12
「それで今日も泊るの?」
「もちろんです!」
銀次が泊ることは分かっていた。が、白雪まで我が家に入り浸るようになったのはなぜだろうか。
「今日もお料理しますので、お二人はくつろいで待っていてくださいね」
白雪は持ち込んだ買い物袋をキッチンへいそいそ運んで行った。
昨日起こった惨劇を思い出した。銀次も同じことを考えたのであろう。視線がかち合った。
「聖夜、止めるなら今しかないで」
「でも、白雪ちゃんはあんなに張り切っているし……」
「あかん、惨劇は二度と起こしたらあかん。わいは行くで」
白雪を追いかけるように台所に向かった銀次を見送ったあと、手持ち無沙汰になった僕はテレビを見ていた。
昨日の睡眠不足が祟ったのか、いつの間にか眠りこけてしまった。
目を覚ますころには、すっかり日も暮れ窓の外は暗闇に覆われていた。
起きていた時についていたテレビは消えており、部屋の照明までも消えている。
疑問に思っていると、キッチンの方からうめき声が聞こえた。
どうやらそちらは電気が付いていて、人がいる気配もした。白雪と銀次は、はたしてそこにいるのだろうか。
確かめるためキッチンへと続く扉に手をかけたとき、警鐘が聞こえた気がした。
扉を開けてしまったら、後戻りすることができない。そう直感的に理解する。
一度躊躇したのち、腹をくくり、扉を開け放った。
まず目に入ったのは、倒れている銀次だった。
「聖夜……無事、やったか……」
僕に気づき、銀次が言葉を絞り出した。駆け寄り、虫の息の彼を起こす。
「大丈夫!? なにがあったの!?」
わなわなと震える銀次の指先、口からは一筋のしたたる血。内臓がやられたのだろうか、あふれ出る吐血は止まりそうになかった。
「お、お嬢が……」
それだけを言い残して、彼は力尽きた。
どうしたというのか。白雪に一体なにがあったというのか。あまりにもわからないことが多すぎた。
手がかりを求め、故・銀次が今際の際に力を振り絞って指さした方へと、目を移す。
僕は言葉を失った。
目の前に広がっていたのが、地獄絵図だったからに、他ならなかった。
台所にある見慣れたはずの炊飯器は、青光を放ちながら泡を吹き、祖母からもらった鍋は灼熱の炎と黒煙を上げ叫んでいた。母が買ってくれたフライパンは、木っ端みじんに飛び散って、備え付けの電子レンジはこの世のものとは思えない、無残な姿を晒していた。
そう、地獄は現世にあったのだ。
その中心で何やら奇っ怪にうごめいている白雪が僕に気づいたようで、振り返って天使の微笑を浮かべた。
「起きたのですね、おはようございます聖夜さん。もうすぐ晩御飯ができるので待っていてくださいね。そうそう、ちょっと自信がなかったので銀次さんに味見してもらったところ、これはあかん死ぬでって言っていました。きっと、死ぬほど美味しいってことなのでしょうね! 昨日のリベンジです! 楽しみにしていてください!」
地獄にいる天使は、はたして天使なのだろうか。否、それは堕天使、つまり魔王である。
地獄の中心で魔王白雪がかき混ぜている物体に目をやった。それはまるで悪意を寄り集め固めた、汚物のようなものだった。
無言で白雪に近づき、それを取り上げた。疑問符を浮かべる白雪に有無を言わさず、汚物を冷凍庫に突っ込む。そしてすぐに冷凍庫を溶接し封印した。
以降、この冷凍庫はパンドラの箱と呼ばれた。
ある程度片付けるに二時間ほど時間を要した。それでも完全には掃除できなかったのは、あまりにも破壊的な魔王の所業故だった。
「ほんとうにごめんなさい……」
「大丈夫だよ。心配しないで」
ひどく落ち込んでいる白雪が片付けながら謝り続けていた。
「聖夜は甘いで。あらゆる電化製品が破壊尽くされてるんや、ただでさえ寒いのに懐まで寒くなるわアホ! それにあやうく死にかけたわドアホ!」
「うぅ、勿論弁償します……。ごめんなさい……」
肩を落とす白雪を苦笑しながら慰める。
途中、白雪が「後は任せて銭湯でも行ってきてください」としきりに勧めるので、僕と銀次は近所にある銭湯へ向かった。
すっかり湯冷めし家に戻るころには、綺麗に片付け終わっていたのがどうにも不思議だった。
壊れていた家電は新品で、なんなら前のものより良くなっている。
短時間でこのような奇跡を起こすことができる白雪は、天使か悪魔か、はたまた魔法使いなのか。
ふと、魔法使いのコスプレをした白雪を想像してみた。
「我が主よ、呼んだか!」
いつもよりも元気いっぱいなエクスカリバーさんが現れた。僕は新たな扉を開けてしまったようだった。
扉を開けてしまったら後戻りすることはできない、その予感は当たっていた。
後日コスプレ系のアダルティな動画を買いあさったため、懐が寒くなったのは、言うまでもない。




