9話 創理流魔法論理
中央広場を後にすると、レオルドは校舎へ向かって歩き出した。
廊下を進み、やがて1つの部屋の前で足を止める。
見るからに教室なのだが、中には誰もいなかった。
「ここだ」
扉を開けると、簡素な机と椅子が1つずつ置かれているだけ。
「……誰もいないんですね」
「ああ。私が個別に授業を行うからな」
そう言って、教室に足を踏み入れた。
そうだったー!本格的な魔学院生活の幕開けに胸を躍らせていたけど、レオルド教官とのマンツーマン指導なんだ!
イケメン転校生が来ると教室の人気者になる。みたいなお約束をイメージしていたのに……。
まあ、仕方ないんだけどね。俺の魔力が多いから危険なわけだし。
そう自分に言い聞かせながら、教室の椅子に腰を掛ける。
少しだけ寂しい気もするけど……。これはこれでいいのかもしれない。
そんなことを考えていると、目の前に布の塊が現れた。
「これを渡しておく」
差し出されたのは、濃紺の美しいローブ。
見慣れない紋章が刺繡されている。
「魔学院の生徒に支給されるローブだ。本来なら入学のタイミングで渡されるはずだったが……お前は事情が事情だからな」
「そうですねえ……」
言われてみれば、学院生はみんなローブを羽織っていたかも。
俺はローブを受け取った。
思ったよりもしっかりした生地で、手触りが良い。
「学院内ではそれを着用しろ。魔力を扱う際の補助機能も織り込まれている」
「え、そんな機能まで?」
「学院の備品だからな」
魔法とはそんなことまで可能なのか。逆に魔法に出来ないことなんて無いんじゃないか?
取り敢えず、渡されたローブに腕を通した。
布が肩に落ち着いたことを確認し、魔力操作を行う。ほんのわずかだが、魔力の流れがスムーズになっている気がした。
「それでは、授業を始める」
「お願いします」
レオルドは立ったまま、静かにこちらを見た。
「まずは、今朝の訓練の振り返りからだ」
「振り返り、ですか?」
「お前は石を生成することに成功した」
その通り。俺は魔力に意味を持たせ、魔法を使うことが出来た。所詮ただの石ころでしかなかったのだが……。
「そこでお前に問う。魔法を使うことを目標にした時、何故土魔法だったんだ?
その時何を考えていた?」
「レイグ先輩に勝ちたい。そう思いました」
「その思いが、土魔法に至った理由を説明出来るか?」
勿論見当はついている。それはセリスとの作戦会議まで遡る……。
「レイグは兎に角速いの。雷魔法と強化魔法を融合させることが出来る」
「そんなの俺にどうしろっていうんだよ!?」
「落ち着いて、それだけ聞いたら勝ち目の無いように感じるよね。けど、レイグには明確な弱点があるの」
どうもここ最近のセリスは、俺をからかっている気がする。なんだかんだ言って、最後には正しいことを教えてくれるので悪くはないのだが。
「その弱点って……?」
「それはね……
小回りが利かないんだよ。大体、決め手となる最後の一撃は、一直線の素速い突き技なの」
「それが弱点?」
「そうだよ」
小回りが利かないから何だと言うのだろう。戦闘経験の無い俺にとって、魔法や剣を使い戦うことは、雷を掴みに行くようなものに等しいのだ。
「無理だ……」
「ソーリよく考えて。レイグは速いし、必殺技もある。でもね、それは戦い方が完成してるってことなの」
「完成してたら、俺もその型にハマって終わりじゃん」
「型があるからこそ、その型を潰せばいいんだよ」
言われてみればその通りだ。レイグには形式化した戦い方がある。ならばそれをさせなければ良い、簡単な話。
「でもどうやって?」
「どうするのがいいと思う?」
「教えてくれ」
「それは自分で考えないと。魔法を使うのも、レイグと戦うのもソーリだよ」
ここに来るまでセリスに頼りっきりだったせいで、自分で考えることを忘れていたようだ。
「素速い動きをさせないために、障害物を作る……とか?」
「いいじゃんソーリ! 他には?」
「遠距離で攻撃する」
セリスは、自分で考える大切さを教えてくれた。考えれば考えるほど、イメージが膨らむ。
試行錯誤を重ね、
「レイグの攻撃を防ぐのは土魔法、ソーリは風魔法で仕掛けよう」
「……ということです」
「なるほどな。セリスと共に考えたのか」
「はい。お陰で戦う時の使いたい魔法は決まりました」
「ならば話は早い。もっと具体的に考えろ」
「どういうことですか?」
レオルドは腕を組み、こちらを見下ろしている。雰囲気はあるが今まで感じていた、威圧感のようなものは無かった。
「戦う時、状況は一瞬で変わる。魔法を決めただけでは勝てん。
レイグが突っ込んできたらどうする?」
「土魔法で壁を作ります」
「その後は? 距離を取りながら風魔法で攻撃を仕掛けたいです」
「ほう」
レイグの目は少し細くなった。
「悪くない。だがまだ甘い」
この戦術が甘い?レイグの好きなようには動かせないし、一方的に攻撃をできる算段だ。
「レイグは雷魔法で更に加速し、壁程度なら破ってくる可能性がある」
「……ッ」
確かにそうだ。学院トップの実力者がこれだけで倒せるなんて、考えが甘かった。
「その時お前はどうするんだ?」
頭の中で、セリスと考えた作戦を組み立て直す。
「壁を破られたら……足場を崩します。
セリスから聞きました。『無から有を生み出すより、あるものを利用した方が効率がいい』と」
「ほう?」
「レイグ先輩だとしても、壁を破り視界が開けた瞬間、足元が狂い踏み込みが利かなくなれば隙は生まれると思います。
そこを風魔法で撃つ。」
教室が静かになる。その瞬間――
「ふはははは!」
教室に大きな笑い声が響いた。
普段寡黙なレオルドが歯を見せて笑っていたのだ。
「いいじゃないか、ソーリ!
そうだ、それが”戦い方”だ!」
「え?」
「力任せにぶつかるだけが戦いじゃない。相手の強みを潰し、隙を作る。そうして自分が有利になるよう状況を変えられる奴は強くなる。
だが――」
先ほどとは打って変わった低い声に、空気が引き締まる。
「考えただけで満足するな。戦いでは、その通りに動けるかがすべてだ」
「……はい」
「頭で考えた作戦を、体で再現出来て初めて意味がある」
レオルドはニヤリと笑った。
「その作戦、本当にできるか――試してみろ」
「試す……ってどうやって」
「実技訓練だ。ヴァルグの森に行く」
そう言って、俺は腕を掴まれた。
次の瞬間、そこは教室では無かった。不穏な風を感じる森。
「は?」
「ヴァルグの森だ」
なんとなくそんな気はしていた。しかし、先ほどまで確かに教室にいたのだ。理解が追い付かないのも無理はないだろう。
「驚いたか? これは転移魔法だ」
改めてとんでもない世界に来たことを実感した。
「ヴァルグの森で戦うんですか?」
「そうだ。ただし相手は私では無いがな」
そう言うと、
カリカリカリ……
周囲から気色の悪い音が聞こえてきた。
「早速ソーリの相手のお出ましのようだな」
レオルドの視線の先には、木々の間に白く光る糸が幾重にも張り巡らされている。
その中心にそれはいた。
人の頭ほどもある黒い身体。八本の脚は細長く、不気味に木の幹を掴んでいる。
そして――脚の節々から、青白い火花が弾けていた。
バチバチと音を立て、小さな雷が糸を伝っている。
キモすぎる!以前襲われたアントとはわけが違う。蜘蛛がでかいのはさらにキモイ。
しかも雷が糸に走っているのだ。明らかにヤバイ。全身の産毛が逆立ち、拒絶している。(静電気のせいかもしれないけど……。)
「こいつは、虫型魔物・”雷蜘蛛”だ」
「今からこいつと戦うんですか?」
「いざとなれば私が守る」
そういう趣味は無いのに、レオルドに惚れてしまいそうだ。是非ともこの瞬間から守って頂きたい!
しかし、そんなことは言ってられない、レイグに勝つのだから。
「ソーリ来るぞ、構えろ」
こうして雷蜘蛛との戦いが始まった。




