表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖女と納豆  作者: 大豆


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/4

納豆嫌いの王子

「納豆を食べることを禁止する?」


リリアーナは、王国宰相から渡された書状を見つめていた。


「はい」


宰相は重々しく頷く。


「隣国グランディアの第一王子、アルベルト殿下からの正式な抗議文です」


「抗議……」


リリアーナは書状を開いた。


そこには、流麗な文字でこう書かれていた。


『我が国では、貴国で急速に広まっている納豆なる食品を危険視している』


「危険……」


『独特の臭気を放ち、糸を引く豆を国民に食させるなど、文明国として看過できない』


「…………」


リリアーナの眉がぴくりと動いた。


『よって、貴国が納豆の輸出を停止しない場合、両国の関係を見直すことも辞さない』


そこまで読んで、リリアーナは書状を机に置いた。


「……なんだか腹が立ちますね」


「聖女様?」


「納豆に謝ってください」


「誰にですか?」


「納豆にです」


宰相は困った顔をした。


「しかし、これは外交問題です」


「分かっています」


リリアーナは立ち上がった。


「私が直接、話をします」


「まさか……」


「隣国へ行きます」


「聖女様自ら!?」


「納豆の名誉を守るためです」


「そこは国の平和のためと言ってください!」


こうして翌日。


リリアーナは隣国グランディアへ向かった。


迎えに来たのは、抗議文を書いた本人。


第一王子アルベルトだった。


金色の髪。


整った顔立ち。


長身。


完璧な王子様だった。


「お初にお目にかかります、聖女リリアーナ」


「こちらこそ。アルベルト殿下」


二人は握手を交わした。


アルベルトは微笑む。


「遠路はるばる、ようこそ我が国へ」


「こちらこそ、お招きいただきありがとうございます」


「さっそくですが」


アルベルトの笑顔が消えた。


「納豆について話しましょう」


「はい」


「なぜ、あのようなものを国民に広めるのですか?」


「おいしいからです」


「理由になっていません」


「なります」


「なりません」


二人の間に沈黙が落ちる。


アルベルトが咳払いをした。


「そもそも、納豆とは何なのです?」


「大豆を納豆菌で発酵させた食品です」


「発酵?」


「はい」


「つまり、腐っているのでは?」


「違います」


「しかし臭います」


「納豆ですから」


「糸を引きます」


「納豆ですから」


「見た目も悪い」


「納豆ですから」


「なぜ平然としているのですか!」


「納豆ですから」


アルベルトは頭を抱えた。


「話にならない……」


すると、リリアーナが言った。


「では、食べてみてください」


「断ります」


即答だった。


「一口だけでも」


「嫌です」


「なぜです?」


「臭いからです」


「食べたことがあるのですか?」


「ありません」


「では、なぜ臭いと分かるのですか?」


「見れば分かります!」


「それは偏見です」


「納豆を食べる人に言われたくありません!」


「では、食べてください」


「嫌です!」


「一口」


「嫌です!」


「半口」


「量の問題ではありません!」


そのとき。


部屋の外から声がした。


「殿下、昼食の準備が整いました」


アルベルトが立ち上がる。


「そうか。では行こう」


「私もご一緒してよろしいですか?」


「もちろんです」


二人は食堂へ向かった。


豪華な料理が並んでいる。


焼いた肉。


魚料理。


色とりどりの野菜。


そして中央には、大きな鍋が置かれていた。


「これは?」


リリアーナが尋ねる。


アルベルトが得意げに答えた。


「我が国自慢の豆料理です」


蓋を開ける。


ほくほくに煮込まれた豆が大量に入っていた。


リリアーナは一口食べる。


「おいしいですね」


「そうでしょう」


アルベルトは嬉しそうに笑う。


「我が国では古くから親しまれている料理です」


「なるほど」


リリアーナは豆を見つめた。


そして、少し考える。


「この豆を発酵させたら、もっとおいしくなるかもしれません」


「やめてください」


「まだ何もしていません」


「顔に書いてあります」


「納豆にします」


「やめろ!」


その瞬間。


食堂の扉が勢いよく開いた。


「殿下!」


兵士が駆け込んでくる。


「大変です!」


「何事だ?」


「王都の市場で……奇妙な豆料理が売られ始めました!」


「奇妙な豆料理?」


「はい!」


兵士は震えながら答えた。


「納豆です!」


「…………」


アルベルトの顔が青ざめる。


リリアーナは立ち上がった。


「誰が作ったんですか?」


「それが……」


兵士は恐る恐る答えた。


「こちらの料理人たちです」


アルベルトが叫んだ。


「なぜだ!」


「聖女様の話を聞いて、興味を持ったそうです」


「まだ一日しか経っていないぞ!」


「ですが……」


兵士は懐から小さな容器を取り出した。


「試作品を作ったとのことで」


蓋を開ける。


ふわり。


独特の香りが広がった。


アルベルトは鼻をつまむ。


「うっ……」


一方、リリアーナの目は輝いた。


「これは……!」


容器の中には、見事な糸を引く納豆。


しかも、王国の納豆より粒が大きい。


「素晴らしいです!」


リリアーナが箸を伸ばす。


「待ってください!」


アルベルトが止める。


「それは我が国で作られたものです!」


「だから何ですか?」


「……食べるのですか?」


「もちろん」


リリアーナは納豆を一口食べた。


「……!」


目を閉じる。


「おいしい……!」


その瞬間。


アルベルトの腹が鳴った。


ぐぅぅぅぅ。


食堂中に響き渡る。


「…………」


「…………」


リリアーナが王子を見る。


アルベルトは顔を真っ赤にした。


「違う」


「何がですか?」


「私は納豆を食べたいわけではない」


「でも、お腹が鳴りましたよ」


「昼食前だからだ」


「では、食べますか?」


「食べない」


「一口だけ」


「食べない」


「半口」


「だから量の問題では――」


ぐぅぅぅ。


再び腹が鳴った。


リリアーナは静かに納豆を差し出した。


アルベルトは、それを見つめる。


そして。


「……一口だけなら」


箸を受け取った。


納豆を少しだけ取る。


恐る恐る口に入れる。


「…………」


アルベルトの表情が固まった。


リリアーナは待つ。


兵士も待つ。


料理人も待つ。


やがて。


アルベルトが呟いた。


「……意外と」


「はい」


「……悪くない」


リリアーナが笑った。


「でしょう?」


アルベルトはもう一口食べた。


「…………」


さらに一口。


そして、三口目。


四口目。


「殿下」


「何だ」


「それ、私の納豆です」


「…………」


アルベルトは箸を止めた。


「……もう一パックないか?」


こうして。


隣国の納豆禁止令は、発令される前に消滅した。


しかし、その夜。


アルベルトは重大な問題に直面する。


「……納豆をもう一度食べたい」


しかし、王子として「納豆を食べたい」などと言えるはずがない。


そこで彼は、侍従に命じた。


「明日の朝食に……豆料理を出せ」


「かしこまりました」


「ただし、納豆ではない」


「承知しました」


「納豆ではないぞ」


「はい」


「絶対に納豆ではない」


「……ちなみに、豆を発酵させたものはいかがでしょう?」


アルベルトはしばらく黙った。


「……それなら仕方がない」


翌朝。


グランディア王国の王子の朝食には、納豆が三パック並んでいた。


そして王子は、その日のうちに納豆の魅力を国中に宣伝することになる。


ただし本人だけは、最後までこう主張した。


「私は納豆好きではない」


この発言を、誰も信じなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ