87話 「叱責」
「あなたを叱ってくれる人をお連れ致しました。」
その言葉に対してメアリー女王はなんの反応も示すことなく、ディシに向けていた生気のない目線を床に向ける。
「僕ではアビス師匠ほど…貴女のお父様ほどの…土台にはなれないです。
なりたかったですが、貴女と僕では無くなることのない大きな壁があります。
立場でも人間としても…です。
でも、この御方なら貴女を…支えられると、、そう確信しています。
どうかお話を聞いてあげてください。
失礼します。」
ディシはメアリー女王に背を向ける。
正面にはアレルが部屋から呼んできたアダル王がおり、その真っ直ぐ強い意志を宿している目はこの場で何よりも可能性のある人物だった。
「メアリー女王を…お願いします」
ディシはアダル王にそう伝えると部屋を出ていく。
部屋の前でディシは唇を噛み、悔しそうな表情を浮かべた。
本当なら自分がメアリー女王の心を救いたかった。
だが、それは叶わない事というのも自分が一番分かっていた。
長く長く仕えてきたディシでさえ、メアリー女王の心を開くことは出来なかった。
だが、アダル王ならば…同じ苦労を知り、同じ目線で、そして何よりも互いを同等と思い合い助け合ってきた二人ならばきっとこの現状を互いしてくれると信じた。
「ディシさん…気持ちは痛いほど分かります。
私も同性という立場からメアリー女王を支えてあげたかったです。
ですがメアリー女王は国のトップという立場。
仕方がない事なんです。」
「…そうだな。
今はアダル王を信じよう。二人は会議室に居てくれ。
俺は部屋の前で待っているから。」
「分かった。行くぞ、ミリィノ」
「はい、」
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(本当にメアリー女王なのか?
まるで生気が感じられない…前までの希望のあるあの目はどこにいったんだ。)
「メアリー女王よ…お主に何が起こったのかは理解している。
今がとても辛いというのも…立ち直ることの出来ないほどのダメージを身体にも心にも負ったのを理解しているつもりだ。
だが、お主には…」
「何がわかると言うのですか、、、
アダル王…貴方は大切な人が亡くなった経験はあるのですか?
無いですよね…あなたのお父様もお母様もご存命であり、裕福に暮らしている。
私は19で母を亡くしました。
どんどん弱っていく姿を見ながら、現実から目を背こうとしても次期女王という理由から勉強というものを強要され、現実を見させられてきました。
そんな私をずっと…ずっと支えてくれた唯一の存在である父が…お父さんが…亡くなったんです。
もう一度問います…貴方に何がわかると言うんですか!
この国に産まれたからにはいつ身近な者が亡くなってもそれを受け入れるしかありません!
でも!でも!お父さんは…私を庇って…勝てたはずなのに…死ぬことなんてなかったはずなのに…私を庇って死んでしまったんです。
それが…どれだけ辛いか…貴方に、何がわかるんですか、、」
「…すまなかった。
理解しているという言葉を軽率に使ったことも…
理解している気になっていたことも詫びよう。」
「詫びる気持ちがあるならほっておいてください。」
「それはできない。
お主には守るべき民や国があるはずだ。
ユーランシーの王としてやるべきことがあるはずだ」
「もうどうでもいいんです。
民の平穏も…ユーランシーの未来も…スクリムシリの殲滅も…」
「っ!!どうでもいいとはどういうことだ!
それが一国の王としてあるべき姿なのか!
どうしてそんな考えになってしまったんだ!
俺の知っているメアリー女王は…何よりも民を優先する心優しい人だったはずなのに…」
「その民に…私は裏切られたんですよ。」
「!?」
「襲撃者に命を乞うために私の居場所を売ったんです。
可笑しいですよね…私は身近にいる民も…そうでない民ともずっと信頼関係ができているとばかり思っていました。
お互いを尊重しあっているとばかり思っていました。
自意識過剰なのは理解していますが民の皆さんは私を慕っているとばかり思っていました。
だから…だからっ!!ここまで頑張ってこれたのに…
やりたいことを全て我慢して頑張ってきた結果がこれなんですよ…もう…可笑しくて笑ってしまいますよねっ、、」
メアリー女王の目からは涙が地面に一雫…また一雫と落ちていく。
「私は…何を信頼したらいいんですか。
大切な人はもう居ないのに…何を生きがいにして…何を糧に頑張っていけばいいんですか!
教えてください…アダル王」
「お主にはまだ慕ってくれる者たちがいる。
部屋の前でメアリー女王を頼むと言われたばかりだ。
国王会議の度に護衛をしている者たちはずっとお主を信頼しているからここまで着いてきてくれたのでは無いのか、?」
「信頼というのは築くのに時間をかけるのに壊れるのは一瞬なんですよ。
それは貴方もよく理解していますよね。
私はもう…民を信頼なんてしない。
それが私に長年仕えてきてくれた人でも…私に高い忠誠心を向けてくれる人でも…その考えを変えるつもりなんてありません…」
(完全に心が壊されている)
俺はザブレーサの王になってから色々な悪人を見てきた。
俺を暗殺しようとした者、盗みを働いた者、人を殺めた者。
そのいずれの者、全員が刑罰を受けた際に命乞いをし、心を入れ替えると言っている。
そして俺は寛容にもそれを信じてきた。
最初はそんな言葉を受け入れたのは気まぐれであった。
だが、刑罰を直前にまで控えたことのある者はその恐怖を理解しているがために本当に心を入れ替えたのだ。
だから、俺は相手が罪人であろうと言葉に耳を傾けるようにしてできるだけ罪を軽くするような努力をしてきた。
どんな罪人にも悪人にも過ちを理解させ、生まれ変わることが出来ると思ったからだ。
だが、そんな悪人や罪人なんかよりもずっと…心を入れ替えさせるのが難しい者たちもいる。
何もかもに絶望し、生きる気力を完全に無くしている心が壊れている者だ。
どれだけ説得しようとも、どれだけの人から必要とされても、どれだけの恐怖を与えて生きるように脅しても…全くその目は変わらなかった。
メアリー女王は当然、罪人でも悪人でも無い…むしろ
同じ人間とは思えないほどの善人だ。
心の壊れている善人はどんな生物よりも心を救うのが難しい。
それが他者からの裏切りならば尚更…
「なら…信頼なんてしなくていい」
「、、え?」
「信頼なんて誰もしてくれと言っていないだろう。
お前が勝手にしているだけだ。
それなのにお前の思い込みの信頼関係を壊された程度で誰も信頼しないなんて言う脆い心を持っているなら最初から信頼などするな。
俺が慰めの言葉をかけると思ったか?
また立ち上がって誰かを信頼できるように力を貸してあげると思ったか?
甘えるな…甘えるなっ!!」
声を荒らげるアダル王にメアリー女王は体をビクッとさせる。
「ユーランシーの歴史はこの大陸でも長い…その歴史が伝説の物語と言われるほどに長い。
だが、そんなユーランシーの長い歴史の中でたかだか数十年しか王をできないであろうお前が心を壊していて…
お前が信頼していた父親が…母親が…それを望んでいるのか?
お前の両親が…先祖が残してくれた物をお前が無下にするのか?
ふざけるな!!
国の歴史はその国の民の在り方だ!
俺たちは国の王であり、民の在り方を示す立場なんだよ!
その責任から逃れるな!
信頼?信用?安心?平穏?そんなものを一丁前に語るなよクソガキが。
そういうものを語れるのはな…この世に誰もいやしないんだよ。」
「いつもいつもいつもいつも責任責任責任って!
私がどうして責任なんて負わないといけないの!!
どうして私なの!どうして私がこんなに苦労をしないといけないの!
ご飯を食べている時も、お風呂に浸かっている時も、仕事をしている時も、ため息、散歩、談笑、
そして…両親を失った時も…どうして私が民の命を背負うという責任を負わないといけないの。
どうしてなの…私はそんなの望んでなんていない。
母やお祖母様…さらにその前の先祖の方々が残したものを私で途絶えてはいけないという責任を感じて必死にもがいてしがみついて、怖い人しかいない国王会議にも、目の前に立つだけで緊張してしまう各国の王との対談も我慢してきた。
でももう我慢なんてできない!
責任ってなんなの!責任なんて結局は自分ができないことを他の人に押付けているだけなの!!
そんなのを耐えろなんて…無責任だよ…」
ここまで感情的に、自分の考えを表に出すメアリー女王を見たのは初めての事だった。
(どうして責任を負わないといけないのか…か。
確かにな…俺だってそう思ったことは何回もある。
何度もその責任から逃げたくなった。)
「それが俺たち王族の運命だからだ。
アシュリエル家もアダル家も…バルタ家も…各国の王は皆、自分で王族を望んだ訳では無い。
皆そうなんだよ。
この世に生きているみんな…今の自分を望んだ訳では無い。
それを偶然というのも必然というのも構わない。
だが、たまたまその選択肢が現れたからその中からなりたい自分というのも見つけ、そして最終的にそれを望んだという結論に至っているだけだ。
だが、俺達にはその選択肢すらも現れない。
ならばそれをどういう風に言うか…それが運命なんだよ。
俺たちは…その決まった人生で生きていかないといけないんだ。」
「そんなの…分かっています。
分かっているけど…それなら私たちは幸せすら望んではいけないのですか?
友達が出来て…遊びに行って…好きな服でオシャレをして…好きな人が出来て…恋人になって…結婚して…子供出来て…子供が成長していくのを見ながら好きな人と一緒に歳をとって…なんの悔いもなく生涯を全うする。
そんな権利すら無いのですか…?
いつも私の身近の人達に言っているんです。
立場など気にせず砕けた接し方をして欲しいと。
でも…皆さんは私の立場だけを見てそれを拒否する。
ずっと分からなかったんですよ。
凄いのはお母様達なのにどうして私を敬うのか…
ディシさんも…ミリィノさんも…アレルさんも…スタシアさんも…どうして私を敬ってくれるのか分からなかった。
私は別に…敬ってなんか欲しくないのに…ただ普通の人として接して…辛い時は普通の友達みたいに寄り添って欲しいだけなのに。
私は結局…普通の人になりたかっただけなんです。
この願いは…傲慢なんですか?」
涙声になり、先程と同様に涙を流すメアリー女王にアダル王は静かに近づき床に片膝を着け、メアリー女王と同じ目線の高さになり目をまっすぐ力強く見つめながら言う。
「ああ、それは傲慢だ…俺たちの運命を正面から否定することと同義だ。」
メアリー女王はその発言に落胆する。
心のどこかでこの人は私を救ってくれる…こんなわがままを、受け入れてくれるのでは無いかと思っていた。
だがそんな事は無駄な期待だった。
そう思った…
「だが、その傲慢を俺が叶えさせてやる。
貴女が言う普通の生活というのを俺が必ず…叶えさせてみせる。
普通の友達も、恋人も、友達として支え合う関係も、俺が全てできる環境にする。
だから、最後で良い。
あと一回だけ…頼ってくれないか?
怖いかもしれない…体が拒絶をするかもしれない。
だけどそれを乗り越える覚悟を俺としてくれないか?
お願いだ…メアリー女王。
貴女の力が必要なんだ」
「で、でも…私はこんなに心が弱くて…」
「だから俺がいる」
「またすぐに嫌になっちゃうかもしれない…」
「また同じように俺に吐き出してくれ」
「感情的になって…アダル王を傷つけるような…言葉を…」
「受け入れる。全部受けいれた上で貴女という一人の女性として接する。」
「どう…して、、?そこまでして…くれるの?」
「貴女は俺が王に就いてからずっと…憧れの存在だからだ。
王に就いてから右も左も分からない俺に、同じく王に就いたばかり貴女は手を差し伸べてくれた。
それにどれだけ救われたか…どれだけ温かったか…
だから、返させて欲しい。
俺に道を示してくれた貴女に、次は俺が道を示させて欲しい。」
「あぁ、…ああぁあぁあああぁぁあっっ!!」
メアリー女王はアダル王の胸部分の服を掴み、顔を埋め、泣き叫ぶ。
先程のように感情的に…だが、先程と違い負の感情なんかではなかった。
人が成長をする時に見せる熱く、希望のある感情。
そんなメアリー女王をアダル王は優しく抱きしめる。
何も言葉はかけない。
ただメアリー女王が気持ちを落ち着くまで静かにその体を支えてあげる。
「落ち着いたか?」
「…はい。ありがとうございます」
メアリー女王は目元を赤くし、鼻をすすりながら、
立って手を差し伸べるアダル王の手をそっと取る。
そして立ち上がる。
メアリー女王の目にはいつも通り…いや、いつも以上に強く、真っ直ぐとした希望に満ちた目。
二人はドアを開けるとディシが立っていた。
その目は心配に満ちた顔だった。
「ディシさん…ご迷惑をおかけしてすみません。」
メアリー女王の謝罪にディシは目に涙を浮かべながらも、グッとこらえる表情をし、笑顔を作る。
「おかえりなさい!」
ディシの心からの喜びを感じたメアリー女王は笑顔を作った後、真剣な顔付きになる。
「それでは行きましょう。スクリムシリに勝つ為に。」
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