89話 「意思の覚醒」
「〜ということが、この国…ユーランシーが今まで他国に秘匿にしていたことの全てです。」
メアリー女王の視線の先には険しい顔をしながら頭を悩ませるアダル王がいる。
天恵のことを初めて聞いたのならばこの反応が普通だろうと思うのが基本なのだが、ある程度アダル王はそういうのをすぐ受け入れられるタイプかと思っていたがそうでは無いらしい。
「このことを今まで黙っていたことに関して…
怒っていらっしゃいますか?」
メアリー女王はアダル王の顔を覗き込むように心配そうに聞く。
「いや、怒ってなどおらん。
仮に俺がお主たちの立場なら 天恵 のことは同じように話そうとしなかっただろう。
ただ…」
アダル王は顔を上げて俺たちの顔を一通り見回した後にメアリー女王へと視線を戻す。
「当然、自国を守るというのが第1の優先事項であるお主にとっては考えるまでもない事だったかもしれぬが、もう少し他国の防衛のやりようはあったようにも思うな。」
「そこは私も考えたことはありました。
ですがユーランシーが他国のためにリスクを取ってまでするようなものかと考えるとそれもまた違うことだと思ったまでです。」
「…そうか。それは仕方の無いことか。」
「ご理解感謝します。」
「まだ色々と疑問に残ることはあるがまずは時間が無いのはお主らの方なのだろう。
話し合いを優先してくれて構わない。」
「お心遣い感謝申し上げます。」
「それでしたらここからは私が進めさせていただきますね。」
「お願いします、ミリィノさん。」
「はい。改めまして、お初にお目にかかります。
アダル王。
剣韻の意思者 カウセル・ミリィノと申します。
今から我々が話すべき内容は大きくわけて2つ。
1つは、スクリムシリ、天帝に対する対策。
もう1つが、 意思 に関して。」
「意思に関して?今更なにか話し合うことがあるとでも言うのか?」
「恐らく、それをいちばん詳しく理解していらっしゃるのはメアリー女王かと思われます。
先駆の意思者の末裔であるアシュリエル家…
またの名を 大陸の創造家
お願いしてもよろしいですか?」
「…やはり、話さなければいけない時が来ましたか。
お母様の仰る通りでしたね。」
メアリー女王は静かに席を立ち上がり口を開く。
「皆さんは 意思の覚醒 というものをご存知ですか?」
「それでしたら前にスタシアから…」
「はい、守恵者で唯一覚醒してらっしゃるのはスタシアさんだけです。」
「意思の覚醒…?」
「はい。意思は 思考力、判断力、独立する力があります。
それはどの意思であろうと変わりません。
剣韻であろうと結命であろうと契約であろうと。
つまり意思というのは本来、対話が可能な概念なんです。
今皆さんに宿っている 意思 はまだ皆さんと対話をしていないみたいですがそれは無理もありません。
意思の覚醒…意思が皆さんと対話を交えようとするのは皆さんが、意思が求める皆さんの力を大きく超えた時のみですから。」
「意思が求める俺たちの力、、そもそもその求められているものすら俺たちは何も!」
「意思には宿る条件というものがあるのです。
信念、決意、行動それら全てが意思の求めているものと合致した時に初めて意思が宿る。
分かりやすい例でスタシアさんと信愛の意思です。
信愛の意思の宿る条件として、”誰如何なる存在でも邪魔をすることも揺るがすことも出来ないほどの深い愛情を向けられる存在が居る人”と”一切の曇のない潔白の優しい心を持つ人”というのが条件です。
この2つの条件を満たすことによって信愛の意思が宿ることが出来ます。
私が精神的にやられてしまっていた時に唯一スタシアさんとまともに会話ができた理由はその優しい心を持つという条件をアシュリエル家の血が本能的に理解していたからです。」
「そういう…、、それでしたら、スタシアさんはどうやって意思の覚醒を、?」
「スタシアさんは想い人のために一刻も早くスクリムシリを殺したい。その想いによって毎日のように死にかけながらも天恵技術を磨いていました。
そうですよね?ディシさん」
「はい。毎日俺の屋敷に戻ってくる時は誰かしらに抱えられていました。
なんで生きていられるんだ?と思うほどの量しか天恵が残っておらず、正直何回かは覚悟することもありました。」
「…そのような生活を繰り返して1年と半年。
信愛の意思はスタシアさんの想い人に対する気持ちが想像以上のものだったと感じたのでしょう。
信愛の意思はスタシアさんに対話を許したのです。
そのことをスタシアさんは直ぐに私に報告してくれました。
ですが、スタシアさんの件含めて意思の覚醒のことを私の口から皆さんにお話すると少なからず皆さんに焦りが出てしまうかもしれないと思い、私はそれを内緒にしようと判断しました。
勝手な判断をお許しください」
「それに関してはメアリー女王のご判断が正しいです。
ひとつ疑問なのは 意思の覚醒 のメリットが知りたいです。」
「全てが違います」
「す、全て…?」
「全てとは具体的にどういう…?」
「言葉のままです。
意思の基本的な力、意志の力、サイナスの力、何もかもが格段に強化されます。
意思の覚醒とは言い換えるならば一心同体。
文字通り、意思と何もかもが繋がるということです。
意思を使用する際の天恵の流れが鼻で呼吸をするかのように不自由なく容易にできるようになるのです。
それに加えて意思によって変わりますが身体的能力値も大きく変わります。
自身の長所である部分を 意思 がさらに重複して力を底上げしてくれます。
これが 意思の覚醒 です。」
(今のメアリー女王の自信のある話し方と真っ直ぐな目。
恐らく全て事実なのだろう。
こんなメリットがあるならば今すぐにでも覚醒したいものだが恐らくそう簡単なものでは無い。
現にあんなに死にかけたスタシアでさえ1年と半年かかっているのだから。
それにメアリー女王はまだなにか隠している。)
「メアリー女王…俺たちにまだなにか隠していますよね?
話してください。」
「…先程も言った通り意思というのは1つの思考力を持った自我です。
それと一心同体になるということはつまり、人格が2つになってしまうということなんです。
意思との相性次第なのですが、意思にその気がなくても自分の人格が意思に負けてしまう可能性があるということです。」
「それって…どういう…?」
「体を意思に乗っ取られるということです。
つまり、形だけこの世に存在しているだけで人格は意思のものになります、、」
「っっ!!す、スタシアはっ!!スタシアはどうなんですか!!
もう覚醒してしまっているんですよね?」
「信愛の意思は宿り主に対してとても友好的な存在です。
宿り主に強固な精神力が無い限り対話をまずしようとしません。
ディシさんも知っているはずです…スタシアさんの強さを。」
「そう…ですか、、」
「つまりスタシアさんの中には現在2つの人格があるということですか?」
「そうです。」
「仮にスタシアの中に信愛の意思の人格があるとして…いる意味はあるのですか?
あいつは俺やディシが知る限り、努力によってあの天恵の技術力を手に入れました。
信愛の意思がいる必要は無いのでは?」
「スタシアさんは……あの子は…、まだ子供なんです。
それなのに私は最低なんですよ。
それが一番確実だからってスタシアさんに毎回毎回辛い任務を押し付けてしまっていた。
ミリィノさん、あなたが17や8の時にいくら悪い事をしたとはいえ、人を大勢殺せと言われたら出来ましたか?」
「いえ…出来ません、」
「スタシアさんも同じなんです。
そんな時にスタシアさんは信愛の意思の人格に変わってやってもらっていたんです。」
「「!!」」
「で、ですが、信愛の意思は友好的と…」
「それは宿り主に対して…詳しく言うならば宿り主と宿り主が友好的な人に対してのみにです。
スタシアさんが敵意を向けた相手に対して 信愛の意思 は友好的でもなんでもない。
ただの殺戮兵器です。」
部屋の全員が固唾を飲む。
メアリー女王が今までスタシアを重宝してきた理由がやっと理解した。
スタシアを敵に回したら 信愛 という止めようのない化け物を相手にすることになる。
「わかりましたか…皆さん。
意思の覚醒…これは私はメリットの方が大きいと考えます。
ですが、今から皆さんが本気で覚醒させようとしてもできない確率の方が高いです。
出来たとしてもこの中で1人いれば良いなくらいです。
それでも皆さん、天帝に勝つために懸けてくれませんか」
「俺は話を聞いた時からもう決めていました。
必ずご期待に応えてみせます」
「俺もです。」
「メアリー女王の頼みとあらば私も必ず。」
「っ!…ありがとうございます!」
「メアリー女王は天帝はどれほど覚醒していると読んでいますか?」
「天帝…これは完全な予測ですが全員が覚醒している可能性が高いです。
マレランさんから教えていただいた悪我の意思の力…
五感の低下と一つの五感を機能停止にする力。
それと縛毒の意思もそうです。
触れただけで命に関わるほどの毒、近距離だけでなく離れた場所から相手の天恵で位置を割り出して正確に攻撃する力。
どちらの意思もあまりにも強力すぎます。
これは覚醒していると考えるべきです。
そして空虚…これは間違いないです…お父さんが素手でやり合って追い詰められる相手。
そんなモノが存在するとしたら覚醒しているもののみです。
不確定なのは事象です。
全くと言って良いほど情報がありません。
警戒するべき相手です。」
「そうですか…ありがとうございます。」
「いえ。後で守恵者の3人には各々で宿る条件と私なりの覚醒の条件の予想などを伝えますがそれ以外に何かありますか?
内容でしたらお話する内容はこのくらいなのですが…」
「良いか?俺はずっとお主に助言してもらいたいことがあったのだ」
「助言…ですか?」
「ああ、カルメラで起こった件だ。」
アダル王はまだ詳しくを知らないメアリー女王に1つずつ丁寧にアーケア王が殺されたことと現場のことを話し伝える。
「…アーケア王が…壁や床に溶けた痕…戦闘の痕跡、」
メアリー女王は真剣な顔付きで考える様子を見せる。
「現場を見ていないため何も言えませんが、
我々が知っている者という可能性は低いと思われます。」
「やはりそうか。
すまなかったな無理な要求をして。」
「いえ、ですが何か心当たりがわかる可能性もあります。
もう少しユーランシーに滞在していただいてよろしいですか?」
「ああ、もちろんだ。感謝する、メアリー女王」
「お気になさらず。
ひとまず今回の会議はここまでにします。」
メアリー女王の言葉によって皆が解散する。
アンレグに指示を出し、アダル王とその護衛兵たちを宿屋まで案内するように言う。
ミリィノとアレルはメアリー女王に意思の件を聞いた後直ぐに自身の屋敷へと戻っていく。
俺も同様にメアリー女王に聞こうとすると先にメアリー女王が俺に質問してきた。
「マレランさんの天恵は動いておりませんよね?」
突然そんなことを言われ少し動揺する。
どうしていきなりマレラン?
「はい、問題はありません。」
「そうですか…ならばなぜ、、」
「どういう事でしょうか?」
「…申し訳ありませんが今はお話できません。
それよりも意思のことですよね。
結命の意思は…」
メアリー女王は珍しく何も教えることなくはっきりと断ってきた。
つまり事はそれほどまでに重大ということか。
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ユーランシーを発ってから一日半が過ぎた。
カルメラにはもうそろそろ着く。
ユーランシーとカルメラはめちゃくちゃ近いという訳では無い。
他の国の経路と比べて道に高低差が無いため馬の疲労が溜まりにくく、進むのも早い。
それに加えて私がバレない程度に馬の足の筋肉をより多く圧縮しているためさらにスピードが出る。
当然、まれに信愛での冷却が必要である。
そのため、三日ほどかかるところを倍の速さで進むことが出来ている。
「スタシア様、そろそろ着きます。カルメラ国に。
昨夜、私の元に手紙が届いたのですがカルメラの王であるアーケア王が何者かに殺されたみたいです。
そのため検問が少し厳しくなっているのでご理解とご協力をお願いしますとのことです。」
「分かりました。」
(アーケア王が…。以前、国王会議で見かけた時にそれなりに強い人だと感じたのだがそんな人が殺されたとなると少し気にするくらいはしておいた方が良いか…。
メアリー女王からの連絡は来ないだろう。
それは私の判断に任せるという意味だと分かっている。
少しだけ調べてみようかな。)
そんなことを思いながら私を乗せた馬車は検問に差しかかる。
読んでいただきありがとうございます!




