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竜堕トシ  作者: 真城 成斗
終章裏・暗き法
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暗き法 5

「俺が……竜に……?」


 尋ねたロイヒテンに、ハウィンは「あぁ」と頷いて笑みを深めた。


「おまえは死ぬことになるが」


「構わない! それでイチを助けられるなら、俺は何にでもなる!」


 ロイヒテンは縋るような表情すら浮かべて訴えた。しかし直後にハウィンは、さもたった今思い出したかのように、わざとらしい素振りで言った。


「あぁー……だがもしかしたら、かえってイチは苦しむことになるかもしれないな」


「確かに二度と俺に会えない悲しみを与えてしまうのは心残りだが――」


「いいや、そうではない。……イチはおまえに言わなかったのか? 腹の子の父が誰なのかすらわからないことを」


「え……?」


 ハウィンの言葉に頭が真っ白になり、ロイヒテンは思わず言葉を失った。ハウィンの双眸には、明らかな愉悦が浮かんでいた。


「じゃぁ腹の子の父親は……ちょっとでもあいつを好いているわけじゃないのか? 誰かあいつのことを気にかけてくれるような奴は、今この世に誰一人としていないのか……?」


 ハウィンは答えず、ニヤニヤと笑うばかりだった。


 父親という国家権力によって人の寄り付かぬ塔に軟禁され、名前も知らない男の子を孕まされるなど、何があったのかは想像に難くない。しかしイチがそれを受け入れたのなら、現状の彼女を支えているのは、それこそカナタと彼女で世界を創ること――竜となってカナタの元へ逝くことなのかもしれない。


 そうなれば、イチにとっての〝救い〟が果たして何なのか、ロイヒテンにはわからなかった。


「イチ……」


 惑うように呟いて、ロイヒテンは唇を噛んだ。すると、ハウィンがゆっくりとロイヒテンの傍へ膝を着いた。


「さぁ、おまえの望む運命を決めるがいい。このままイチを竜としてカナタの元へ送ってやるか、或いは、女としての尊厳を踏み躙られた結果を腕に抱いて生き続ける道を拓くか。――どちらか一つだ」


 その問いに自身の生死が含まれていないことに気付き、ロイヒテンは顔を歪めた。


「そうか……そういうことか。あんた最高だな」


「それはどうもありがとう」


 ハウィンの手が勿体ぶるような仕草でロイヒテンの左手に触れた。痛みに耐えながら全体重を支えている、彼の左手に。


「あぁ、嫌な予感がする。とてつもなく嫌な予感だ」


 辟易したように顔を引き攣らせたロイヒテンの人差し指を、ハウィンの指が絡め取った。それは屋根の縁から、ゆっくりと引き剥がされていく。


「このまま落ちるか、竜になるか……地面に着くまでに決めるといい」


 地面まではかなりの高さがある。ここから落ちればまず助からないだろう。かと言って、魔法を封じる〈レイション〉の短剣を右手から引き抜き、利き手を潰された状態で魔法陣を描くほどの時間は無さそうだ。


「くそっ……」


 人差し指と中指がハウィンの手の中へ捕らえられ、爪が真っ白になるほど力を入れた薬指と小指が、ズルズルと屋根の縁を滑った。


「僅かの間だが、精々楽しませてくれ」


 足元には、真っ黒な夜闇が口を開けて待っていた。ロイヒテンはハウィンを見上げ、食い縛っていた歯の隙間から唸るように声を絞り出した。


「――――っ」


 憎悪に燃える双眸は間もなく闇の中へと吸い込まれ、同時にハウィンは驚いたように眉を動かした。


「ふむ……」


 彼の掌には二筋の傷が付いており、そこから黒い靄が滲み出していた。しがみ付こうとして付いた傷ではなく、鋭く引っかいたような傷だった。


 ハウィンはしばらくその傷をしげしげと見つめていたが、やがて愉快そうに口の端を上げると、夜の闇に溶けるように消えていった。


 ……あぁ、この世界はまだまだ楽しめそうだ。


                          Fin.


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