↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/12

消えずの薪

仕事を辞めたのは、それから一か月ほどしてからだった。


「辞めるのは、いつでもできるだろ。少し休んでからでも」


高嶋部長は、会議室で何度もそう言ってくれた。人事からは、ケアの案内が届いた。福利厚生で、フォーミュラ社の感情ケアAI「カーム」が使えるらしい。


俺は、どっちも断った。


周囲には止められたし、ケアも用意してもらった。でも正直言って、無気力だった。


外に出ると、ふと思い出しそうだった。コンビニの棚のポテチ。駅前のスタバ。夜道。


だから、家に引き篭もった。ゲームと酒とタバコだけ。


起きている時間のほとんどを、ゲームの中で過ごした。魔物を狩って、素材を売って、また狩る。何も考えなくていいのが、ありがたかった。


夜になると、必ずハウスに戻った。暖炉に、薪を一本くべる。それだけは、一日も欠かさなかった。


友達は、最初のうちは定期的に顔を見に来てくれた。


『飲み行こうぜ』


『たまには外出ろよ』


『生きてる?』


LINEの間隔は、少しずつ空いていった。


フレンドリストの「みお 最終ログイン」は、三十日目で数字が止まった。


みお 最終ログイン:30日以上前


そこから先は、何日たっても同じ表示のままだった。


ゲームのほうが先に、数えるのをやめた。



裁判が始まったのは、それから半年後だった。


久しぶりに着たスーツは、少しゆるくなっていた。


裁判所の前には、もう長い列ができていた。記者らしい人たちと、ただの見物人みたいな人たち。俺は、その最後尾に並んだ。


係の人が、手首に紙のリストバンドを巻いていく。番号が印刷されている。傍聴席は、抽選だった。


初日は、外れた。掲示板に並んだ番号の中に、俺の番号はなかった。


みおの家族には、抽選なんてない。


被告人質問の日に、やっと当たった。


法廷は、思っていたより狭かった。前のほうに木の柵があって、その向こうが法廷、こっちが傍聴席だ。


柵の向こう、検察官の隣に、小柄な女の人が座っていた。


みおのお母さんだった。


遺族は、柵の内側に座れるらしい。俺の席は、柵のこちら側だった。


刑務官に挟まれて、男が入ってきた。


どこにでもいそうな、痩せた中年の男だった。電車で隣に座っていても、たぶん気づかない。


こいつが、みおを。


男は、ずっと無表情だった。何を聞かれても、他人事みたいに短く答える。


「はい」


「覚えてません」


「そうだと思います」


弁護人が、男のこれまでを話した。工場の仕事を、AIに取られたこと。それから何年も、誰とも話していなかったこと。


それから、お母さんが立ち上がった。


「どうして……」


声が、震えていた。


「どうして、みおだったんですか」


男は、少しだけ考えるような顔をした。


「誰でもよかったんです」


気づいたときには、体が勝手に動いていた。


「なんでみおなんだよ!」


立ち上がって、柵をつかんでいた。自分の声とは思えないくらい、大きな声だった。


「傍聴人は静かに!」


裁判長の声が飛ぶ。職員が、こっちに駆け寄ってくる。


そのとき、男が振り返った。


初めて、目が合った。


男の顔が、変わった。迷子が、やっと名前を呼ばれたみたいな顔だった。


「……あんた、彼氏?」


男が、早口でしゃべり出した。


「すごいね、その顔。そんな顔で見られたの、何年ぶりだろ。工場クビになってからさ、誰も俺のこと見ないんだよ。話しかけても、返事するのはAIだけでさ。自分の気持ちなんて、とっくに全部処理しちゃったし」


「被告人、発言をやめなさい!」


裁判長が何度止めても、男はしゃべるのをやめなかった。


「怒ってくれるんだ。いいね。ほんとに、いいね」


職員に、両腕をつかまれる。それでも、柵から手が離れなかった。


男は、少しだけ首をかしげた。それから、天気の話でもするみたいに言った。


「ケーキセット、買えなくて残念だったね」


法廷が、静まり返った。


『ばっくれたら、ケーキセットね』


あの夜、俺の『今から帰ります』を見ていたのは、こいつだった。


みおのスマホで、二人の最後の一日を、上から順に読んでいた。


「傍聴人に、退廷を命じます」


両腕を抱えられて、法廷の外へ連れ出される。ドアが閉まる直前、柵の向こうで、お母さんが両手で顔を覆うのが見えた。


廊下の長椅子に、どれくらい座っていたのか、わからない。


俺の中で、何かが、音もなく終わった。


怒りをぶつける先は、ゲームの魔物しかなかった。


朝も夜も、狩り続けた。眠くなったら少しだけ眠り、起きたらまた狩る。倒しても倒しても、腹の底にあるものは、少しも減らなかった。


ランキングの数字が、少しずつ上がっていった。千位。百位。十位。


一年以上たったある日、俺の名前の横に「1」が並んだ。


サーバーで、一番強くなっていた。


うれしくも、何ともなかった。


それでも、夜にハウスで薪をくべることだけは、やめなかった。


友達は、今はもういない。最後のLINEがいつだったかも、もう覚えていない。


気づけば、俺に話しかけてくるのは、スマホのAIだけになっていた。


『悲しみを処理しますか?』は、いつの間にか『怒りを処理しますか?』に変わり、それもやがて、こうなった。


『この500日間、笑顔が検出されていません。悲しみを処理しますか?』


画面を伏せて、またログインした。


運営会社で情報漏洩が起きたのは、それから少しあとのことだった。


ニュースは三日で次の話題に変わり、会社は倒産した。聞いたことのない会社が事業を譲り受けたけど、結局うまくいかなかった。


そして、サービス終了のお知らせが届いた。


『平素より格別のご愛顧を賜り、誠にありがとうございます。誠に勝手ながら、本サービスは……』


AIが書いたみたいな文面だった。たぶん、本当にAIが書いたんだろう。


最後の夜。


広場には、プレイヤーが集まっていた。まだこんなに残っていたのかと思うくらいの人数だった。夜空に花火が上がり、チャット欄が滝みたいに流れていく。


『今までありがとう!』


『楽しかった』


『またどこかで』


俺は、広場には行かなかった。


ハウスの暖炉に、最後の薪をくべる。火が、ぱちりと鳴った。


木の床に、みおが勝手に置いた人をダメにするソファ。伝言板を開く。


『遅れてごめん。また明日』


返事は、最後まで書き込まれなかった。


その明日は、もう来ない。


『サービス終了まで、あと5分です』


画面の隅にシステムメッセージが流れたとき、メールボックスが光った。


アイテムが一つ、届いていた。差出人の欄は、空白だった。


『レジェンドアイテム 消えずの薪』


アイコンは、どう見てもただの薪だった。


添えられたメッセージを開く。


『今まで長く遊んでいただきありがとうございます! 最後にささやかですが、消えずの薪をプレゼントします。これからもアヴァターラをよろしくお願いします』


「……なんだこれ」


ゲームが終わるってのに、何をよろしくで、何に使うんだよ。


伝説の、薪。


あまりのばかばかしさに、喉の奥から変な音がもれた。


笑っていた。


みおがいなくなってから、初めてだった。


『サービス終了まで、あと10秒です』


どうせなら、と思った。消えずの薪を取り出して、暖炉にくべる。


3、2、1――


画面が暗くなる。――はずだった。


暖炉の火だけが、消えなかった。


白く燃え上がった火が、画面いっぱいに広がっていく。


「なんだこれ、まぶし……」


光が、部屋ごと俺を飲み込んでいく。


どこか遠くで、声がした。


「おーい、やっと笑った」


「え? これ、なに?」


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次の話から、舞台はアヴァターラの世界に移ります。

続きは準備ができ次第投稿します。ブックマークしておくと、更新のお知らせが届きます。

一言でも感想をいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。