6話 魔学院生活①
魔学院の中は、アルディアの街中とは違った賑わいがあり、そこは活気と同時に緊張感が満ちている。
廊下を歩く者は、The魔学院の生徒といった風貌で、ローブを纏い、分厚い書物を持っている。
どこかから聞こえる、激しい音からは、緊張を感じた。
そのどれもが、この場所が”学びの場”であると同時に、”力を扱う場所”であることを物語っていた。
「なんか……思ってたよりピリピリしてるな」
「そう?私はいつもこんな感じだから、あんまり気にしたことなかったけど」
セリスはそう言って、特に気にした様子もなく歩みを続ける。
その背中を追いかけながら、周囲に視線を巡らせた。
すれ違う生徒の中には、こちらを一瞥してくる者もいる。
それが単なる好奇心なのか、それとも――
(セリスを見ているのか?)
理由まではわからないが、居心地が悪い。
「こっちだよ」
セリスが足を止め、1つの扉の前に立った。
他と変わらないようでいて、どこか重みを感じさせる扉。
「ここにお父さんがいるの?」
「うん。今はちょうど空いてるはず」
そう言って、”教官室”と書かれた扉をノックする。
――コンコン
「入りなさい」
低く、落ち着いた声。
その一言だけで、空気がわずかに張り詰める。
えー。怖いんですけど。セリスのお父さんの声だよな?
セリスが扉を開け、中へ入る。
少し遅れて、俺もその後に続いた。
先ほどまで感じていた学院のざわめきが、噓のように遠のく。
そこにいたのは、一人の男だった。
整えられた短いダークグレーの髪。
感情が読めない、ダークブルーの瞳に、切れ長の双眸。
纏っているのはシンプルなローブだが、その佇まいだけで、只者ではない気がする。
そして――
何もしていないのに、空気がぴりついてる気がする。
「お父さん、連れてきたよ」
「ああ」
短い返事。それだけで場が引き締まる。
「私は、レオルド・アルヴェリアだ。ここ、アルセナ魔学院の教官であり、セリスの父でもある」
「名前は」
「……創理です」
「ソーリ、か」
男は小さく繰り返し、数秒こちらを見据えてくる。
「……妙な気配をしているな」
――ん?妙な、なんだって?
「まあいい。まずは君の力を見せてもらおう。属性適性検査でな」
そう言うと、レオルドは机の上に透明な球体を用意した。
「これは……なんですか?」
まさか、こんないかにもな水晶で、調べるとかじゃないよな?
「これは魔水晶だ。ここに魔力を流すと、適性のある属性を調べられる」
まさかだった。なんか胡散臭いんだよな。
「なにか質問でもあるか?」
「あ、魔法の使い方というか、魔力を流すというのも良くわからなくて……」
「そうか、ではセリス、先にやってもらえるか?」
「うん、いいよ」
セリスは軽く頷くと、机の上に置かれた魔水晶に手を添えた。
「えっとね……魔気をしっかり体内に取り込んで、魔力をこう、体の中から”すーっ”て流す感じ」
「すーっ?」
思わず聞き返す。
「うん。ぎゅって力を入れるんじゃなくて、ふわーって外に出すの」
「……なるほど」
全然なるほどじゃない。
こんな説明でどうすれば良いんだよっ!
けれど、セリス本人はいたって真面目に説明してるらしい。
「まあ、見て感じた方が早いかな」
そう言って、セリスは目を閉じる。
次の瞬間――
透明だった世界魔水晶の奥に、淡い光が灯った。
そしてふわりと、部屋の空気が揺れる。
これは、フィリアの森で感じたような……。
創理は部屋に流れる、セリスによって生まれた魔力と風から、フィリアの森に似たものを感じた。
セリスの髪やカーテンがたなびき、魔水晶の中では、淡い緑色の光がゆらゆらと揺れている。
「風属性だな」
レオルドが腕を組んだまま、小さく頷く。
「相変わらず安定している」
セリスは手を離すと、こちらに振り返った。
「こんな感じ」
「……なるほど」
やっぱりよくわからん。
だが、なんとく――
”何か”が起きたことはわかった。
「次は君だ、ソーリ」
レオルドが顎で魔水晶を示す。
「まあ、気負う必要はない。感じたままやればいい」
「……はい」
少し緊張しながらも、魔水晶に手を伸ばした。
ひんやりとした感触が掌に伝わる。
――すーっ、か。なるようになるだろ。きっと。
体内を意識する。
すると、小さく揺れる何かがある気がした。
これが……魔力か?
半信半疑のまま、それを手の先から外へ押し出すように――
流す!
その瞬間、魔水晶は眩しい光を放った。
「……!」
思わず目を細める。
――ん?
何かおかしい。
セリスの時は水晶の中に、淡い緑色の光があった。
けれど、自分はどうだろうか?
体感、セリスより眩しい輝きを放っている。
しかし、色は見つからない。純粋な光。
「……?」
セリスは不思議そうに首を傾げ、レオルドは腕を組んだまま、じっと見つめている。
その表情には、僅かに眉が寄っている。
「妙だな」
ぽつりと呟く。
「妙……ですか?」
「通常、魔水晶は得意とする属性に反応して、色を変える」
ほう……なのに俺は色が変わらないから妙だと。
「風なら緑、水なら青、火なら赤、土なら茶、雷なら黄」
「だがこれは――」
言葉は途中で止まった。
魔水晶の光が、先ほどよりも強くなっていたのだ。
まるで、内側から膨れ上がるように、光が溢れ出している。
「ソーリ」
レオルドの声は少し低くなる。
「魔力を流すのを止めろ」
「え?」
間の抜けた声が出てしまった。
――あれ?魔力はどうやって止めるんだ?
止めろと言われても、どう止めれば良いのかわからない。
その間にも、水晶の光はどんどん強くなっている。
ピシッ
小さな音だが、はっきり聞こえた。
「……!」
セリスが目を見開いている。
魔水晶の表面に、細い亀裂が走っていた。
「おい、離せ!」
レオルドの鋭い声に驚き、手を放そうとした。その時だった。
――パキンッ
甲高い音と共に、魔水晶が砕け散った。
机上には、細かな破片が散乱している。
「……」
室内が一瞬静まり、額に汗が滲んだ。
やっちまったー!
あろうことか、レオルドの指示を聞かず、魔水晶を破壊した。
俺の学院生活、終わったな。
そんなことを思った時だった。
「……ふっ」
レオルドは魔水晶を見つめながら、口元が緩んでいる。
「面白い」
その言葉だけを残し、部屋の中はしばらく妙な沈黙に包まれた。
俺はセリスに連れられて、魔学院の食堂に来ていた。
昼時を過ぎた食堂はそれなりに賑わい、学生の話し声や、食器の触れ合う音があちこちから聞こえてきた。
「いやー……びっくりしたね」
向かいに座ったセリスは苦笑いを浮かべている。
「まさか魔水晶を割るなんて。私、初めて見たよ」
「ああ、やっちまった……」
あの後は取り敢えず、属性適性検査は中止となり、昼時なので、学院内の案内も兼ねて食堂へ来ることになったのだ。
属性適性検査が延期ではなく、中止なのが引っかかる。
「お父さんのこと?」
図星だった。
「……そんなにわかりやすい?」
「うん、すごくね」
俺、顔に出やすいのかな……。
「でもまあ、お父さんがああいう顔をする時はね」
パスタのようなものに、フォークを立てて軽く回しながら続けた。
「大体、面白いものを見つけた時なんだよ」
……それ、安心していいのか?面白いって言っても、魔水晶を破壊してますからね俺。
「怒ってる感じじゃなかったし、大丈夫だと思うよ」
「だといいけどね……」
そう言いながら、口にステーキを運んだ。
「おいお前!」
背後から威圧的な声を感じる。
俺に言ってるのか?
振り向くと、そこには見知らぬ美青年が立っていた。
灰色がかったシルバーの髪に、琥珀色の鋭い瞳。
腰には細身の剣が下げられ、張りつめた気配がある。
「俺に言ってるんですか?」
「ああ、お前だ。俺に付き合えよ」
そう言われ、セリスとのランチタイムは強制終了した。
ようやく『異世界での第一歩!』というところまで書けました。
面白いと思ってもらえるようこれからも書き続けてまいります。




