92話 「世界に愛された意思①」
『目の前のことだけで現状に納得してはいけないよ。
スタシア、人は考える生き物だ。
正しい情報を、正しく理解し、正しく使う。
お前は賢い…だからきっと上手くやれる』
(懐かしい…誰の言葉だっけ。
とても大切な記憶のはずなのに全く覚えてない。
でもこの言葉だけは忘れる事なんて出来ない…そんな気がする。)
ハインケルとスタシアとの戦いはさらに激化していき、カルメラの民はその脅威をようやく理解し両者から距離を取り始めていく。
しかし民の危険となれば当然、騎士団が動く。
膠着状態、向かい合う2人に対して数名の騎士団員達が剣を抜いてスタシアたちに向ける。
「そこの男!今すぐ手に持っている武器を捨てて降伏しろ!
さもなければその首を落とすことになるぞ」
一人の騎士団兵が歩きながら片手に剣を持ってハインケルへと近づく。
「ダメ!そいつに近寄らないで!あなた達も民と同じように逃げるの!!」
「黙れ!お前もだ、女!
子供だからといって罰が与えられないなどという甘い考えは捨…」
騎士団兵が言い終わる前に頭と胴体が切り裂かれて離れる。
その光景を見た他の騎士団員たちが怒り心頭しながらハインケルへと一斉に切りかかる。
「ダメっ!そいつから離れてっ!!!」
ハインケルは鋭い目つきで騎士団員達を睨みつけると同時に手に持っている鎌を円を描くように自身ごと回りながら振り抜く。
その刃は視覚的には騎士団兵達に全く届いていなかったがハインケルに攻撃を仕掛けた全員が首をはね飛ばされる。
「ゲホッ…ゲホッ、、」
「おや、馬鹿がいますね…」
スタシアは咄嗟に一番近くにいた騎士団兵を救い出していたがそれでも騎士団兵の右手は切り落とされ、スタシア自身も胸部分を切り裂かれていた。
「愛憎…」
騎士団兵と自分の怪我を即座に治し、半狂乱になっている騎士団兵を落ち着かせる。
「良い?今から私の言うことを聞いて…
今すぐにカルメラ城壁の際まで逃げて。
なるべく私とあの男から距離を取って。
民達にもそれを伝えて…早くっ!」
スタシアが怒鳴ると生き残った騎士団兵は焦りながらも走り去っていく。
「お人好しですねぇ…あんなゴミは見捨ててしまえば良いのに。」
「どうして…普通に生きている人が、、なんでもないいつも通りの日常をすごしてた人が…死ななければいけないんだっ…ふざけるな…人の命の重さをなんだと思っているんだ!!
お前も同じ人間ならどうしてそれが分からないっ!
どうしてそれを理解しようとしないんだ!!」
感情的にハインケルに向けて言葉を吐きつける。
そんなスタシアに対してハインケルはただ一言、冷静に言い放つ。
「バカなんですか?」
「、は?」
「命の重さ?普通に生きてる人?理解?
寒気がしますね。
人間なんて結局は利己でしか物事を考えない愚かな存在。
それはあなただってそうでしょう?
自分が最終的には幸せになるために…憎むべき存在を殺し、束縛的なトラウマから解放される。
反吐が出ますね。
人のために物事を理解をするなんて綺麗事でしかない。
そんな綺麗事を言って良いのは、貧しくても他者にパンを隔てなく与え、困っている人がいたらいくら不向きなことであろうと救いの手を差し伸べて自分の出来ることを探すような…見返りもなんも無い打算無しで動ける人のみなんですよ。
ですが結局はそんなバカみたいな善人も醜い我々人間によって裏切られる。
ならば私はこの世界の根本から変えようと思ったんですよ。
悪の本質を…何が善で何が悪かは私が決める。
それが 悪我の意思者 としてこの腐った世界で生きる使命。」
ハインケルは手に持っている鎌に天恵をさらに大量に流し込んでいく。
「ここまで民たちに距離を取られたらもう意味は無いですね。
殺しましょう」
「!!」
ハインケルは先程と同様に鎌を一振する。
だが、威力は先程とは比べ物にならないほどだった。
即座にスタシアは信愛の意思によって周辺の半径80メートル圏内のあらゆる物体を変形させて何層にもなる厚い壁をハインケルを囲むように円形に作り出す。
だが、そんなものは無意味に等しくハインケルが放った斬撃はカルメラ全体へと高さを変えることなく壁際まで広がっていく。
「あ、あぁ、あぁぁぁあぁあ!!
ハインケルッッ!!!お前っっ!!
自分がしたことがどういうことが理解しているのかっ!!」
スタシアは直観的に理解していた。
今の全方向に飛ぶ斬撃はカルメラの民の9割の命を落とすものだと。
(気配が…民の気配が、、全くしない。
全員殺された?いや、それはまだ分からない…
けどっ、)
「ほら、舞台は整えましたよ。
信愛の意思者…世界への博愛者」
(こいつだけはっ。こいつだけは絶対に殺さなければいけないっ、、)
スタシアはハインケルに手のひらを向ける。
だが、その腕が突然切り落とされる。
「っ!…お前はっ!縛毒っ!!」
「遅かったですね、ギャラリス」
「あら?そうかしら?急いできたつもりだったのだけど?」
(クソっ、、冷静を欠いた、落ち着け…
冷静にならなければこいつらは殺せない。
この2人ならば余裕で勝てる…大丈夫だ。)
「ギャラリス?その剣に毒は仕込んでないんですか?」
「何言っているのよ…かすり傷でも死ぬくらいの毒を付与してあるわよ。」
「なら様子が変わらないのは信愛の意思者が化け物ということで良いですね」
「ええ、そういうことよ。
あなたよく生きてたわね」
「ゴミが溜まっていたから良かったですよ。」
「二人になった程度で私を追い込んだと思うなよ…」
「二人?何言っているんですか?そんなわけないじゃないですか」
すると、何も無い空間から二人の男が姿を現す。
「あなた達も…遅かったですね。ヴァンレ、パロス」
「ハインケル様…申し訳ありません。
少々、事象の意思者様の雑事に手間取ってしまいまして」
「私もその一端を担っていたため遅くなりました。
…お久しぶりですね、スタシア・マーレン」
「そうかな?そんなに久しぶりではないと思うけどね。
あの時はしっぽ巻いて逃げたから殺しそびれちゃったけど…わざわざとどめ刺されに来てくれたんだ」
「まぁ、あの時はあなたの実力をはっきりと見極めるためのものでしたからね。
逃げた というのは否定しませんよ」
(まずい…
奴らは今、事象の意思者と言った…。
正直、こいつらだけなら巻き込む心配の無くなった現状で本気を出せば屠ることは出来る。
だが、事象の意思は能力は分からないけど同じ天命の意思…。
簡単にはいかない、、)
「想像している事がなにか当てましょうか?
事象の意思者が来る前に我々を殺そう…そうお考えですよね?」
「へぇ、分かってるなら逃げなくて良いの?
自らアドバンテージを手放したくらいなんだから勝算はあるんだろうね」
「ええ、もちろん。
数の暴力という勝算がありますとも」
「えーっと、なんて言ったかしら。
スタシア・マーレン?だったかしら?
残念だけどもう事象の意思者は来ているのよ。
ちょうどあなたの後方にね。」
私は即座に振り返る。
目の前の光景に思考が出来ずに静止する。
(怪しいとは思っていたっ、けど、優しい人だと思ったのにっ、人の心を忘れていない人だと思っていたのにっ!
なんであなたがここにいるのっ!!)
「アンバーッ!!」
「やぁ、スタシア。この間ぶりだね」
「ふざけないでっ!そんな…そんな、ヨーセルを騙すようなことしてっ!
ヨーセルは心から笑ってたっ!心からあなたとの会話が楽しいと言ってたのにっ、、それを裏切るなんて…」
「何を言っているんだい?
僕は一度も君たちの仲間だなんて言ってないさ。
君だって分かるだろう?
ルシニエ・ヨーセルという存在を。
あれに興味が湧かないほど君も落ちぶれてなんか居ないだろう」
「私はヨーセルに対して興味が優先したことないんて無い。
いつも、、楽しいから…一緒にいたいから接しているんだ。
お前と違って!」
「嘘は良くないさ。
君も僕もセルシャですら、あの存在には不思議と惹かれるものがある。
見てて楽しいだろう?
日に日に成長していくヨーセルを見るのは」
「っ!!」
「もうよろしいですか?お喋りは。
時間もあまりないことですし」
「ええ、そうね。セルシャにドヤされるなんて嫌だものね。」
「パロス、ヴァンレ…ギャラリスを近接で支援しなさい」
「「かしこまりました」」
(5対1…夜で視界はあまり良くない。
カルメラ国内というのもあまり好ましくはない。
もう…いいよね。許して、、ディシくん。)
ランスロット達は本能的に即座にスタシアから距離を取る。
脳からの危険信号が思考よりも早く体を動かす。
「ははっ、、まじか。これがスタシア・マーレンの本気ってことか」
「『狂愛の鐘』」
本来は意思者が使用出来る力は 意思 、意志、サイナス
のみ。
しかし稀に、神の領域までいった者のみが自ら宿った意思を元に新たな能力を作り出す。
『狂愛の鐘』
・一度のみ、自分の望む地形、環境、日時に世を変形させる。
変形難易度が高ければ高いほど天恵による消費が激しく、この力を使用する際に求められる天恵技術は普段の信愛で使われる技術の倍。
「な、なに?何よ!この揺れは!」
「…世界が、、変わっていく、?」
地面だけでなく、世界全体が大きな揺れを起こしていた。
だが、次の瞬間には揺れはピタリと止まる。
ランスロットは驚愕を通り越していた。
ボーッとしたつもりは無い…なんなら警戒を高めていたくらいだ。
それなのに気がつけば夜は明け、立っている場所はカルメラ国内ではなかった。
(右手側に見えるあの山の形…
そして山のすぐ左には小森林がある、、
なるほどな…ここはカルメラから東側に約三キロ離れた地点。
いや、その言い方も変か。
ここはカルメラがあった場所という言い方の方が正しいな。
僕らの座標自体は変わってなんて居ない。
変わったのは土地自体ってことか。
ランスロットは後ろを向く。
遠くにカルメラの城壁が見える。
カルメラ全体を消し、カルメラから三キロ離れた地点を適当に選びカルメラを消した地に構築。
その後に元々の三キロ地点の場所を消し去り、カルメラを再構築。)
「冗談きついね…バケモンじゃん」
(セルシャならば出来る…そう言えばそこまでだが、すごいのはそんなところじゃない。
セルシャは空間を扱う意思。
空虚さえ宿れば僕だって瀕死になるけど出来はする。
だが、スタシア・マーレンは信愛の意思でこれをやってのけた。)
「格が違うね…今すぐに帰りたいレベルだよ」
「いいよ、いつでも殺してあげる。天帝」
「最高だね、
天帝慈刑人 事象の意思 ランスロット・アンバー」
「どこが最高なのよ、、まだ何が起きたかすら理解してないのよ…
まぁ、いいわ、、
天帝慈刑人 縛毒の意思 ギャラリス・メア」
「改めまして、
天帝慈刑人 悪我の意思 ハインケル・ソッズ」
「天帝慈刑人 悪我の意思者様側近 ヴァンレ」
「天帝慈刑人 空虚の意思者側近 パロス」
「ユーランシー騎士団守恵者 スタシア・マーレン。
あなた達全員殺してあげる。」
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馬を少しの間休憩させていたディシ…夜で足元が悪く、馬も長時間走らせたことで限界に近い状況だった。
(急がないとっ、、)
暗い中でどうやって進むべきかを考えていたら突然、
世界全体が大きく揺れるような感覚になる。
「な、なんだっ!?」
そして突然揺れが止まったかと思えばディシの顔に光が当たる。
「な、なんだっ?これは、?」
先程まで周りが見えないくらいの暗さだったがハッとした時には既に日が登り、昼間の明るさになっていた。
「どう、、なってるんだよ、、」
ディシは動揺しながらも馬は無事かと見ると、先程までぐったりとしていた馬はユーランシーを出た時くらいの元気さを取り戻していた。
「体力の回復?…状態の変化?いや、、これは…
愛憎か!?…つまり今の現象はスタシアの手によるもの。」
(なんの意図も目的もなくスタシアは信愛の能力を使う子じゃない。
それに、この現象がもしスタシアのものだとしたはそれほどまでの力を使わざる得ない状況にあるということ。)
ディシはまだ完全に頭が整理出来てはいないが、馬に乗り、走らせる。
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(狂愛の鐘…使うことなんて無いと思ってた。
けど、使わざる得ない状況だった。
狂愛の鐘を使うと超広範囲内の生物、物に完全にランダムで信愛の能力の影響を与える。
愛憎だけでなく、意思本来の能力である万物の変形による影響もあるということ。
影響を受けた人…ごめん、許して欲しい。
私はこいつらを殺さないといけないっ、)
「最初で最後の本気を見せてあげる」
読んで頂きありがとうございます!




