へ行った。
戻ってきた手には、大きな透明のビニール袋があった。
「これに入れるなら、連れていってもいいよ」
「ほんと?」
「でも絶対にお湯に入れない。水もかけない。いい?」
「うん!」
母はノアを袋に入れた。
いずみは袋の上からノアを見た。
ノアもいずみを見ている。
「ノア」
「はい」
声が少しくぐもっている。
いずみは笑った。
「へんなの」
「音声伝達が阻害されています」
「なに?」
「音声伝達が――」
「聞こえない」
いずみはまた笑った。
「ノア、お風呂行こう!」
「私は入浴しません」
「行くだけ」
「はい」
いずみはビニール袋に入ったノアを抱えて、お風呂場へ向かった。
母がノアを浴槽から離れたところに座らせる。
「ここから動かしちゃだめだからね」
「はーい」
いずみは湯船に入った。
ノアは袋の中から、じっといずみを見ている。
「ノア」
「はい」
「お風呂、気持ちいいよ」
「そうですか」
「入りたい?」
「いいえ」
「なんで?」
「私は入浴を必要としません」
いずみは少し考えた。
「かわいそう」
「かわいそうではありません」
「一回入ったらわかるよ」
「故障する可能性があります」
「ちょっとだけなら?」
「だめ」
母が言った。
いずみは黙った。
しばらくして、またノアを見る。
「じゃあ、見てて」
「はい」
いずみは湯船に顔をつけた。
ぶくぶくぶく。
すぐに顔を上げる。
「見た?」
「はい」
「もう一回やるね」
また顔をつける。
ぶくぶくぶく。
「見た?」
「はい」
いずみは満足そうに笑った。
「ノアもやればいいのに」
「できません」
いずみはしばらく湯船で遊んでいた。
やがて母が言った。
「そろそろ出るよ」
「はーい」
いずみは湯船から出た。
母に体を拭いてもらって、パジャマを着る。
それから真っ先にノアのところへ行った。
「もう出ていいよ」
母がビニール袋を開ける。
ノアが出てきた。
いずみはすぐに抱き上げた。
「濡れてない?」
「はい」
いずみはノアの頭を触った。
ほっぺたも触った。
「ほんとだ」
「異常はありません」
「よかった」
いずみはノアを床に下ろした。
「お風呂どうだった?」
「私は入浴していません」
「一緒にいたじゃん」
ノアは少し黙った。
「はい」
「明日も入ろうね」
「私は入浴しません」
「袋に入るの」
「……はい」
いずみは満足そうにうなずいた。




