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 連れていかれたのは、駅から少し離れた喫茶店だった。伊藤翼はコーヒーを頼み、僕は同じ物をとだけ伝えた。


「まず、君に一つ聞きたい。願いはあるかい」


「願いですか」


「十二の聖武器を集めれば、願いが叶う。それはもう聞いているだろう」


 僕は曖昧に頷いた。


「願いなんて、ありません」


「つまらない答えだ」


 伊藤翼は店員が持ってきたカップを受け取ると、一息で流し込んだ。


「私はね、刺激が欲しいんだ。強い相手と戦い、勝つ。その瞬間だけが、私を満たしてくれる。願いなど、正直どうでもいい」


 レジェンドと呼ばれる人間は、僕のような凡夫と思考回路が違っているようだ。

 僕はコーヒーを飲んだ。味がしなかった。


「それで、僕に何を」


「やらないか」


「お断りします」


 即答した。伊藤翼はまた笑った。


「いい返事だ。では場所を変えよう」


「言葉通じてない!?」


 この時点で走って逃げるべきだった。


 喫茶店を出たあと、彼は僕の肩に手を置いたまま、人込みの流れを巧みに使い、逃げ道を塞いでいた。大声を出せば騒ぎになり、混乱に乗じて逃げられるかも知れない。


 しかし、通報され警官が駆けつけた時、捕まるのはおそらく僕の方であった。僕は露出狂として指名手配されている自信がある。まずお縄につくのは間違いない。


 そうして抵抗らしい抵抗もできないまま、彼に連れていかれたのは、駅裏の細い路地だった。


 昼間だというのに薄暗く、人通りがほとんどない。落書きのある壁と、錆びた室外機が僕のものを小さくさせた。勿論息子のことである。


「安心してくれ。命までは取らない」


「でも僕の息子を狙っているんですよね」


 僕は後ずさりながら、相棒に力を込めた。必死に白雪のことを考える。恐怖より強い感情が必要だった。


「エクスカリバーさん!」


 無事、白銀の剣が現れた。僕の右手に重みが宿る。


「我が主よ、相手が悪い。逃げるぞ」


「防御は任せたよ」


 僕は反転して、走った。


 走りながら後ろを振り返る。伊藤翼は追ってこなかった。代わりに、乾いた音が路地に響いた。


 銃声だ。


 右足のすぐ横のアスファルトが弾けた。破片が頬をかすめ、僕は悲鳴を上げて転がった。


 ゆっくり迫ってくる伊藤翼の手には、拳銃が握られていた。黒く、大きく、妙に艶めかしい形だった。


「これが私の聖武器、ビッグマグナムだよ」


「すごくエッチい形ですね」


「よく言われるよ」


 伊藤翼は銃口をこちらへ向けた。


 僕は慌てて室外機の陰へ転がり込む。遮蔽物に隠れればどうにかなると思ったからだった。


 次の瞬間、二度目の銃声がした。


「わあ!」


 弾は、曲がってきた。


 あり得ない角度であった。こちらから伊藤翼の姿は見えない。しかし弾丸は、室外機を回り込み、僕の顔の横を掠めていった。


「隠れても無駄だ。ビッグマグナムの弾丸は、私が狙った場所へ必ず届く」


「なにそれずるい!」


 一発目は足元。二発目は室外機を回り込み、顔の横。


 狙った場所へ必ず届くのであれば、彼は外しているのではない。わざと外しているのだ。


 命を取らないと言った言葉に嘘はないのだろう。だが、それ以外の大事なものを容赦なく奪い取る。これはそういう戦いなのだ。


 僕は必死に弾数を数えた。映画で見た回転式拳銃なら上限は六発。彼の聖武器も同じ型なら、弾数に限りがある可能性は高い。


「エクスカリバーさん、ビッグマグナムの弾数は六発で間違いないかな」


「そうだ。だが、数えたところで避けられるものではないぞ」


 三発目。


 今度は僕ではなく、エクスカリバーさんを狙ってきた。弾丸が鞘に当たり、手首から肩まで痺れが走る。僕は声にならない声を上げた。


 四発目。


 弾丸が、僕の太腿を捉えた。弾が太腿の外側を浅く裂き、熱い痛みが走った。


 膝から力が抜けそうになる。しかし、急所ではない。僕はまだ動ける。


「あと二発耐えれば」


 言った瞬間、エクスカリバーさんの声が重なった。


「我が主、すまぬ。もう維持できぬ」


「待って!」


 抗議する間もなく、右手の重みが唐突に消えた。エクスカリバーさんは、すっかり僕の下半身の鞘へ戻ってしまったのだ。


 無理もなかった。戦地で息子を維持できるほど、僕の心と息子は強くない。


 伊藤翼が近づいてきた。一歩ごとに、路地の空気が冷えていくようだった。


「維持ができなくなったようだね。それじゃあ、もとに戻った君の下半身から、プレートを取ろうかな。大丈夫、死にはしないよ」


「許してください、何でもしますから」


「ん? 今何でもするって言ったよね?」


 彼の手が僕の下半身に伸びてくる。グッバイ、息子。


 僕は目をつぶった。後悔はある。未使用のまま終わるのはあまりに悲しい。せめて、男として白雪に、最後にもう一度会いたかった。


「なんや、えらい警戒心の高いやっちゃ」


 聞き慣れない声がした。


 恐る恐る目を開けると伊藤翼が伸ばしていた手を、引っ込めるところだった。

そして路地の入口に、一人の男が立っていた。


 背が高く、手足はひょろりと長い。軽薄そうな笑みを浮かべ、細い目つきでこちらを見ている。くせのある茶髪を適当に流し、くたびれたパーカーに細身のズボン。


 その男の手に握られているものは、ただの古びた棒であった。


 ただ、棒と呼ぶにはあまりにも長かった。男の手元から伸びたそれは、伊藤翼と僕の間へ割って入っていた。


「……烏丸(からすま)銀次(ぎんじ)か」


 伊藤翼の声から、余裕が消えた。


「久しぶりやな、翼。相変わらず弱いもんいじめが趣味なんか」


「彼も聖武器持ちだ。弱いかどうかは関係ない」


「せやけど、昨日今日目覚めたばっかの新人相手に、弾を四発も使うんは、大人げないんとちゃうんか」


 銀次と呼ばれた男は、僕をちらりと見た。


「走れるか、兄ちゃん」


「なんとか」


 傷は浅かった。足には、まだ逃げ出すだけの力が残っていた。


「翼、あと二発や」


「戦闘を最初から見ていたのか。中々性格が悪い」


「戦闘中毒のあんたが弾を無駄遣いするんは、分かってたからな。それは一日六発が上限や。せやからこそ、減るまで待つんは当たり前やで」


 伊藤翼の銃口が、銀次へ向いた。


 あと二発。銃弾が、まだ残っている。

 緊張が走った。息子は前日比十倍規模で縮こまった。


「撃ってもええ。ただし、次に詰めるんは、わいや」


「君一人で私に勝つつもりかい」


「どうやろうな」


 沈黙が落ちた。

 伊藤翼は銃口を向けたまま、やがて小さく笑った。


「今日はここまでにしよう」


「助かるわ。ほな逃げるで」


 銀次は棒を縮めるなり、路地の奥へ駆け込んできた。

 そして、僕の襟首を掴み、荷物のように引きずり出した。


「もっと優しくして!」


 伊藤翼は追ってこなかった。ただ楽しそうにこちらを見送っていた。


「また会おう、新たな同士よ。次はもう少し、君のダイヤモンドを輝かせてくれ」


「二度と会いたくないです! あなたの作品も、もうたまにしか見ません!」


 僕の叫びは、路地裏に吸い込まれていった。


 それからしばらくの間、僕は銀次に、半ば引きずられるように走らされた。

 駅から離れた高架下まで来たところで、ようやくその手が離れる。


 僕は地面に座り込み、一息ついた。足は痛いが傷は浅い。股間は無事だが、精神がすり減っていた。一回抜いたところでは、全回復はしないだろう。


「それで、どうして助けてくれたの」


 息を整えながら問いかけると、銀次は肩をすくめた。


「あー君な。SNSなんかでやり取りしたら、筒抜けやで」


「筒抜けってなにが?」


「若い子はリテラシーが低いなぁ。皆が見れる場所で、あんな怪しいコメントに返事して、待ち合わせ場所まで決めて、そら見つけてください言うてるようなもんやで。心配して、京都から飛んできてしもたわ」


「京都から、わざわざ来てくれたんだ」


「家族代々警察官でな。困っとる人間は放っておくな、悪い奴は見逃すな、露出狂は捕まえろ、いうて育てられたんや」


「そうだったんだね。本当に助かったよ。ありがとうございました」


 露出狂うんぬんは聞かなかったことにして、僕は素直に感謝した。


「せや、自己紹介がまだやったな。わいは烏丸銀次。見ての通り、聖武器持ちや。聖武器は如意棒くん。伸びるんが取り柄の、かわいい相棒やで」


「かわいさなら僕の息子は負けていないよ」


「いや、わいのがかわいいわ。みてみいこのチャーミングな形を」


 しばらくの間、互いの息子を自慢し合って、一段落したあと、銀次は伊藤翼の危険性、聖武器持ち同士の戦いについて、簡単に説明してくれた。

 京都から出てきたばかりで宿がないことも、ついでのように語っていた。


 息子の恩人であるから当然無下にはできない。それに悪い人間には見えなかったので、二つ返事で受け入れた。


 そして現在、彼は我が麗しの城、下宿先であるコーポ涼宮に上がり込んでいた。

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