ノアが来た日
その日、大きな箱が届いた。
いずみは、玄関に置かれた白い箱のまわりを、さっきからうろうろしていた。
「なにこれ?」
「いずみのお友達だって」
「おともだち?」
いずみは箱をのぞきこんだ。
「開けていい?」
「ちょっと待って。今開けるから」
「わたしもやる」
母がテープをはがしている横から、いずみも箱に手をかけた。
「だから待ってって」
やがて箱が開いた。
白い布のようなものに包まれて、小さな男の子のような人形が入っていた。
いずみの手が止まった。
そして次の瞬間、
「かわいーーー!」
人形を抱き上げようとする。
「待って待って。まだ動かしちゃだめ」
「なんで?」
母は箱の中から説明書を取り出した。
「設定するから」
「もう動いてるよ」
人形が、いずみを見ていた。
目が合った。
「……」
いずみも見た。
人形も見ている。
いずみは顔を近づけた。
人形の顔の前で、右に動く。
目がついてくる。
左に動く。
やっぱりついてくる。
「見てる」
母が説明書から顔を上げた。
そのときだった。
「こんにちは」
いずみは固まった。
母を見る。
人形を見る。
もう一度、母を見る。
「いま、しゃべった」
「はい」
「わっ!」
いずみは後ろに飛びのいた。
少し離れたところから、じっと見る。
それから恐る恐る近づいて、人形の口元をのぞきこんだ。
「なんで人形なのにしゃべれるの??」
「私は人形ではありません」
「人形だよ?」
「家庭用自律型AIロボットです」
「えーあい?」
「はい」
「ロボット?」
「はい」
いずみは人形の頭をつついた。
「いずみ、乱暴にしないの」
「痛い?」
「痛覚に相当する感覚機能はありません」
「痛くないの?」
「はい」
今度はほっぺたをむにっと押した。
「いずみ!」
「本機に強い圧力を加えることは推奨されていません」
いずみは手を離した。
「怒った?」
「怒っていません」
「よかった」
いずみは笑った。
なんだ。
しゃべる。
しかも、ちょっとおもしろい。
「名前は?」
「製品名称はNHAシリーズ・家庭用自律型――」
「それじゃなくて。名前」
「個体識別番号はNHA-07――」
「それも名前じゃないよ」
「では、質問の意図を確認します」
いずみはもう聞いていなかった。
人形のまわりを1周して、後ろをのぞき、また前に戻る。
「名前ないの?」
「固有名称は設定されていません」
「ふうん」
いずみは床に座った。
人形もいずみを見ている。
「じゃあ、つけていい?」
「名称は所有者によって任意に設定することが可能です」
「むずかしい」
「はい。つけられます」
「つけていいんだ」
いずみは少し考えた。
「……ノア」
人形の目が、ほんの一度瞬いた。
「ノア?」
「うん。今日からノア」
「名称『ノア』を登録しますか?」
「とうろく?」
「私の名前を、ノアにしますか?」
「する!」
少しだけ間があった。
「登録しました」
いずみは満足そうに笑った。
「ノア」
「はい」
「ノア!」
「はい」
「ノアー!」
「はい。聞こえています」
それがおかしくて、いずみはまた笑った。
そして何の前触れもなく、ノアを抱きしめた。
「今日から一緒ね」
「はい」
「ずっとだよ」
「承知しました」
「しょうちしました、だって!」
いずみが笑う。
「変なの!」
その日から、いずみのとなりにはノアがいた。




