16 break time 2-2
ミランダが帰ってきた。
彼女は苦笑いして直前の仕事に出られなかったことを謝るが、シスナは足手纏いだからいいと突き放す様な態度を取る。
嫌な言い方だが、私も出来ることなら犯罪行為から彼女を遠ざけたいのは同じ気持ちだ。
彼女はモモとメリッサと同様に魔法が使えない。運がいいだけとはいえ、未だ一度もダンジョンで死んだことがない。
性格も戦うには向かない人だ。ここであったことを全て忘れて、カタギに戻って欲しくもある。
私達の仕事柄、いつか問題になる時が来るだろう。その時に、善人の彼女も重罪で裁かれるのは心苦しいものがある。
…
数日後のとある日、私はシスナと一緒にダンジョン攻略用の装備を手入れしていて、ふと思う。
「シスナ、防御性能は必要だけど、やっぱり重すぎると思うの。」
「言うと思った。」
ダンジョン緒戦で見せた私の大跳躍。
ヘルメットの重さがあると、空中でバランスが崩れて着地を失敗する危険があるから、思わず外して放り捨ててしまった。
だが、現代戦の価値観で考えると、戦場でヘルメットを取るのは危険極まりない行為だ。
襲撃を受けた兵士は、防具を最優先で装備する様に言われている。
基地の宿直などで、昼間に交代で寝ていた時でも、敵は待ってくれないのだから、起きて急いで戦わなきゃならない。
迷彩服を着ないでパンツ一丁でヘルメットとプレートキャリアだけで出るなんてのも、生還出来れば笑い話になるが、冗談ではない。
私の戦闘スタイルとしては、機動力の方を優先したいが、頭部への保護も疎かにはしたくない。
身長以上の跳躍をするならば、バランス感覚は重要だ。とりわけ人間の頭は体の中でも重量が多い。ヘルメットを付けるなら尚更だ。
「リラからも不満が出てるのよね。必要以上に重いって。」
前回の仕事では、リラは率先して先行して偵察や斥候の役を買っていた。
彼女の役割はポイントマン。シスナより身軽で小柄なのもあって、素早く静かに動ける彼女の強みを損なう。
「機能面は優れてる。民生品だけど現代戦に必要な条件は全て揃ってるから、凄いと思う。」
「そらどーも。」
アクティブ方式で赤外線を発する民生品とはいえ、サーマルビジョンまで付いている。
耳たぶまで完全に覆うヘルメットは砲撃で飛び散る破片や転倒などには滅法強い作りだ。
夜中にも不定期に砲弾や爆発物が落ちて来る様な、国境間の係争地域や紛争地域。その最前線で駐在している正規軍の雑兵が欲しいものを全て詰め込んだものだ。
シスナがどういう場所で戦っていたのか、おおよそ検討はつく。
名前からしても彼女はスラブ系だ。東欧か何かの戦争の経験者のはず。それもプロだ。
ガラス繊維を強固な接着剤で何層にも固めた防具は、最新の超高分子ポリエチレンに比べれば対弾性能に劣る上に非常に重い。
それにプレートキャリアは基本的に関節は守らない。胴体の主要な臓物のバイタルゾーンだけを守る作りだ。
私がアゾフカの一撃で、喉を貫かれて死んだ様に、運が悪ければ意味を為さない場合もある。
喉元を守るネックガードや股の大動脈を覆うグローインアーマーまで付けると、装備重量は非常に鈍重なものとなる。
「もっと限定的でいいからどうにかならない?」
「考えてみるわ。ソーラーパネルのおかげで、晴れの日なら工作機械も気軽に動かせるようになったし。」
「お願い。」
リラが歯磨きしながら私の部屋をのぞき込む。
「レイチェル。マザーが呼んでる。戦闘用の服で来いってさ。」
「分かった。今行く。」
……
私は着替えて礼拝堂でマザーと対面する。
「防具類は要らないわ。外していい。」
「はい。」
ヘルメットとプレートキャリアを外して私は彼女についていく。
地下室にくると、地下駐車場のラインマーカーの名残がある射撃訓練場に辿り着いた。
「まずはこれ、身分証よ。難民申請で通ってる。プライベートで迂闊なコトはしないようにね。」
「ありがとうございます。」
「前は無茶振りして、ごめんなさいね。よくアゾフカを動かしてくれたわ。アナタの活躍ぶりは期待以上よ。」
「はい。それで何を?」
マザーも修道女の服を脱いで、カーゴパンツとシャツの姿になる。
「おさらいがてら、魔法の訓練をしてあげようと思ってね。」
「魔法……」
「こう見えて私、500年前は魔術師ギルドの長で冒険者だったのよ。モチベーションのない怠けてたダメ社長だったけどね。」
「はぁ……そうなんですか。」
彼女は笑顔で続ける。
「あ、今はやる気に溢れてるわよ。時代も進んだしクレアのおかげでやれることも増えたし。」
何が目的やら……。私は怪訝な顔で彼女の顔を見つめると、一度咳払いして気を取り直す。
「さて前も言った通り、今のアナタの体は別人の体を再現して再構築されてるわ。その影響で魔法が操れる様になってる。」
「シトリン、でしたよね。どういう人だったんです?」
「500年前、ルメリア王国のダンジョンを踏破した稀代の天才魔法戦士。クレアの前任でもある魔窟の女王よ。」
「あの水晶の中にいる人と同じなんですね……」
「正直、500年前、何故勝てたのか私にも分からないわ。実力の上では私達より遥かに格上だったはずなのに……。」
マザーは顔を横に振るった。
「失礼。私の話は関係なかったわね。」
「マザーは魔法を知ってるんですよね?アナタも生き返ってるんですか?」
彼女は手に握ったナイフを眼前で握り込む。
「ご想像の通り、何度も再召喚を悪用して寿命を引き延ばしてるわ。でも、私は私よ。500年前から魂も体も同じ同一人物のまま。」
バチバチと音を立てて静電気が発して刀身が輝く。
「!」
「アナタにも出来るはずよ。はい、やってみて。」
ナイフを手渡され、私は困惑する。
「え~っと……どうやるんだったっけ……」
前はアゾフカを動かせたけど、どうだったか……。
なんだかあの時は、誰かが私に憑り付いたかのような不思議な感覚に襲われて出来たが、地の私の感覚だと全然想像もつかない。
「まぁ別人の体だものね……ちょっと失礼。」
「え?」
マザーはおもむろにポケットから小さなスタンガンを取り出して、私の手の甲にあてがい、一切の躊躇なくスイッチを押す。
衝撃。腕から走る電撃で視界と脳が真っ白になる。
「はぎゃぎ……!?」
一瞬だけスイッチを押され、私の体は感電して硬直して背伸びをして直立してしまった。
「何すんですか!?」
ふらついた体をマザーに繋がれた手で起こされる。体の内側を火傷する様な痛みと突っ張った筋肉が痛い。
「手に残る感覚を頭の中で再現しなさいな。体に直に思い出させるの。」
「…………。」
私は露骨に不服な表情をして、マザーをジっと見つめながら刀身に電気を流す。
「上出来よ。……凄い嫌そうな顔するわね。」
「いきなりスタンガン当てられりゃ、しますよ、そりゃ!」
「ごめんなさいね。でも感覚の世界だから、体験するのが一番なのよ。」
これ以上はごめんだ。私は言われるよりも先に、刀身に炎と冷気を纏わせる。
同じ感覚なら、火傷した時と氷を触った時だ。料理でもしてれば1回ぐらいはしたことがある。
「あら、飲み込みが早い。じゃあ次のステップに行きましょう。」
あれよあれよという間に、私は魔法の講習を受けて別属性の魔法を体得していく。
火・氷・雷・光・風・土。ファンタジーでもよくある概念だ。
いくつかは現代でも通じる殺傷能力を持つが、銃砲が発達した現代では格闘の延長線上ぐらいにしかならない。
近づく前にライフルをフルオートで叩き込んだ方が、よっぽど早く敵を倒せるだろう。
マザー曰く「どんな攻撃も、最終的には相手の体に物理的な外傷をつける。短絡的に考えれば、物理の質量攻撃が最も手っ取り早い。私の受け売りではないけど。」と言う。
レベルを上げて物理で殴ればいい、そんな元も子もない迷言もあったが、なんの属性であっても体に命中しないことには外傷を加えられない。
理に適っている言葉だ。
銃も火薬の爆発で、強い圧力の風を起こし、金属の塊を撃ち出している。逆に魔法の目線から言えば、火と風と土の複合魔法を道具で再現したものと言える。
自分の五体から起こす魔法に使い所があるとすれば、ダンジョンで死んだ時の電脳世界だ。
あれは情報の世界のため、死んだ時に持っていた銃は手元に再現されているが、物理的に火薬が爆発しないから発砲出来ない。
徒手空拳がモノを言う世界で唯一出来るのが魔法だ。覚えておいて損はないだろう。
「シスナとリラも使えるんですか?」
「勿論。リラなんかはよく使うわ。階段使うのが面倒だからって、よく3階から飛び降りたりするし。」
「異様に身軽だと思ったけど、なるほど……」
高い鉄板の壁に覆われて、裏口がないはずのジャンクヤードにリラは一瞬で入り込んでブレーカーの前に到着していた。風魔法を使ってジャンプして飛び越えたんだろう。
「そうよ。ただ、アナタに実戦で使える様にして欲しいのはもう一歩二歩、先の概念よ。」
彼女は砂嵐を身に纏って、体の周りに雷雲を作り出す。
「その魔法は……」
体が覚えているぐらいには覚えがある。
「塵雷よ。シトリンが多用していた複合魔法のひとつ。本能的に覚えがあるはずよ。」
土・風・雷の3属性複合魔法だ。近づくだけでも感電する上、外側からの電撃を吸収する。
貯めた電撃を別の魔法の起点にも出来る、極めて応用力の高い魔法だ。
「これをやりながら、格闘が出来る様になりなさい。今日のところはこれまで。お疲れ様。」
すっと魔法が収まると、私はお辞儀をした。
「ありがとうございました。」
「それと次の作戦が決まりそうよ。海外遠征になるから、準備しておいて。」
「どこへ?」
「ロメニア。かつてルメリア国だった場所よ。パスポート準備しておいて。」
「!」
歴史から消された、かつて大ダンジョンがあった場所。
マザー・リーシャの因果の地。私の体の持ち主、シトリンの故郷であり没した土地。
私達はそこへ向かうことになる。
《現在ロメニアでは、連邦軍の越境攻撃に晒されており……》
ニュースでは、ミサイルが病院に落ちるシーンが何度も流れていた。
何の因果か、現在は紛争地帯だ。
あの時と、全く同じ……。




