8話 異世界での朝活
学院寮の一室を借してもらえることになった俺は、ベッドの上で朝を迎えた。
外はまだ少し薄暗く、学院の中は静まり返っている。
昨日の出来事が頭から離れず、よく眠れなかったのだ。
静かな部屋の中で、天井を見上げていると、脳裏には昨日の光景が浮かんだ。
魔水晶に魔力を流したら、すぐに粉々になってしまったこと。
『魔力が多いというのは、それだけで武器になる』というレオルド教官の言葉。
魔法が当たり前の異世界に来て、魔力が多い。そのことが分かった時、正直浮かれていたと思う。
もしかしたら俺は強いのかもしれない。
才能があるのかもしれない。
そんなことを考えてしまう自分がいた。
……やっと初歩の魔力操作が出来るようになっただけなのに。
しかも、扱いを誤れば人を殺してしまうかもしれない。
そんな危険な力だ。
俺は小さく息を吐き、ベッドから身体を起こした。
どうせ眠れないなら、少しでも練習しておこう。
そう思い、軽く身支度を整えて、部屋を出た。
向かったのは、学院の中央広場。
やはり人の気配をほとんど感じない。
自主練をするにはちょうどいい。そう思っていたのだが……。
「感心だな」
ふいに背後から声がした。
振り返ると、そこにはレオルド教官が立っていた。
「レオルド教官……!」
「疲れは取れたか?」
意外な言葉に、思わず目を瞬かせる。
てっきり、「勝手なことをするな」とでも言われると思ったのだが。
「……はい」
「噓だな」
レオルドは、少しだけ目を細めた。
「え?」
「顔に出ている」
セリスにも言われたが、そんなに顔に出やすいのか、俺。
「昨日は色々あったからな、無理もない」
レオルドはそう言うと、こちらを見る。
「自主練か?」
「はい。レイグ先輩に勝ちたいので」
「そうか。なら、私が手伝おう」
「まず聞くが、魔力操作とは何だと思う?」
「え?」
突然の質問に言葉が詰まる。
魔力を動かすこととか?けどそれは安直すぎる気がする。
「……わかりません」
「正直で良い。説明しよう」
レオルドは静かに続ける。
「この学院では、神の加護や、感覚と考えているものが多い。
しかし、私は神を信じていない」
神の存在を信じていないからこそ、言語化できる魔力操作の論理。それは俺にとってかなり助かるものだろう。
「魔力とは力だ。そして力には必ず法則がある」
「その法則だけ覚えれば、あとは簡単だ」
レオルド教官が言っていることは正しい。それはわかる。
「果物を切るナイフは、使い方次第で、武器になる。それは魔法も同じだ」
きっと昨日のことを気にしている俺を、フォローしてくれているのだろう。
その優しさには、セリスに似たものを感じた。
「言葉での説明は終わりだ。今から実践で練習を始める」
そう言うと、地面に手を付けた。
その瞬間、足元に淡く光る紋様が広がっていく。魔法陣だ。
「念のため、結界を張った」
「結界……?」
「お前の魔力が暴発したら、何が起こるかわからないからな」
改めて、自分の力の大きさを思い知らされる。
「この結界なら問題ないだろう。遠慮なくやって構わない」
「ありがとうございます!」
魔法陣の円に沿って、薄い光の壁が立ち上がった。
「では、魔力を体内で循環させろ」
目をつぶり深呼吸する。胸の奥に感じる温かい魔力。それを、身体の隅々までしっかり送る。
「吞み込みが早いな。次にその魔力を指先から放出するんだ」
言われた通り、指先に集中魔力を送る。そのまま体外へ押し出した。
「魔力の放出もできているな。
ステップ2だ。魔力に意味を待たせる。五属性を意識しながら、お前の望むものを具現化するんだ」
望むものを具現化するなんて、あまりピンとこない。
しかし、望むことならある。『レイグに勝利する』こと。それが今の俺の望みだった。
魔力を放出している指先に、親指ほどの大きさの、石が生まれている。
「これは……」
「上出来だ。指先に生み出したその石こそが、”土魔法”だ」
この小さな石が魔法?魔力が多いというから、もう少し派手な魔法をイメージしてたんだけど。
「思っていたものと違う、という顔だな」
レオルドが小さく笑う。
「魔法とは、いきなり大きなものを生み出す技術ではない。もちろん規模も大切だ。だが、最も重要なのは制御することだ」
指先の石が、ぽとりと落ちた。
この石が俺の魔法によるもの。さっきまでただの力だった魔力が、形を持った。
「これが魔法……」
「そうだ」
「そしてもう1つ言っておく。個人差はあるが、初めてでそこまで出来る者は少ない」
「……え?」
「魔法の基礎を、この短時間でやってのけた。当たり前のように思うかもしれないが、すごいことだ」
面と向かって褒められるのは、何だか恥ずかしかった。
レオルドの言い方からして、レイグに勝つための授業は、予定より順調に進んでいるのだろう。
「次は制御を安定させる。それは授業で行おう。そろそろほかの生徒がやってくる時間だ」
レオルドが軽く手を払うと、周囲を囲っていた光の壁が消え、足元の魔法陣も消滅した。
「ありがとうございました」
深く頭を下げる。
辺りは、さっきまでの静けさとは違い、遠くから人の話し声が聞こえてくる。陽の光も差し込んでいた。
学院の一日は、始まりつつある。
「行くぞ、ソーリ」
「はい!」
レオルド教官が歩き出す。
俺もその後ろを追った。
今日から魔法の応用を学び始める。
アルセナ魔学院での生活が、いよいよ本格的に始まるんだ。
今回は、物語の区切りの兼ね合いで、普段より短めです。
ご了承ください。




