5話 魔学院に行こう
窓から差し込む光に、ゆっくりと意識が浮かび上がる。
「……ん……」
ぼやけた視界のまま天井を見上げて数秒。
ここがどこなのか、すぐには思い出せなかった。
「……ああ、そうか」
昨日の記憶が、ゆっくりと繋がる。
温かくどこか不思議な森。
アントという虫のような魔物。
そして――
「魔法、か」
17年生きてきて、触れたことのない、非現実的な”魔法”の存在。
「ほんと、意味わかんねぇ世界だな」
結論から言うと、これは異世界”転移”だろう。
俺は死んでないし、転生じゃないはず。たぶん。
けど、死んでいないとなると、あっちの世界ではどうなっているんだろう?
行方不明?神隠し?はたまた時間が止まっていたり?
なんにせよ、
「元の世界に帰らなきゃな……」
ぽつりと呟いたその言葉は、自分に言い聞かせるようだった。
――コンコン
静寂を切り裂く、軽いノックの音が部屋に響く。
「ソーリ、起きてる?」
扉の向こうから聞こえる、優しい声。
あって間もないはずなのに、どこか安心する。
「うん、起きてる」
少しだけ間をおいて答えると、扉がゆっくりと開いた。
「おはよう。よく眠れた?」
「まあね。昨日は色々ありすぎて、ぐっすりだったよ」
「そう、良かった」
優しいその笑顔はやはり何故だか安心させてくれる。
部屋に入ってきたセリスは、もう出かける準備ができているようだった。
「宿はいつ出るの?」
「ソーリの準備が終わったら、行こっか。
外で朝ごはんは食べよ」
そう言われて、少しだけ楽しみになった。
「準備するから待ってて」
セリスが部屋から出た瞬間、身支度を整え、準備を済ませた。
セリスとともに、宿の入り口に向かうと、受付には店主がいた。
「セリス様、そしてソーリ様、もう行かれるのですか?」
「ええ、昨夜は突然押し掛けたのに、ありがとうね」
「滅相もございません。いつでもいらっしゃってください。それでは、お気を付けていってらっしゃいませ」
そう言って、店主は深々と頭を下げた。
こんなにしっかりとした人が、アルヴェリア家を慕っているのだ。きっと昨日聞いたことは何かの勘違いだろう。
「ありがとうございました!」
気持ちを込めた感謝の言葉を伝え、宿を後にした。
扉を開けると、その景色はここが異世界であることを、まざまざと思い知らされる。
まず目に飛び込んできたのは、広く続く綺麗な石畳の道だった。
ガヤガヤとした話し声。
どこからか聞こえてくる呼び込みの声。
鉄と鉄のぶつかるような乾いた音。
ふと、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。
視線を向けると、道の脇には屋台が並び、串に刺さった肉や見たことのない料理が並んでいる。
「……すげぇな」
無意識に言葉が口から出ていた。
いや、マジですごい。こんなのアニメでしか見ないだろ!
そんなことを思っていると、目の前を重々しい音を立てて馬車が通り過ぎた。
振動が足元から伝わってくる。
どこを見ても、聞いても、元の世界の常識とはかけ離れている。
「アルディアでは、いつもこんな感じだよ」
隣でセリスが当たり前のように言う。
「毎日これかよ……」
思わず苦笑する。
この賑わいが日常だなんて、実感湧かねー。
ふと、屋台に目を向けると、見慣れない光景があった。
屋台の一つで、火を使わずに調理が行われている。
台の上に置かれた、赤く淡い光を放つ石。その上では、肉がじゅうじゅうと音を立てていた。
「ねぇ、あれ……火を使ってないよね?」
「ああ、あれは魔石だよ。熱を出すように加工されてるの」
「魔石……」
やっぱり、この世界は”魔法”が前提なんだ。
視線を戻すと、人混みの中にも少し異変を感じた。
耳がわずかに長い者や、やけに身体の大きい者、肌の質が少し変わった者。
(人間……じゃないのか?)
「ソーリどうかした?」
「いや、なんでもない」
ここで聞くのは良くない気がして、言葉を濁す。
「それより、アルセナ魔学院はどのくらいで着くの?」
「もう少しだよ。ほらあそこ」
そう言って、セリスは指をさす。
人の流れの向こう、建物の隙間から、ひときわ大きな建造物が顔を覗かせていた。
周囲の建物とは明らかに違う、圧倒的な存在感。
「……あれか」
思わず足が止まってしまう。
「うん。アルセナ魔学院」
その名を聞いた瞬間、胸の奥が高鳴った。
(ここに行けば何かわかるかも)
この世界のこと。
元の世界への帰り方。
それに――
魔法の使い方。
中二病じゃないけど、せっかくならかっこよく魔法を使いこなしたい。
もう一度言おう。決して中二病ではない。
「行こう、ソーリ」
「ああ」
頷いて、再び歩き出す。
賑やかな街の中を抜け、その先にある答えに繋がる”鍵”を求めて。
賑やかな通りを抜け、魔学院に近づくにつれ、周囲の空気が少しずつ変わっていくのを感じた。
先ほどまでの喧騒も、次第に遠ざかっていく。
「人、減ってきたな」
「この辺りは、魔学院に関係のある人しかあまり来ないから」
そう言われて見渡すと、確かに行き交う人の雰囲気が違う気がする。
ローブを羽織った者、杖や剣を携えた者。
それに、大人がいないわけではないが、比較的若い見た目の人が多い。
そして――
一歩、また一歩と近づくにつれ、その建物の異様さが際立っていく。
高い塔がいくつも天を突き、壁面にもよくわからない、紋様のようなものが刻まれている。
まるで建物そのものに、魔法を宿しているようだ。
「ここが、アルセナ魔学院……」
楽しみなような、不安なような、よくわからない感覚に襲われる。
きっとこの不思議な気持ちは顔に出ていたのだろう。
そっとセリスが肩に手をのせてくる。
「きっと大丈夫だよ、私もいるから」
その言葉に強い安心感を覚え、気づくと緊張も和らいでいた。
「行こう、セリス」
「やる気満々だね」
そう言って、微笑み、前を行くセリス。
セリスって頼りになるな。
そんなことを思いながら、後を追った。
魔学院に足を踏み入れる。
建物がコの字を描くように聳え立ち、その内側にはグラウンドに似た広場もあった。
「でかいな……」
「あそこは中央広場。魔学院では、対人練習なんかもあるからね」
「へぇ……戦うための学校って感じだな」
まあ、スライムとか倒すためには、持って来いって感じだけどね。
「それだけじゃないよ。座学もあるし、”魔法理論”とかもちゃんと学ぶの」
意外だな。もっとこう、感覚でバンバン魔法使うだけだと思ってた。
そうして話していると、中央広場の方から鋭い音が響いた。
――バシュッ!!
反射的に視線を向けると、数人の生徒が向かい合って、魔法を撃ち、剣を振るっていた。
風が唸り、炎が弾け、水が弧を描く。
「えぇ……まじ?」
若干引いてしまった。
だって、思ってたよりハードそうだし!怖い!
「驚いた?」
「そりゃね……」
目の前の魔法や斬撃の数々を見ていると、妙に何か引っかかる。
すごいよ。確かにすごいんだけど、なんかモヤモヤするんだよな。
「…………」
「どうしたの?険しい顔して」
「なんか違う気がする」
「え?」
「なんというか、上手く言えないんだけど」
自分でも何がおかしいのかわからない。
ただ、何か少しずれているような……そんな感じ。
「ソーリって、やっぱり変わってるね」
「悪かったな」
軽く肩をすくめると、セリスはいたずらっぽく笑う。
「ほら、行こ。まずは入学手続きをしないと」
「そうだね」
期待と緊張に胸を膨らませ、一層空気の重い、魔学院の中へと歩き出した。




