既読
朝、スマホが震えた。
みおか、と思って画面を見る。
ニュースの通知だった。A国とC国の戦闘は、二日目に入ったらしい。
LINEを開く。昨夜の俺のメッセージには既読がついたまま、返信はない。
連絡こねぇな。怒ってんのかな。それとも、まだ寝てんのか。
『おはよう。昨日はほんとごめん。ケーキセットはおごります』
送ってから、スーツに袖を通す。今日は外回りで、そのまま直帰できる。
今日は直帰だし、家行くか。
午前の商談は、思ったより長引いた。昼飯を済ませて営業車に戻り、いつものラジオを流した。
「さて、ここでニュースです」
しげちゃんが、いつもの調子で原稿を読み上げる。
「今朝、西原区の公園で……」
次の営業先の住所を、ナビに打ち込む。
「……倒れているのが見つかり、警察は身元の確認を……事件の可能性も……」
「怖いですねえ。最近多いですよね、こういうの」
「皆さんも、夜道には気をつけてくださいね。……さて、お待ちかねのメールのコーナー! 昨日のおならの話、反響すごかったんですよー」
スタジオに笑い声が広がる。
ナビの案内が始まる。俺はラジオを聞き流したまま、車を出した。
治安悪いなー、最近。
最後の営業先を出たのは、17時半だった。
会社に直帰の連絡を入れて、LINEを開く。朝のメッセージは、まだ未読のままだった。
さすがに、ちょっと長くないか。
みおがいつも頼むケーキセット、ゲーム用のポテチとコーラもバッチリ準備した。
「今日はとことん付き合いますか」
みおの家に着いたのは、18時を少し過ぎたころだった。
アパートの前に、パトカーが一台停まっている。二階の、みおの部屋の前に、制服の警察官が立っていた。
階段の下で、足が止まった。
「あの、何かあったんですか?」
警察官は答える前に、俺の顔をじっと見た。
「こちらにお住まいの方と、どういうご関係ですか」
「……付き合ってます。橘みおの」
警察官は無線で短く何か話した。しばらくして、スーツの男が部屋から出てきて、階段を下りてくる。
「西原警察署の片桐です」
男は手帳を見せて、静かに言った。
「橘みおさんは、今朝、近くの公園で、遺体で発見されました。死因は――」
何も聞こえなくなった。
男の口は動いている。でも、頭の中で鳴っているのは、昼のラジオだった。
西原区の公園で……倒れているのが見つかり……。
治安悪いなー、最近。
そう言って聞き流したのは、俺だった。
「少し、お話を聞かせてもらえますか。署のほうで」
断るという考えは、浮かばなかった。
事件として捜査している、と片桐さんは言った。
みおは、殺されたらしい。
通されたのは、窓のない小さな部屋だった。机の上の端末が、俺の声を勝手に文字にしていく。
「付き合って、どのくらいですか」
「二年……くらいです」
「一緒には」
「住んでないです。別々で」
「ご家族ではない、と」
片桐さんはそう言って、画面の何かにチェックを入れた。
「最近、喧嘩などは」
「昨日、俺が約束に遅れて……。でも、喧嘩ってほどじゃ」
言いながら、自分の声が言い訳みたいに聞こえた。
「橘さんが、誰かとトラブルを抱えていたことは。前の交際相手とか」
「……聞いたこと、ないです」
「昨夜の20時半から22時ごろ、どちらにいらっしゃいました」
「会社です。取引先とWEB会議をしてて、21時過ぎまで」
片桐さんはうなずいて、また何かを打ち込んだ。調べれば、すぐにわかることだ。
みおを待たせた会議が、俺がそばにいなかった証拠になった。
「最後に連絡を取ったのは」
「LINEで……見てもらえれば」
スマホを渡す。片桐さんの指が、画面を上へたどっていく。朝の『今日なんじー?』。ケーキセットのくだり。『早くきてね』『お待ちしてます』。
二人の最後の一日を、知らない人が読んでいく。
指が、俺の最後のメッセージのところで止まった。
「この既読は、何時ごろについたか、わかりますか」
「……駅のホームでは、まだついてなくて。家でLINEを開いたら、ついてました。10時前くらいだと思います」
「そうですか」
片桐さんはそれだけ言って、メモを取った。なんでそんなことを聞くのか、聞き返す気力もなかった。
「最後に一つ。昨夜、橘さんは近くのスーパーに寄られたようです。持っていた袋に、コーラとポテトチップスが入っていました。何か、心当たりは」
コーラとポテチ。
ゲームの夜の、あいつの定番だ。
先に入ってレベル上げとく、と言っていたのに、ログインはしていなかった。
あいつは、俺を待ちながら、夜のお菓子を買いに出たんだ。
足元の袋にも、同じものが入っていた。
署を出たのは、22時を過ぎていた。どうやって帰ったのか、よく覚えていない。
玄関を開け、鞄を床に置き、そのままパソコンの電源を入れた。昨夜と、同じだった。
起動を待つあいだに、LINEを開く。
最後の一日が、一画面に収まっていた。
『ばっくれたら、ケーキセットね』
『早くきてね』
『お待ちしてます』
『ずっと打ち合わせで連絡できませんでした!ごめん、今から帰ります!まだやってるならログインします!』
その横に、小さく「既読」。その下の『おはよ。昨日はほんとごめん。ケーキセットはおごります』には、何もついていない。
信号待ちで見たときは、ついていなかった。ホームでも。この部屋で開いたときには、ついていた。
21時半から、22時。
片桐さんが言った時間の中に、すっぽり入っている。
あの人が既読の時刻を気にした理由が、やっとわかった。
どこかの暗がりで、あいつのスマホが光る。俺の『今から帰ります』を見ているのは、あいつなのか。知らない誰かなのか。
どっちの絵も、消えてくれなかった。
昨夜、この部屋で、俺は思っていた。
返信ぐらいしろよな、本人には言えないけど。
考えるのをやめたくて、ログインした。
聞き慣れたタイトル画面の音楽。ロードが終わると、いつものハウスだ。
木の床に、みおが勝手に置いた人をダメにするソファ。二人で素材を集めて作った暖炉には、今日も火が入っている。
伝言板を開く。
『遅れてごめん。また明日』
返事は、書き込まれていなかった。
フレンドリストを開く。
みお 最終ログイン:2日前




