読んであげる
いずみは、床に大きな絵本を広げた。
「ノア、ここ座って」
「はい」
ノアがとなりに座る。
いずみは絵本を自分とノアの真ん中に置いた。
「読んであげる」
「その書籍の内容はデータベースに登録されています」
「知ってるの?」
「はい」
「読んだことあるの?」
「いいえ」
いずみは不思議そうにノアを見た。
「でも知ってるの?」
「はい」
「へんなの」
いずみは絵本を開いた。
「じゃあ、読んであげるね」
最初のページには、森の中に小さな家が描かれている。
「むかしむかし、森の中に女の子がいました」
「本文には『あるところに、おじいさんと――』」
「ノア!」
「はい」
「いま、わたしが読んでるの」
「はい」
「言わないで」
「承知しました」
いずみは最初からやり直した。
「むかしむかし、森の中に女の子がいました」
ノアは黙っている。
「女の子は、白い猫と住んでいました」
ノアはページを見た。
猫はいない。
「……」
「それでね、猫がいなくなっちゃったの」
いずみがページをめくる。
そこには川があった。
「女の子は猫をさがしに川に行きました」
次のページをめくる。
「そしたら大きな魚がいました」
ノアが口を開く。
いずみがノアを見る。
ノアは口を閉じた。
「魚がね、猫がどこにいるか知ってたの」
いずみはどんどんページをめくっていく。
本に書かれている話とは、まったく違う話になっていた。
最後のページまで来た。
「それで、猫を見つけて、一緒におうちに帰りました。おしまい」
いずみは本を閉じた。
「どうだった?」
ノアは少し黙った。
「原文とは大幅に異なっています」
「おもしろかった?」
「『おもしろい』という評価については――」
「おもしろかった?」
ノアはまた少し黙った。
「判断できません」
「そっか」
いずみはあまり気にしていないようだった。
もう一度、本を開く。
「じゃあ、もう一回読んであげる」
「同じ物語ですか?」
「ううん」
「同じ書籍です」
「でも今度は違うお話」
ノアは本を見た。
さっきと同じ絵が描かれている。
「同じ書籍から、異なる物語を読むのですか?」
「そうだよ」
「なぜですか?」
いずみは少し考えた。
「だって、こっちのお話もあるから」
ノアは黙った。
「ノア、ちゃんと聞いてね」
「はい」
いずみは最初のページを開いた。
「むかしむかし、森の中に――」
ノアは本を見た。
それから、いずみを見た。
「ノア。本見て」
「見ています」
「わたしじゃなくて」
いずみは本を指さした。
「こっち」
「……はい」
いずみは笑った。
そしてまた、最初から話し始めた。




