029 透明な壁 改稿前
そのジャイロは宇宙の光の山頂にある。
巨大なソレは、闇に暴露されて突然顕れる。
直後、ソレが、実は永劫に回転し続けていた事を思い知らされていく。
ソレはまるで宇宙が生まれた朝に、動き始めた宇宙の心臓のようであり、ソレは生まれた瞬間と、臨終とを繋いだような永遠を示した。
理知・湛は、その、ジャイロのイメージを、彼の頭骸骨に有していた。
それはテレパシーのようなもので、彼が産まれた時にはもう生まれていたのだとも言われている。
一説によると、彼の頭骸骨はまるっきり空洞だ、ということである。
それが本当か定かではないのだが、しかし本当にそうであるのなら、ずいぶんとジャイロの廻りはいいだろうと推測される。
理知・湛はこのところ忙しさを極めていた。
なぜなら、彼の産まれた朝に手渡された天啓を、ようやく開始していたからだ。
すなわち、彼がその時に見たその巨大な光のイメージを、探し出す、ということだった。
彼は産まれて彼らの時間でいう20年を経ていた。実のところそれまであの天啓を信じていなかったし、それどころか忘れていた。
彼は、無為に過ごしていた。
食うに困る事だけはなかった。
鮮やかに多彩で美しい光の色彩の清流が流れていたからであった。
そして幸運なことに、彼の家族以外、そこを占領するものはいなかった。
彼が大人になった頃、両親は死に、兄弟はみな、宇宙へと去って行った。
彼ひとり、ついには永遠の無為を手に入れたのだった。
そこへヤツが…
ヤツは正確にはより強大なヤツの使いであったが。
ヤツをまるでミニチュアにしたような、大きさ以外はそっくりなヤツだった。
それも、出会い頭にあって、理知・湛と背丈が変わらなかったために、ヤツをまさか、縮小サイズであるなどとは認識する筈がなかった。
「わたしは使いです、ほんものは百倍にもなる…」
そう言われた所で、それを具体的にイメージすることはなかった。
とてもじゃないが信じることは出来なかったのである。
しかし、まるで探偵のように、理知・湛はそのヤツの使いにより、特命を受けて、動き出さねばならなくなった。
使いが述べるには、理知・湛の棲家の、真裏に、それは精神作用が可能にする移動手段であるが、その裏側にヤツの本体がいるという。
理知・湛は、面倒な気持ちを抱えながらも、それが第二の天啓であると信じ、了承した。
それからというもの、その、精神作用とやらの習得に向け、鍛練を始めなければならなかった。
使いが言うには、精神作用の初心者であれば到達できる距離にそこはあるのだという。
真裏に隣接する異世界。
鍛練は続く。
不意に訪れてすっと向こう側へといなくなる使いが、不気味でならなかった。
このまま修行を続ければああなるのかと内心恐れを抱いたし、しかしなかなか到達できないことへのやきもきした気持ちも抱えなければならなかった。
ブレークポイントが不意に訪れた。
ある時痺れを切らしたか、使いがヒントを出してきたのである。
「壁の向こう側には…大きな壁があります…」
それは如何にもな禅問答である。
端から理知・湛は、それに意味がないと突き離した。
…しかし、もう、頼る術はそれしかなかった。
無意味さに…強引にでも意味を見出さなければ、進むことは出来ない……
修行もすっかり日常風景として板についた日常。
再び無為に返る、という生き道も、別段魅力のないことではなかった。
しかし、やはり何かがあるのだとするならば、理知・湛は、せっかく受けたその第二の天啓を逃すわけにはいかないだろうと、決断するばかりであった。
「壁の向こう側には…大きな壁があります…」
その言葉が今や彼への起点となってぐるぐると幻想のような毎日が通過していった。
そして、ある日、ついに。
壁。
理知・湛にとってもはや壁はひとつだった。
つまり、越えたくても越えられないその、精神作用への壁。
その、透明な巨大な壁は、目の前に広がるばかりだった。
「向こう側…」
それはいうまでもなく、精神作用よりの向こう側に広がる世界のことだろう。
そして…大きな壁……
「!」
閃いた瞬間に、使いが立っていた。
それは使いのようであり、大きな壁でもあった…
…理知・湛が目にしたものはつまり……
「ようやく到達したのだな」
閉じられた瞼の奥の眼は恐らく赤く光っていたのだろう。
理知・湛がその眩さに目を閉じてみても、その赤い残像はまったく消えなかった。
巨大な壁であるヤツの、恐らく心臓の部分に、正方形の裂け目が見えている。
そこはきっと引き戸になっていて、あの…理知・湛の第一の天啓で確認した山頂にあるジャイロを、ここへと収めること、それがこれからの、自分にとっての任務であるのだな……
「ううむ…」
綴じられたヤツの赤い眼は、おおらかに頷いていた……




