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聖女と納豆  作者: 大豆


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5/8

納豆祭り

「聖女様」


朝食を終えたリリアーナのもとへ、王国宰相が駆け込んできた。


「大変なことになりました」


「今度は何ですか?」


「納豆祭りを開催することになりました」


「…………」


リリアーナは箸を置いた。


「誰が決めたんですか?」


「国王陛下です」


「なぜですか?」


「納豆による経済効果が凄まじいからです」


宰相は一枚の資料を取り出した。


「納豆の売上は先月の三十倍。大豆農家の収入は増加し、納豆工場では人手が足りず、さらには納豆を使った新商品まで次々と開発されています」


「それは……いいことなのでは?」


「はい。ですから陛下は、さらに納豆を広めようと」


「それで納豆祭りですか」


「はい」


リリアーナは嫌な予感がした。


「私は何をするんですか?」


宰相は目を逸らした。


「祭りの目玉として、納豆料理コンテストの審査員を」


「やっぱり……」


そして祭り当日。


王都中央広場には、見たこともないほど大勢の人が集まっていた。


巨大な納豆の像。


納豆を模した飾り。


納豆柄の旗。


そして中央には、


『第一回・聖女杯 納豆料理選手権』


と書かれた巨大な看板。


「やりすぎでは?」


リリアーナは呆然とした。


「何を言っているんですか」


隣に立っていたアルベルト王子が答える。


「素晴らしい祭りではありませんか」


「殿下、どうしてこちらに?」


「友好国の祭りですから」


「そうですか」


「それに……」


アルベルトは小声で付け加えた。


「納豆が食べ放題だ」


「本音が出ていますよ」


祭りが始まった。


第一の料理。


納豆入りパン。


「これは普通ですね」


リリアーナが食べる。


「おいしいです」


第二の料理。


納豆スープ。


「これは……」


一口。


「意外と合いますね」


第三の料理。


納豆パスタ。


「これも悪くありません」


第四の料理。


納豆ケーキ。


「…………」


リリアーナの箸が止まる。


「これは何ですか?」


料理人が胸を張る。


「納豆とチョコレートを組み合わせました!」


「なぜ?」


「新しい可能性を追求しました!」


「可能性は追求してもいいですが、食べ物には向き不向きがあります」


しかし、審査員として食べないわけにもいかない。


リリアーナは覚悟を決めた。


ぱくっ。


「…………」


アルベルトが心配そうに見る。


「どうだ?」


「……殿下」


「何だ?」


「これは、納豆ではありません」


「では何だ?」


「挑戦です」


「なるほど」


アルベルトは納得した。


そのときだった。


広場の端から、大きな声が響いた。


「待った!」


人々が一斉に振り返る。


そこに立っていたのは――。


黒いマントを身にまとった大男。


赤い瞳。


頭には二本の角。


「魔王!?」


会場が騒然となった。


兵士たちが一斉に剣を抜く。


リリアーナも身構える。


しかし、その男は両手を上げた。


「待て!」


「……」


「我は戦いに来たのではない!」


兵士たちが警戒する。


リリアーナは目を細めた。


「あなた……」


「そうだ」


魔王は胸を張った。


「我こそが魔王ゼルガ!」


「そういえば……」


リリアーナは首を傾げた。


「魔王は、魔王城と一緒に消滅したのでは?」


「…………」


魔王の動きが止まった。


「あの……」


「うむ」


「そこ、私も気になっていました」


アルベルト王子も頷く。


「私もだ」


魔王はしばらく黙っていた。


そして、深いため息をつく。


「……説明しよう」


魔王は空を見上げた。


「あの日、我は魔王城にいた」


「はい」


「昼寝をしていた」


「魔王が?」


「魔王にも休息は必要なのだ」


「それはそうですね」


「すると突然、城全体が金色の光に包まれた」


リリアーナが申し訳なさそうにする。


「私が納豆を食べた直後ですね」


「そうだ」


「それで?」


「我は咄嗟に転移魔法を使った」


「なるほど」


「しかし、寝起きだった」


「……はい」


「座標指定を間違えた」


アルベルトが眉をひそめる。


「どこへ転移した?」


魔王は気まずそうに答えた。


「近所の大豆畑だ」


「…………」


「魔王城は消滅した」


「はい」


「だが我は生き延びた」


「大豆畑に?」


「うむ」


魔王は胸を張った。


「しかも、その大豆畑の持ち主が親切な老人でな」


「はい」


「腹が減ったと言ったら、大豆を煮て食わせてくれた」


「それで?」


「さらに、その大豆を発酵させて納豆を作ってくれた」


リリアーナの目が輝いた。


「納豆を?」


「ああ」


魔王は遠い目をした。


「一口食べた瞬間、我は悟った」


「何をです?」


「これが……世界を救う食べ物だと」


「そこは『おいしい』じゃないんですか?」


「もちろん、おいしかった」


魔王は力強く頷いた。


「だから我は納豆を研究した」


「研究?」


「三百回混ぜた」


「……三百回」


アルベルトの顔が引きつった。


「我が最高記録だ」


「私より二百回多い……」


「殿下、張り合わなくていいです」


魔王は続ける。


「その後、我は旅をしながら納豆の素晴らしさを広めてきた」


「それで、今日は何をしに来たんですか?」


魔王は真剣な顔になった。


「納豆料理コンテストに参加したい」


「そこですか?」


「我は本気だ!」


魔王は背後から巨大な鍋を取り出した。


「我が魔王城――いや、大豆畑で研究を重ねた究極の納豆料理だ!」


「魔王城なくなっていますからね」


「……うむ」


魔王は鍋の蓋を開けた。


「納豆入り魔王カレー!」


「普通の納豆カレーでは?」


「違う!」


魔王は胸を張った。


「魔界産の激辛香辛料を使っている!」


「辛いだけでは?」


「さらに!」


魔王は納豆を取り出した。


「三百回混ぜた!」


「さっき聞きました」


魔王がカレーを皿に盛る。


「聖女よ。食べてみろ」


リリアーナはスプーンを受け取った。


そして一口。


「…………!」


次の瞬間。


リリアーナの目から涙が流れた。


「お、おいしい……!」


魔王が拳を握る。


「よし!」


「辛いです……でも、おいしい……!」


アルベルトも食べる。


「うまい!」


そして二人は顔を見合わせた。


「殿下」


「何だ?」


「これ、優勝では?」


「同感だ」


魔王が満面の笑みを浮かべる。


「そうだろう!」


こうして。


第一回聖女杯納豆料理選手権。


優勝者は――。


魔王ゼルガ。


人類と魔族の歴史上初めて、魔王が人間の祭りで優勝するという珍事が起きた。


しかし。


表彰台に立った魔王は、優勝トロフィーを受け取るより先に、リリアーナへ尋ねた。


「聖女よ」


「はい?」


「……納豆カレーをもう一皿もらえないか?」


「いいですよ」


「本当か!」


「その代わり」


リリアーナは指を一本立てた。


「次に王国へ来るときは、魔王城を破壊しないようにしてくださいね」


「我が破壊したわけではない!」


「そうでした」


「貴様が納豆を食べたせいだ!」


「……それは否定できません」


「では、責任を取ってくれ」


「何をすれば?」


魔王は真剣な顔で言った。


「我の新しい城を一緒に建ててほしい」


「いいですよ」


「本当か!」


「ただし」


リリアーナは笑った。


「台所は大きくしてください」


魔王は一瞬黙った。


「……納豆工房も必要だな」


「必要ですね」


アルベルトが口を挟む。


「では、我が国から大豆を提供しよう」


「殿下まで……」


「三百回混ぜるための道具も必要だ」


「完全に納豆仲間になっていますよ」


こうして、魔王の新居建設計画が始まった。


その名も――。


『納豆城』


後に世界中の観光客が訪れることになる、史上最も臭い魔王城の誕生である。

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