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 しかし、さすがに昇天はしないものの、不自然に脈打っていたのは心臓だけでなかったことに、ふと気が付いた。

 いつの間にか息子が限界を迎え、覚醒しようと膨張していたのであった。


「聖夜さん、どうかしましたか。やっぱり体調がすぐれないのでしょうか」


 予想外の出来事に僕と息子が固まっていると、白雪が浮かない顔をして近づいてきた。

 いけない。それ以上近づいてはいけない。心の中で叫んだ。


 何がそんなにいけないのか。それこそ股間に張ったテントを白雪に見られ、『小っさ……』と幻滅されるのがとってもいけないのであった。

 僕の覚醒した息子のサイズを例えるならばそう、どんぐりそのものなのである。失望されること想像に容易い。


 そんな差し迫った危機を脱するため、灰色の脳細胞を駆使し瞬時にシナプスを巡らせた僕は、決死の抵抗を試みようとわずかばかり腰を浮かせた。

 こうすることで、僕の弱気な息子を少しでも勝気に見せられると、そう判断したからだった。


 しかし、その瞬間であった。


 テーブルの上に突如として、鞘に収まった剣が出現した。


 驚きつつもよく見ると、長さ太さは違えど、間違いなく今朝自室で見た例の剣である。


「なにこれ、すごく……大きいです……」


 吐息交じりのこの発言は、残念ながら天使白雪のものではなく、僕の呟きであった。

 そう、テーブルの上に出現した剣は、今朝よりも長くも太くもなっていたのだ。長さはざっとリンゴ十個分ぐらいである。


「そ、それってもしかして」


 天使白雪が持っていたお盆を落としそうになり、慌てて持ち直すのが尻目に見えた。

 僕は早まる鼓動を抑え、心配させまいと笑顔を取り繕う。


「じゃじゃーん! ここここれはそう、最近マジックを嗜んでいて、白雪ちゃんを驚かせるために出した魔法の剣だよ!」


 苦しい言い訳を絞りだして、慌てて剣を掴みテーブルの下へと隠した。


「そ、そうだったのですね。びっくりしちゃいました。あ、ちょっと用事を思い出したので厨房に行ってきますね」


 どこかぎこちない天使白雪は、そのまま逃げるように去って行った。


 少し不自然な態度が気にはなった。だが今は手元にある剣のことで手一杯である。離れてくれるのはありがたい。


 彼女の小さな背中を見送ったあと、僕は握った剣へと視線を落とした。


 これは何か。いや、もう答えは分かっていた。

 これはナニだ。


 確認するため、ズボンの上から本来息子があるべき急所に触れてみる。やはり、今朝同様息子は消え失せていた。


 次は握った剣の触感を慎重に、割れ物や腫れ物を扱うように確かめる。

 無機物のように見えた剣からは、産声をあげた時から共に歩んできた股間の棒、もとい相棒の鼓動を感じた。


 間違いない。姿形は違えどこの剣は、まさしく我が息子であった。

 どうやら僕のどら息子は、剣になれるようである。


「我が主は、あの子のことが好きなのか」


 唐突にくぐもった男の声がした。

 周辺を見回したが、お客は自分の他に一人もいない。では一体どこから、誰の声が聞こえたのか。


「あの子はやめておいたほうがいい」


 次は注意して声がした方向を確かめた。どうやら声は、僕の座っている席の、テーブルの下からしたようだった。


 無論、テーブルの下に人はいない。あるのは僕の手に握られた、一振りの剣だけである。

 では、まさか剣が。


「もしかすると、ペニー、君が話しているの?」


 右手の相棒がミギーという名前なのは有名な話だった。では股間の相棒の名前は。まあ、当然ペニーである。

 僕は息子こと剣のペニーに話しかけてみた。


「誰がペニーだ!」


 怒鳴られてしまった。

 しかし返事をしたことから、剣であるペニー(仮)が話しているのは疑いようがなかった。


「じゃあ、君の名は」


 テーブルの上に恐る恐る剣を置きなおし、それに目を合わせながら問いかける。

 白銀の鞘に収まった剣は一度煌めいてのち、はっきりと答えた。


「我が名はエクスカリバー。主の股間から生まれた最強の聖剣である」


 西洋の騎士が持つような、美しい鞘に収まった剣。どうやら彼は、性剣らしい。


「それで我が主よ、あの子に恋心を抱いているのだろう」


「な、なぜそれを……」


「我は主の一部であるぞ。心情などお見通しである。それであの子を好いているのか、主の口から直接聞きたい」


 偉そうな話し方だが、どこか憎めない口調の剣は、鞘を光らせながら問いかけた。


「はい、白雪ちゃんを愛しています。彼女のことを考えると胸とか股間が張り裂けそうで……」


「そうだろう、そうだろう。だがな、あの子だけはやめておいたほうがいいぞ」


「なぜですか!」


「なぜなら冬野白雪、あれは……」


「……いやいや! それよりも君は何者なの!」


 ふと、すっかりエクスカリバーに話の主導権を握られていることに気づき、僕は話を遮った。もっと聞かなくてはならないことが、山のようにあるのだ。


「先も言ったであろう。エクスカリバーであるぞ」


「そうじゃなくて、どうして僕の息子がエクスカリバーになれるの! 君は一体何なの!」


 息子が剣として実体化したなど、聞いたことがない。一体全体僕のナニに何が起こったのか、一刻も早く知りたかった。


「なるほど理解した。なぜ主の息子が剣になったのか、そして剣になる我が何者なのか知りたいのだな」


「そうそれ! なんだ物分かりがいいじゃん」


 エクスカリバーは少し考える素振りを見せたあと、ゆっくりと口を開いた。


「我は聖武器。選ばれたものの股間に宿る聖剣である」


 聖武器よりも、どちらかといえば性武器のような気もするが、また怒鳴られそうなので突っ込まないでおく。


「僕の股間に宿っている……?」


 この正体不明の剣は、自分のことを聖武器などと供述しているが、聖なる剣が息子に宿るなど片腹痛い。言うに事欠いてありえないだろう。


「何やらごちゃごちゃ考えているようだが、我は正真正銘の聖武器であるし、主が我のことを性剣とか性武器とか呼んでいることも聞こえているからな。言葉に気をつけよ」


 心の声に対して釘を刺された。聖剣ペニーは間違いなく心を読んでいる。


「ちなみに次ペニーって呼んだら家出するからな」


 まだ未使用の、それも一人息子を失うわけにはいかなかった。

 僕は差し当たり彼が聖武器かつ我が息子だと認知し、エクスカリバーさんと敬い呼ぶことに決めた。


「じゃあ、今朝から息子に付いているプレートは何なの」


 明らかに聖武器と関連していると考えられたので聞いてみる。


「我が宿っている証であり、聖戦に選ばれた刻印でもある」


「なんだか物騒な言葉が出てきたぞ」


 嫌な予感が股間をよぎった。


「聖戦とは、我ら聖武器を巡る争いのことだ。我らは全部で十二本。それぞれの持ち主に、一枚ずつプレートが宿っている」


 僕の息子に付いたプレートは、どうやらあまりよくないもののようだった。


「そして十二枚のプレートを集めた者は、どんな願いでも一つ叶えることができる」


「なんと!」


 前言撤回する。良性のもののようだ。悪くない。


「勿論聖武器を巡って水面下で戦いが起こっている。したがって、我が主は聖武器の力が宿った息子に付きしプレートを、否応にも守らなくてはならない」


 プレートは簡単に剥がれない。つまるところプレートの奪い合いとは、息子の奪い合いといっても過言ではない。


「我が主にどうしても叶えたい願いがあるのならば、プレートを集めるため、戦いに身を投じるのもよい。我は主の一部である。力を貸すのは、やぶさかではない」


 他人の息子を千切ってまで叶えたい願いは、特に思いつかない。何より玉や竿の奪い合いなど、絶対にしたくはなかった。

 僕は平和主義かつノーパン主義の慈悲深き紳士なのだ。


「僕は、そうだね。戦うのは物騒だし、今まで通り一般人として大人しく過ごそうかな」


「我が主が望むのであれば、それに従おう」


「脱がなければ息子にプレートが付いていることなんて気づかれないし、戦いに巻き込まれることなんてないでしょう」


 大して心配することもなく、他人事だと思い楽観視した僕と違って、エクスカリバーさんの顔は少し曇ったように見えた。顔というよりは鞘であるが。


「それが我が主よ。すでに一人、聖武器を持っているものと接触し、おそらく正体を悟られているぞ」


「えー! どこのどいつでなぜばれた!」


 プレートのついた愛しのペニーは、SNS以外ではまだ未公開のはずである。親すら知らない秘部である。

 特定された理由について、一切合切思い至らなかった。


「我が主よ。息子に付きしプレートは誰しも見ることこそできるが、聖武器は聖武器の持ち主や関係者しか認知できぬ。つまりそういうことだ」


 僕の息子のくせに、親よりも察しがいい。悔しいが、お手上げなので答えを教えてもらうことにする。


「だめだ、わからない。ペニ、エクスカリバーさん答え教えて」


「我が主、今ペニスカリバーって言いかけなかったか」


「い、言いかけていません! 聞き間違いです! 卑猥です! セクハラです!」


 危うく失言するところだったが、何とか誤魔化し冷静を装う。


「ふん、まあいい。では問に答えよう。その聖武器を持っている人間とは……」


 ペニスカリバーさんが答えを言おうとしたのと、そばにあった窓ガラスが割れたのとは、同時だった。


 自分に破片が降り注ぐのを、とっさに剣で防ぐ。そして窓ガラスを割り、店内に侵入した黒ずくめの男に目をやった。


 彼の右手には、怪しく煌めいている抜き身の日本刀が、握られていた。

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