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あくる日、春休みの大学生とは思えないほど健康的な時間に起床した僕は、便器に座りながら物思いにふけった。
昨日の出来事が、夢だったのではと考え至ったが、視線を落とした先にいたプレート付きの愛息が、頭を横に振っていた。
大きなため息をつき、考えても仕方ないと開き直って、そのままトイレに立てこもった状態で日課であるSNSの確認を行う。
そこで昨日SNSに上げた息子の写真に対して、いくつかコメントが付いていることに気がついた。
『聖なる武器について、知りたければ連絡を』
大半は我が息子を誹謗中傷する言葉だったが、その中に聖武器の関係者だと臭わせるようなものがあり、目を奪われる。
一考した末ひとまずエクスカリバーさんを召喚し、相談してみることにした。
僕は報連相ができるタイプの、トイレでは服を着ないタイプの紳士なのだ。当然今も全裸である。
「我が主よ、おはよう。そしてなぜこんな寒いのに全裸なのか」
「おはようエクスカリバーさん。全裸なのはセンシティブな理由なので触れないで。そんなことより、ちょっと相談したいことがあって」
「そ、そうか。それで相談とはなんだ」
かくかくしかじか伝え、意見を仰ぐ。
「なるほど理解した。我としては、危険なので会わないほうがよいと思うぞ」
「そうだよね。相手が誰だかわからないし、僕の聖武器を狙っているかもしれないし」
「だがこれはチャンスだと考えることもできるぞ」
「どうして?」
エクスカリバーさんが掌を返したので、訳を聞いてみる。
「相手を返り討ちにすればプレートが最低一つ手に入るし、会う約束だけして接触せず、遠くから相手の顔を確認するだけであれば、幾分有利にことを運べる」
この息子はとても賢明だ。親としては鼻と股間が高々だった。
「そうだね、敵の顔を一方的に知れるのは大きいね。そうだ、念のため白雪ちゃんたちにも連絡しておこうかな」
「それはだめだ」
昨日知った白雪の連絡先に、喜々として電話しようとする僕を、エクスカリバーさんは押し止めた。
「別に白雪ちゃんと話したいから電話するわけじゃないやい!」
「ちがうちがう。だから連絡してはいけないと、言っているわけではない」
顔を赤くする僕をどうどうと宥める息子の化身。これではどちらが息子か分からない。
「じゃあどうして、なんで連絡してはいけないのさ」
口を尖らした僕に、エクスカリバーさんは厳しい表情をした。
「白雪とアームストロングは信用できないからだ」
「信用できない?」
「そうだ。確証はないが、奴らは何かを隠している気がする。こと聖戦において隠し事をしている相手は、とても危険だ」
過去の戦いで色々あったのだろう。エクスカリバーさんは虚空を見つめて、悲しそうに言った。
息子にそんな顔をされてしまったら、僕としては引き下がらざるを得なかった。毎日息子を撫で回すほどには、僕は子煩悩でもあるのだ。
「わかったわかったよ。エクスカリバーさんが思うのなら、その思い汲んであげるよ」
「ありがとう、我が主よ」
「べ、別にあんたのためじゃないんだからね!」
照れ隠しの売り言葉に、彼は笑い声を返した。
結局のところ半日ほどトイレで考え、コメントをしたまだ見ぬ相手と、翌日会う約束を取り付けた。
有名な待ち合わせ場所を指定し、相手にはわかりやすい目印を持ってもらう。これで僕からは相手を確認できるし、相手からは人込みに紛れている僕の影すらつかめない。完璧な作戦である。
そして訪れた当日、待ち合わせ場所に指定した忠犬像付近で、僕は張り込みを開始した。何事も形から入りたい僕は、アンパンと牛乳片手に、勿論ノーパンで目を光らせる。
しばらく待っていると、約束していた時間の十分前に相手が現れた。
ところで話は変わるが、世界にはレジェンドと呼ばれている日本人が存在する。
野球の世界、漫画の世界、音楽の世界。あらゆる分野に、伝説と呼ぶに相応しい偉大なる先人がいる。無論、その中にはアダルティな映像業界から名を刻む者たちも含まれていた。
伊藤翼。
齢三十手前にして、すでにレジェンドと呼ばれている男優であった。整いすぎた顔立ち、鍛え抜かれた肉体、そして画面越しにも伝わる圧倒的な余裕。男である僕ですら、彼が映るとつい姿勢を正してしまうほどだった。彼目的に女優になった人がいる話は有名だった。
その伊藤翼が、忠犬像前に立っていた。
目印として指定した赤いバラを片手に、黒いスーツを隙なく着こなし、雑踏の中、一人照明を浴びているかのように存在している。
親の顔より見た顔だ。見間違うはずがなかった。
情報は得た。早急に撤退である。
君子危うきに近寄らず。ここは顔だけ覚えて、今後の人生ではなるべく彼の出演作を見ないようにすればいい。
忠犬像を背に、僕はそっと人混みに紛れようとした。
その瞬間、肩に手が置かれた。
「どこへ行くんだい。私はここだよ」
振り向くと、伊藤翼が微笑んでいた。
画面で見るより顔がいい。そして圧が強い。逃げ出したいのに、いつも息子がお世話になっておりますと、一礼したくなる。これがレジェンドの風格か。
「なんのことですか。僕はただの通行人です」
「そうか。なら、その通行人は、どうして私を見た瞬間に逃げようとしたのかな」
「花粉症でございます」
「二月に?」
「その持っています薔薇に弱いのでございます」
伊藤翼は楽しそうに笑った。だが、その目はまったく笑っていなかった。
「君は面白いね。だが、あまり時間をかけるつもりはない。聖武器について知りたいのだろう」
その言葉に、僕は動揺を隠しきれなくなっていた。
間違いなく僕も所有者だと気づかれている。
「立ち話もなんだ。喫茶店にでも入ろうか」
「ここでは、駄目ですか」
「人目が多い。君も困るだろう」
彼の視線が、僕の下半身をなぞった。
服の上から自慢の息子を見透かされたような気がして、思わず両膝を閉じた。僕は今、貝になりたい。




