世界納豆会議
「まず、確認させてください」
リリアーナは玉座の前に立つ巨大な存在を見上げた。
黄金色の体。
頭には豆のような形をした王冠。
全身から、うっすらと光を放っている。
そして何より。
「……臭いです」
『神に向かって、臭いとは何だ』
「納豆神様ですよね?」
『そうだ』
「では、仕方ありません」
『仕方ないのか……』
納豆神は少し傷ついたようだった。
その横では、魔王ゼルガが腕を組んでいる。
「しかし、なぜ神が現れた?」
『ナットウ二世が目覚めたからだ』
「目覚めた?」
『千年前、この世界には納豆の力を操る存在がいた』
納豆神はナットウ二世を見る。
『それが、この者だ』
「ナットウ二世が?」
リリアーナが驚く。
『正確には、その魂の一部だ』
ナットウ二世は嬉しそうに揺れた。
『ぼく、すごい?』
「すごいですね」
『えへへ』
「かわいい……」
魔王が頭を抱えた。
「世界を救う存在が、なぜこんなにかわいいんだ」
アルベルトが頷く。
「しかも、腹が減ると何もできなくなる」
『ごはん』
「ほら」
「本当に何もできませんね」
納豆神が咳払いをした。
『しかし、問題がある』
リリアーナの表情が引き締まる。
「何ですか?」
『ナットウ二世の力が目覚めたことで、世界中の納豆が活性化している』
「……活性化?」
『納豆の発酵が止まらなくなる』
「それは……」
リリアーナは嫌な予感がした。
『つまり』
納豆神が手を広げる。
『世界中の納豆が、喋り始める』
「…………」
アルベルトが呟いた。
「それは困るな」
魔王も頷く。
「城の地下だけでも大変なのに」
『ごはん』
ナットウ二世が言った。
「あなたは黙っていてください」
『ごはん』
「今は大事な話をしています」
『ごはん』
「……あとであげます」
『わかった』
素直だった。
そのとき。
王国の兵士が慌てて駆け込んできた。
「聖女様!」
「どうしました?」
「大変です!」
「またですか?」
「王都の納豆工場から、報告が!」
兵士は息を切らしている。
「納豆が……」
「喋った?」
「はい!」
「やっぱり……」
「しかも!」
兵士は震えながら続けた。
「納豆工場の納豆が、全員同じ言葉を叫んでいます!」
「何と?」
兵士は耳を押さえた。
「『ごはんをよこせ』と!」
「…………」
リリアーナは空を見上げた。
「世界が終わるかもしれません」
「大げさでは?」
アルベルトが言った。
「たかが納豆だろう」
その瞬間。
王宮の外から声が響いた。
『ごはん!』
『ごはん!』
『ごはん!』
『ごはん!』
王都中から、無数の声が聞こえる。
『ごはん!』
『ごはん!』
『ごはん!』
アルベルトの顔が青ざめた。
「……撤回する」
魔王が窓の外を見る。
「これはまずい」
『世界中で同じことが起きるぞ』
納豆神が言った。
リリアーナは考えた。
「では、どうすればいいんですか?」
納豆神は答えた。
『世界納豆会議を開く』
「…………」
「何ですか、それは?」
『各国の代表を集め、納豆について話し合う』
「なぜ国際会議の議題が納豆なんですか?」
『世界中の納豆が喋り始めるからだ』
「分かりました」
こうして。
人類史上初となる、世界規模の納豆会議が開催されることになった。
会場は、王国最大の国際会議場。
参加者は、人間。
エルフ。
ドワーフ。
獣人。
魔族。
そして――。
納豆。
「……本当に納豆も参加するんですか?」
リリアーナが尋ねる。
『当然だ』
納豆神が答える。
『納豆にも意思がある』
会議が始まった。
最初に発言したのは、人間代表。
「我々は、納豆の輸出入について――」
『ごはん』
「……」
「次に進みます」
エルフ代表が立つ。
「森の中で納豆を製造すると、独特の臭気が――」
『ごはん』
「……」
ドワーフ代表。
「納豆の容器をもっと頑丈に――」
『ごはん』
獣人代表。
「納豆は肉料理と――」
『ごはん』
魔族代表。
「納豆カレーについて――」
『ごはん』
リリアーナは頭を抱えた。
「全然、会議になりません」
魔王が頷く。
「その通りだ」
「どうしましょう?」
「仕方ない」
魔王は立ち上がった。
そして。
「全員、白米を配れ!」
会議場が静まり返った。
「魔王様?」
「腹が減っているから話し合いにならんのだ」
「…………」
アルベルトが頷いた。
「確かに」
「殿下まで……」
しかし、白米が配られると。
会議場は一瞬で静かになった。
納豆たちは嬉しそうに白米へ飛び込んでいく。
『いただきます!』
『うまい!』
『最高!』
『もっと!』
『おかわり!』
「…………」
リリアーナは遠い目をした。
「これ、世界会議ですよね?」
魔王が答える。
「世界で一番平和な会議だ」
「それはそうかもしれません」
そして。
会議は驚くほど順調に進んだ。
納豆の輸出。
大豆の生産。
発酵技術。
衛生管理。
納豆の保存方法。
各国が次々と意見を出し合う。
やがて、最後の議題になった。
「世界中の納豆を、誰が管理するのか」
全員が黙った。
そして。
すべての視線がリリアーナへ向いた。
「……私ですか?」
『聖女ならできる』
納豆神が言う。
「嫌です」
『なぜだ』
「私は聖女ですよ?」
『そうだ』
「納豆管理人ではありません」
魔王が手を挙げる。
「では我が管理しよう」
「魔王が?」
「うむ」
アルベルトも手を挙げる。
「私も協力する」
「王子まで?」
「納豆のためなら」
リリアーナは深いため息をついた。
「……分かりました」
こうして。
世界納豆連盟が設立された。
初代代表は――。
聖女リリアーナ。
副代表は――。
魔王ゼルガ。
外交担当は――。
アルベルト王子。
そして名誉顧問は――。
ナットウ二世。
『ごはん』
「顧問がそれでいいんですか?」
『ごはん』
「まあ……いいか」
世界は一つになった。
納豆を中心に。
しかし。
会議が終わった直後。
一人の兵士が駆け込んできた。
「聖女様!」
「今度は何ですか?」
「大変です!」
「もう驚きませんよ」
兵士は震えながら告げた。
「世界中の納豆工場から報告が届いています!」
「はい」
「喋る納豆が増えています!」
「でしょうね」
「いえ、それだけではありません!」
「まだあるんですか?」
「人間の言葉を覚え始めています!」
「…………」
兵士は青ざめていた。
「そして、一番最初に覚えた言葉が――」
リリアーナは嫌な予感がした。
兵士が答える。
「『納豆を食べろ』です」
「…………」
ナットウ二世が、嬉しそうに笑った。
『なかま、いっぱい』
リリアーナは空を見上げた。
世界は一つになった。
だが。
その中心にいるのは、人間でも魔族でもない。
納豆だった。




