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落華祈雨  作者: 桔梗


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3/6

3.必然の二人

長い落下だった。

雲を突き抜け、冷たい雨の中を通り、鳥の群れを散らしながら地上へ向かう。

屋根を突き破った瞬間、李華は自分がただの人間になったことを、心の底から理解した。


古びた屋根が眼下に迫り、李華は咄嗟に受け身を取った。


ドオーーーーーーーン!!!


轟音が山中に響き渡った。

瓦を砕き、梁を折り、供物台らしきものを巻き込んで、李華は、神殿の床へ背中から叩きつけられた。


全身に激痛が走る。

肺から空気が抜け、李華はしばらく息さえできなかった。


「――っ」


息が詰まった。

全身が痛い。


痛いという感覚を、李華は何百年も忘れていた。

目を開けると、崩れかけた天井の向こうに夜空が見える。

雨粒が、開いた穴から頬へ落ちてきた。


「……天帝の、性悪め……殺す気か!」


仰向けになったまま、穴の開いた天井を見上げる。

夜空が見えた。

細い月と、疎らな星。


李華は手を伸ばし、力を込めた。

何も起きなかった。


風一つ呼べない。

折れた梁を退けることもできない。

神力は、本当に欠片も残らず奪われていた。


「まったく、本当に冗談の通じない老人だ。本当に、不死性まで奪ったのか……」


悪態をつきながら、李華は身体を起こした。


***


周囲を見回すと、そこは、ずいぶんと古い神殿だった。

柱は腐り、壁には無数の亀裂が走っている。


屋根の半分は落ち、祭壇を覆う赤い布は、元の色が分からないほど褪せていた。

長い間、参拝者が訪れた形跡もない。

ただ、不思議なことに、床には埃が少なかった。

誰かが掃除をしているようだ。


祭壇の左右には、新しい蝋燭が一本ずつ灯されている。

そして、正面には巨大な神像が鎮座していた。

頭部の半分が欠けている。

それでも、その面持ちには見覚えがあった。

李華はしばらく神像を見上げた。


「……俺か?」


かつての自分を祀った神殿らしい。

彫刻師の腕は悪くない。

しかし、本人より鼻が少し低い気がした。

口元も威厳を意識しすぎて、ひどく不機嫌そうに見える。


「うん。似ていないな」


呟いた、その時だった。

背後で、空気が鳴った。

李華は反射的に身を捻った。


銀色の刃が頬を掠める。

数本の黒髪が宙を舞い、遅れて頬に熱が走った。

触れた指先に、赤い血がつく。


「……ほう」


死角から襲われた。

神であった頃ならば、百里先の殺気さえ感じ取れただろうが、今の李華は、刃が皮膚へ届くまで気づかなかった。


「避けたか」


若い男の声がして、李華は振り返る。

崩れた柱の影に、一人の青年が立っていた。


李華の金色の瞳が、青年へ向けられる。

二人の視線が重なった。


歳は、十八ほどだろうか。

雨の夜のような、青みがかった短い黒髪。

粗末な衣の上から、何度も繕われた外套を羽織っている。

細身ではあるが、剣を構える姿に隙はない。

白い頬には血の気がなく、目の下には薄い隈が浮かんでいた。


何より印象的なのは、その瞳だった。

深い藍色の瞳が、李華を射抜いている。

そこには、驚きも恐れもないーーあるのは、明確な敵意だけだった。


「人の家の屋根を壊しておいて、随分と偉そうだな」


「ここは神殿ではないのか」


「俺が住んでいる。だから俺の家だ」


青年は剣先を下ろさなかった。


「何者だ」


「その前に、人へ名を尋ねる時は自ら名乗るものだぞ?」


「屋根を突き破ってきた不届きものに、礼儀を説かれたくない」


「……それもそうだ」


李華は衣についた木屑を払い、立ち上がった。

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