また明日
この頃はずっと、こんな忙しない毎日が続くと思ってた。
朝、スマホが震えた。みおからだ。
『今日なんじー?』
『残業1時間ぐらいはかかるから、たぶん19時には家つけるな!』
『じゃあ今日もハウス集合ね』
『おけー、遅れそうなら連絡するわ』
『りょーかい! ばっくれんなよー!』
『ばっくれたら、ケーキセットね』
『コンビニでいい?』
『ダメ、スタバ』
『はいはい』
返信してから、今日の予定を思い出す。一日外出か。だりーな。
俺の名前は、とうや。会社じゃAI化だなんだで人は減ったくせに、残った人間の仕事はちっとも減らない。まあ、それでもそれなりにうまくやってる。
息抜きは、同僚や友達と酒を飲んだり、自転車で遠出をしたり。でも最近はもっぱら、みおとのオンラインゲームに夢中だ。
定年まで働くと思うとたまに憂鬱になるけど、充実した日々を送ってた。
「やっと昼だよ、疲れたー」
誰に言うでもなくつぶやいて、飯でも食うかと店に入る。昼飯を済ませて営業車に戻り、いつものラジオを流した。
「フォーミュラ社のAIが、ついに匂いを目に見えるようにしたそうですよ!」
パーソナリティのしげちゃんの声が、やけに弾んでいる。
「匂いを?」
「空気の成分をAIが読み取って、色のついたモヤで見せてくれるんですって。第一弾は、おならだそうです」
「なんでそれを第一弾にしたんですか」
「誰がしたか一発でわかるらしいですよ」
「家庭が崩壊しますよ、それ」
「でも、AIってほんとすごいですよね。最近、うちの娘もわからないことはすぐAIに聞いちゃって、俺より賢いから困っちゃうよー」
「今の子供世代は、生まれた時からAIがそばにいますからねー」
相方のりんちゃんが、ため息まじりに続ける。
「私の息子も家でゲームばかり。休日もスマホとゲームで、友達もいないから心配ですよー。彼女とかできるのかなー」
スタジオに笑い声が広がった。耳が痛いな。今日は程々にするか。
会社へ戻り、一息つくために一服していると、高嶋部長に呼び止められた。
「とうやくん、ちょっといい?」
「どうしました、部長?」
「A国の件、ニュース見たか?」
「いやー、ずっと出てたんで見てないっすね」
「ついにC国と戦争だってよ。お前の担当先のA社の案件、見送りになるかもしれないから注意しとけよ」
「りょーかいです。物騒すね」
「ほんとな」
ポケットで携帯が震えた。取引先の田中さんからだ。
「お世話になってます。ええ、はい、ニュース見ました」
「実はね、あの戦争のせいで、例のプロジェクトがうまくいかなそうでさ。これからミーティングなんだよ。君にも入って欲しいんだけど、予定空いてるかな?」
「あー、少々お待ちください」
夕方は空いてる。でも、これ出たら帰りは遅くなるな。
「夕方、WEBなら参加できそうです」
みお様、ごめんなさい。
「助かるよ。後でメールで招待送るから、時間になったら参加してもらえる?」
「承知しました。後ほど、よろしくお願いします」
電話を切って、みおにLINEを送る。
『ごめん、今日遅くなるかも』
『えぇ、そしたら先入ってレベル上げとく』
『早くきてね』
『ほんとすんません、仕事終わり次第すぐ入ります!』
『お待ちしてます』
さてさて、気張りますか。
外は暗くなり、時折ドローンが夜のご飯を運んでいく。すっかり慣れた光景となった。
画面の向こうで、鈴木さんの声がとがった。
「いつまで、このプロジェクト止めるんですか? それなりに投資してますよね?」
「そう言われても、戦争がいつ終わるかなんて誰もわからんだろう!」
田中さんも引かない。やべぇ、これはまだまだかかりそうだ。
「本日はありがとうございました」
ようやく会議が終わり、隣の席の宮本くんに声をかける。
「やっと終わったよ。宮本くん、なんかある? 平気?」
「大丈夫です!もうそろ上がります」
「りょーかい、程々にね。お先失礼しまーす」
「お疲れ様でしたー!」
時計を見ると、21時を過ぎていた。やっべー、これは今日は無理かな。
スマホを開く。みおからの追加メッセージは来ていない。
『ずっと打ち合わせで連絡できませんでした!ごめん、今から帰ります!まだやってるならログインします!』
駅まで早足で歩いた。
信号待ちでもう一度スマホを見る。
まだ既読はついていない。
改札を抜けても、ホームで電車を待っても、既読はつかなかった。
あいつのことだから、まだまだバリバリだろう。レベル上げに夢中になると、スマホなんて見やしない。
電車の中は静かだった。誰も顔を上げず、みんな手元の画面の光に照らされている。ドアの上のモニターには、C国との開戦を伝えるニュースが音もなく流れていた。
最寄り駅から、ほとんど小走りで家に帰る。コンビニに寄ろうかと思ったけどやめた。
これ以上待たせたら、また何言われるかわからない。
玄関を開け、鞄を床に置き、そのままパソコンの電源を入れた。
起動を待つ数十秒が、やけに長い。
さて、ログインしてみますか。
聞き慣れたタイトル画面の音楽。ロードが終わると、いつものハウスだ。
木の床に、みおが勝手に置いた人をダメにするソファ。二人で素材を集めて作った暖炉には、今日も火が入っている。
でも、誰もいなかった。
フレンドリストを開く。
みお 最終ログイン:昨日
LINEを開く。
既読はついた。でも、返信はない。
寝落ち?怒ってんのかな?
返信ぐらいしろよな、本人には言えないけど。
ハウスの伝言板を開いて、一言だけ書き込んだ。
『遅れてごめん。また明日』




