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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
終章裏・暗き法
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暗き法 4

「私はエレオノーラの血を継いだ竜殺しの一族だもの。カナタを殺した私は、今度はこの子に殺されるの。そうして、世界を廻す竜になる」


「イチ、それでも俺は……!」


「私、もし君に愛されてしまったら、カナタのしてくれたことを全部無駄にしてしまう。せっかく繋がった世界、壊れてしまってもいいって思ってしまう。君はそれでも許してくれるだろうけど、そんなことをしたら、私が私を許せなくなる」


 ――だから、いなくなったの。


 イチは深く息を吐くと、真っ直ぐにロイヒテンを見据えた。


「私は戻らない」


 静かだったが、強い意志を秘めた言葉だった。ロイヒテンは悲愴に顔を歪めたが、すぐに困ったように笑った。


「腹の子ごと来てくれたって構わないのに」


 イチは苦笑すると、頬を伝う涙を手で拭った。


「ロイヒテン、これで本当にお別れ。カナタと私が創る世界で……ちゃんと、幸せになってね」


 そして彼女がそっと窓に手を翳すと、魔方陣も描いていないのに、窓の格子に光が張り巡らされた。カナタと同じ魔法の使い方だった。ロイヒテンは反射的に〈レイション〉の短剣を手に取ったが、迷うように唇を噛み、やがて項垂れた。


「……わかった」


 微かに震えた声で頷いて、ロイヒテンは窓の傍から立ち上がった。


「悪かったな、突然押しかけて」


「うぅん。君のおかげで、私はこれからも人でいられる。ありがとう」


 イチの言葉に対してロイヒテンは辛うじて笑みのようなものを浮かべると、彼女に軽く手を挙げて、窓の傍を離れた。屋根を渡って元来た道を辿ったが、もし振り返った時にイチが泣いていたら、彼女の元へ戻って窓を蹴破るに違いなかった。しかしいざ振り返ってみれば、ピタリと閉ざされたカーテンが窓際で僅かに揺れているばかりだった。


 ロイヒテンは長い溜め息を吐くと、何かを断ち切るように髪をバサリとかき上げて、再び歩き出そうとした。しかしその時、突如背中に冷たいものを感じて、彼はビクンと身を竦ませた。一気に開いた瞳孔は、夜闇の中に気配の正体を探した。


「ロイヒテン・ケーラー……だったか」


 揶揄するような低い声が突然耳元へ落とされ、ロイヒテンは咄嗟にその場を飛び退ろうとした。しかし跳躍は叶わず、彼は肩口に受けた軽い衝撃と同時に、浮遊感の中へ放り出された。


「なっ……!?」


 驚愕に目を見開いたロイヒテンの前には、ちょうど彼を突き飛ばした格好のハウィンがいた。それで自分が塔の屋根から突き落とされたことに気付き、ロイヒテンはたった今目の前を通り過ぎた屋根の縁に思いきり手を伸ばした。寸でのところで指先がそれを捉え、ロイヒテンは高い塔の屋根に片手でぶら下がる格好になった。


「てめぇ……!」


 もう片方の手で縁を掴みながら唸るように見上げると、ハウィンがニタリと笑って首を傾げた。


「百年前に覆されたこの世界の理は、今また元に戻ろうとしている。しかしせっかくの機会だ。これまでイチがしてきた運命を動かす選択を、おまえにもさせてやろうと思ってな」


「登場するなり人を突き落とした上にワケのわからないことを言い出すとは、さすが世界の創造主様だ」


 嫌味たっぷりにロイヒテンが言うと、ハウィンは不敵に口の端を歪めた。


「世界を創るのは暗き法だ。私はその守護者に過ぎない」


「知るか。大体、せっかくの機会ってのはどういうことだ。言っておくが、俺はあんたの言いなりにはならないからな」


 鼻で笑って吐き捨てたロイヒテンに、ハウィンは「ふぅむ」と大仰な仕草で頷いて見せた。その手はゆっくりとロイヒテンに伸ばされ、彼の懐から〈レイション〉の短剣を抜き取った。


「何を――」


 顔を顰めたロイヒテンが言いかけたその時、ハウィンは鞘から引き抜いたそれを、勢いよくロイヒテンの右手に振り下ろした。


「ぐああああああっ!」


 刃が手の甲にざっくりと突き刺さり、ロイヒテンは痛みに絶叫を上げた。屋根の縁から右手が離れ、眼下の闇へと彼の血が滴り落ちていく。ロイヒテンはギリギリと歯を食い縛り、ハウィンを睨み付けた。


「痛ってぇ……! くそっ、何て陰険な嫌がらせだ!」


「クク……」


 ハウィンはおかしそうに笑うと、その場に屈んでロイヒテンと視線を近付けた。


「イチの命を救いたいか?」


「何……?」


「ロイヒテン、おまえを新たな竜にしてやろう。もちろんそれで、世界も廻り続ける」


「……っ!」


 ロイヒテンは思わず目を見開き、ハウィンを凝視した。


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