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白夜の街 2

 住宅街の隅にある小さな公園からだろうけたたましい蝉の声が車道脇を自転車で走る要の耳にまで聞こえてくる。


 ようやく荷物が届いたのは13時45分頃。開封して中身を冷蔵庫にしまいー要がなかなか受け取らないことを予見していたのだろう中身は米やジャガイモ、レトルトカレー等の日持ちするものがほとんどだった。

 きゅうりとなすだけが少し傷んでいたが。

 パソコンの横に置かれていたスマートフォンから季節外れのクリスマスソングが流れてきたのは荷物を片付け終わり、シャワーを浴びようとシャツを脱ぎ上半身裸になりながら洗面所に足を向けた時。


『16時 図書館に集合 課題を持ってくること!』


 他人の都合を聞かない簡潔なメールはクラスメイトで友人の伊藤汐音(いとうしおん)からのもの。

 一見大人しそうな印象の小柄な少女だが中身は男勝りな体育会系ボクっ子だ。

 どうせ夏休みの課題をまったく手付かずにしていて、今頃焦って友人たちのものを写そうという目論見だろう。

 ちなみに夏休みはあと5日。

 だが、汐音は確か9月初めに予定されたイベントの担当になっていたはず。そうすると残り3日間は確実にアチラに籠りっぱなしになるはずで。

 実質今日と明日二日間の勝負になるのだろう。

 要はというと汐音という反面教師のおかげで半分以上は終わらせている。

 あとは常に成績上位をキープしているもう一人の友人の課題を残りの休みのどこかで写す予定でいたが、今日これから行うことになりそうだ。


 要は手早くシャワーを浴び、適当なTシャツとジーンズを着込むとすでに終わっている分も含めた夏休みの課題をいつも持ち歩くリュックに放り込み、部屋を後にした。

 まだ早いが部屋にいても暑いので早めに出かけて駅前のバーガーショップに寄ることにする。


 蝉の声を聞きながら自転車を漕ぐこと5分ほど。

 つい最近出来たばかりのショッピングモールを横目に30分無料の駐輪場に自転車を停めていると、


「シブヤのダンジョンに出てくるスライム可愛くない?」


 背後からそんなセリフが聞こえてきた。


「5階層のボスのあれ?ピンクの星形の」

「なにそれ。あたしまだシブヤ行ってない」

「あーあれ可愛いよねー。プルプルして」


 買い物帰りなのだろう。

 いくつものショップの袋を自転車のカゴに詰め込んでいる。

 女子中学生らしき4人組。


「今日もインする?シブヤ連れてったげようか?」

「まだレベル低いんだけど。ダイジョブかなー」

「知り合いのレベル高い人も誘っとくからヘイキっしょ」

「ってかレベル低いんだったら最悪死んでもたいして損もしないじゃん」

「や、そうだけど!気分的に死ぬのはイヤでしょ!」


 結構な大声で話しているため、話の内容が丸聞こえだった。

 要は4人組の後ろを通り過ぎながら、ニマつきそうになる顔を必死に我慢する。

 万が一他人に見られたら一人でニマニマする変な輩になってしまう。


 彼女らが話題にしていたのは知らない人間の方が少ないだろう圧倒的人気を誇るVRMMO[セブンズヘブン]。

 どこまでもリアル、という謳い文句で3ヶ月前に発売された全体感型のRPGであり、1度でもログインした人間は正に別世界に入り込んだかのようだと絶賛する。

 視覚、触感、嗅覚、聴覚、味覚。

 その全てが現実そのもの。


 要はその[セブンズヘブン]運営の一人だ。

 [セブンズヘブン]には要のような学生バイトが何人もいる。

 友人である汐音もその一人で、9月初めに予定されたイベントとは[セブンズヘブン]内で行われる戦闘イベントのことである。

 そして彼女たちが話題にしているシブヤエリアのダンジョンは構造もモンスターも全て要が作り出し管理しているもの。

 自然と顔もニマつくというもので。

 要はその後しばらくゆるみそうになる顔を俯けて隠して過ごすこととなった。







「あれ?要君ずいぶん早く来たね」

「おまえらこそ。4時じゃなかったのか?」


 図書館に着くとすでに友人たち二人が机の上に課題のプリントや問題集を広げていた。

 いや、正確にはショートボブの黒髪の小柄な少女ー汐音は机にへばりつくようにして課題を写し、その向かいに座ったメガネ男子ー塩谷淳(しおやじゅん)は棚から持って来たのだろう文庫本を読んでいる。

 タイトルは[お庭番井之下与平]・・・・・・相変わらすシブイ。

 淳は時代小説マニアだ。

 家には壁一面の本棚に時代小説が並んでいる。

 頭も良く見た目も悪くない。

 身長も高いし、少しクセのある茶色がかった髪も垂れ目気味なあまい顔立ちの淳に良く似合っていて、黙っていれば何もしなくても女子が寄ってくるタイプに思える。なのに彼女がいないのは、これが一因だろう。

 常に汐音が近くにいるというのもあるだろうが。

 二人は同じマンションの同じフロアに住む幼なじみで「生まれた時からの腐れ縁」とは汐音の口癖のようになっている。


「ん。その予定だったんだけどね。ちょっと間に合わないかなと思って」

「一時間やそこらじゃあんまり変わらなくね?」

「だいたい今の時期に完全に手付かずってのが間違ってるんだよ。こいつマジに一枚も手ぇ付けてなかったんだぜ」

「うるさいなあ。忙しかったんだよ、ボクは!誰かさんと違ってね」

「家でごろごろしてるかゲームしてるか遊びに出かけてるかだろ?」


 そういう淳は夏休みの前半は一人バイクで近郊の城巡りをしていたらしい。

 全然リアルでもゲーム内でも見ないな、と思っていたらある日各地の名産品を土産だと持って来た。


「うーっ!今から頑張るからいいの!」

「頑張るたって写すだけだけどな」


 処置なし、と淳は肩をすくめる。

 とはいえなんだかんだ言いながらも課題を写させてやっているのだから仲がいい。


「と、いうわけで!淳の課題はボクがこの先借り受けるから、要君は今日のうちに全部写しちゃってね。あとこれからユキりんが来るから要君の課題は終わってる分から順にユキりんに貸し出すこと!?」

「イヤ少しは他人の都合も考えような?」


 ムダと知りつつも言ってみる。


「ままま、ユキりんに感謝されちゃうよ?」


 ニヤニヤ笑いがムカつく。

 ユキりんこと宮坂ユキは要たちの隣のクラスの女子だ。

 これといった特徴のないごく普通の容姿だが、女の子らしい性格に物腰で一部男子に人気がある。

 実のところ要も密かにちょっといいな、とか思っているのだが、そのことを汐音に気付かれたのは我ながら失態だった。

 汐音とは中学3年間同じクラスだったとかで非常に仲が良い。

 要は高校から皆とは知り合ったのだが、明らかにタイプの違う汐音とユキが親友同士というのはどちらともそれなりに仲良くなった今でも謎である。


 淳の隣に座ってまだ終わっていないプリント類をリュックから取り出す。

 終わっている分はユキが来てから、必要な分だけを出せばいいだろう。

 汐音の前から何枚かのプリントを抜き、シャーペンの芯をポチポチと出して、


「さて」


 とあらためて机に向き合った。


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