33 work 5-2
クルーザーを全速で走らせ、クレーンの潰れた埠頭へと向かう。
フェクトが追従して、陸地に機銃掃射を繰り返し行っている。
迎撃に来ている歩兵たちを薙ぎ倒しては上昇して背を向けて旋回し、離脱しては他の機体が通り過ぎる。
「リラ、もっと接岸させて!」
窓の先で、レイチェルが船の端に片足をかけて、私に叫んだ。
片目が黄色く光っている。シトリンが半分表出している状態だ。
レイチェルのヤツ、シトリンとシンクロするつもりだ。
あれは記憶が混濁して、自分の人格にも影響が出るやり方だ。正気とは思えない。
「…おいおい、大丈夫かよ!?」
「レイチェルがやれって!」
アイツの側から呼び出しているみたいだ。自分の意志でシトリンの力を引き出そうとしているのだから、アイツの勝手だ。
咎めることはできないし、戦力としてはこれ以上に頼れるものはない。
「わーった!ドリフトして止める!頼りにすっからね!」
「任して!」
小刻みに旋回し、蛇行させて減速しつつ手前側から大きく旋回して舵を切る。
ドリフトして船の腹を岸壁に見せる様にしてブレーキをかけた。
レイチェルが数歩の助走と共に跳躍して陸地へ先んじてぶっ飛ぶ。
空中で2度炸裂音がして、アイツは加速しながら陸地へと乗り込んだ。
「マジでぇ…?」
ミランダは信じられないという顔だ。アタシも信じたくない。
空中でジャンプなんて芸当が出来るのはアイツぐらいのもんだ。狂ってるレベルの精細な風魔法のコントロールで、ヤツは空中で自由自在に姿勢制御できる。
コンテナの上でアサルトライフルを構える男に噛み付く様に銃剣で刺突し、コンテナの奥へと消えて行った。
聴き馴染んだ銃声が無数にして、悲鳴が無数に上がっている。
エンジンを停止して急いで堤防の梯子に接岸する。
私はシスナの手を取って上陸した。
目前に見えるコンテナに、振り抜かれた銃剣から血が飛び散って一筋の赤い飛沫がへばりつく。
(アイツ派手に暴れてやがんな。早いとこ止めた方がいい。)
アタシの中にいるリラが語り掛けて来た。
「シスナ!シトリン止めた方がいい!あんまり殺し過ぎても相手から顰蹙買うぞ!」
シスナに続いてコンテナの隙間を縫い、レイチェルの銃声の元へ向かう。
「うわっ…」
ミランダが思わず銃口を下して口元に手を当てた。
開けた場所についた時、そこで見た景色は、まさに死屍累々という言葉に相応しいものだ。
倒れてるのは首の外れかけた死体だらけ。銃剣についたナイフの刀身の根本まで斬り込んで振り抜いている。
たった3分未満。10人近い死体から、夥しい量の血液が地面に広がっている。屋外にいるというのに、体温が残る生暖かい鉄の匂いが鼻を通る。
アタシの発言の意図と状況を理解したシスナは無線を繋ぐ。
「シトリン止まれ!あまり殺しすぎるな!」
《えぇ?ダメだった?了解!そっち行くね!》
素直でいいヤツなのはいいが、強すぎる上に加減を知らねえのが悪いところだ。
「交渉上手くいくと思う?」
「さぁね。フェクトに任せる方がいいかも。」
アタシの問いに、シスナはため息交じりに答える。
「賛成。面倒ごとは押し付けるに限る。」
アタシの言えた口ではないが、悪人にだって家族はいる。どんな悪人でも無関係の妻を人質に取られれば動揺するものだし、父親を殺された息子のことを思えば、再び敵になり得る。
現代の戦争を知る人間なら、捕虜に取ることがどういうことか、おのずと理解できるもの。
問答無用で皆殺しにすれば、誰だって交渉の余地がないと思うはずだろう。
シトリンが人間として悪いヤツじゃないのは知っている。
魔窟の女王として、人でありながら魔物として生きることを決めた彼女は、テリトリーに入ってきた人間をひたすら殺し、女王の権能でダンジョンの外に転生させ送り返す人生を選んだ。
殺し合いの末に命を狩り続け、獰猛な肉食動物の様に生きる道を選んだ悲しい天才。
血の匂いと、掌に感じる人を斬った感触が、成功の体験として染みついてしまっている。
こと戦いにおいて、アイツは私達と殺しに対する明確な認知の差がある。握手した時に、本能的に分かったことがソレだ。
あとでフェクトから聴き知った言葉だが、シトリンを一言で言うならば『修羅』という存在が最も当てはまる存在だろう。
魔窟の女王。略すれば魔王だ。人であることを捨てた彼女には相応しい二つ名だろう。
しばらくコンテナの影に隠れながら様子を伺う。
奴さんも銃撃を止め、港のレンガ作りの古い事務所の角で、彼らも胸元の無線機に話しかけているのが見えた。
《リラ、君の"鼻"はどうだ?具体的に何があると思う?》
「な~そうだな。確証はねーんだけど、最近ニュースになってる金取引の偽造ニュース知ってる?」
民間の金取引で、一般人には偽造品を送っておいて、本物の金は犯罪者同士で裏で取引を行う。
最近は判別する手法が一般人にも渡る様になってきたし、SNSの普及で犯罪が露見する様になった。
…が、大手の貴金属販売業者が、本物を手元に持っているはずがない。訴状が通った場合、慰謝料含めて本物を明け渡すリスクを内包する。
泣き寝入りしてごめんなさいして、販売員の下っ端をスケープゴートに投獄して逃げるのが常套手段だ。
その裏で、同じ分だけ取引された量の本物が、別へ販売されているか、あずかり知らぬ場所へ保管されている。
《…なるほど、詐欺のロンダリング先と睨んでるわけか。確かに隠すにはもってこいの場所だ。》
「そういうこった。機雷といい準備がよすぎる。普段から、ここにゃ何かしら見られたくねえモンがあっぜ。粉モノの方かもしんねーけど。」
《どっちにしろ、統制下に置く以上は調べる価値はありそうだ。シトリンちゃん、いるか?》
彼女はおぼつかない無線の操作で送信スイッチを探す。
「えっと…うん。聞こえてるよ。」
《よし、全体に通達。彼らは白旗を上げた。マザー、スクリューを再起動して前進しろ。》
《了解よ。再度前進開始する。》
無線から、彼らの声が聞こえ、窓を開けて白いハンカチなどを両手で掲げ上げている人間が、遮蔽物から体を出し始めた。
《ルチレート1-1へ。レンガ造りの建物に向かえ。2階で責任者が待っている。私も行こう。》
「アンタも来れるの?丁度いい、交渉はアンタに頼みたかったわ。」
《アゾフカの体で合流する。そのまま進んでてくれ。》
ドローンがティマイオスの甲板に戻っていく。
アタシたちは銃を構え、銃口を上下に動かして指し示しながら、膝を突かせるように命令してレンガ造りの建物に接近していく。
ドローンが戻ったことで騙し討ちをしてこないとも限らない。警戒しながら進む。
レンガの倉庫に差し掛かった辺りで、荷物を再登載しただろう、パルスデトネーションエンジンの音が近づいてくる。
空を見ると、5機の機体が、低速で編隊を組んで密集する様に飛んできた。
機体の下から、交差する様に何か増槽の様なものをドロップする。
箱が空中分解し、現れた物体が空中でぶつかり合い、何かが組み上がった。
そして人形が落ちて来る。ガチンと音を立てて着地し、すぐさま立ち上がって私達の方に歩いてきた。
「フェクト!」
シトリンが手を振った。武装解除された現地民たちは、彼の姿を見て恐れおののく。
全身が個体の結晶で覆われたアゾフカとは一線を画すデザイン。
光ファイバーのしなやかに動く細やかな肌と、二重のヒンジで出来た水晶の関節。
ダンジョン跡地で見たクリスタルドラゴンのモノとそっくりだ。
クリスタルの人形の体で構築された、新型のアゾフカのフェクトの体。
どことなく頭蓋骨の骨格の様な、それでいて甲冑の様な威圧感のあるデザイン。
私達がダンジョンの跡地から手に入れたデータこそ、こいつの設計図だ。
《これよりルチレート2-1として合流する。コードネームはレギオンだ。》
「頼りにしてるわ。」
《任せておけ。》
シスナと腕を合わせた後、シトリンと低い位置でハイタッチを交わす。
《観測船ティマイオス、こちらは接岸まで15分少々かかるわ。レギオン、任せたわよ。》
マザーも少しずつ近づいてきている。現地民の反応を見る限り、既に戦意はなさそうだ。
《さぁ、責任者と謁見と行こうじゃないか。》
アタシらはレンガ造りの建物の、外側の階段を昇って事務所のドアを開けた。




