幸運な事故
第34章
ジョルジョは聖ヨセフ教会での毎朝の礼拝のあと必ず、チャオプラヤー川の川岸にたって、船の入港を待つのが日課になっていました。気になる朱印船が対岸の日本人村の前に着くと、わざわざ渡し船に乗って対岸まで渡ることもありました。
そのうち、対岸から朝のミサに参列しに来る日本人信徒たちにも、いろいろ聞いて回るようになり、その様子を見たマテオはさすがに一言注意したのです。
「パオロ殿がポルトガルの船でくるか和船で来るかはわからないが、大量の積荷を持ってこられるはずだから、かなり大型船のはずだ。入港したらすぐわかるだろう。フラ・ジョルジョ、日本人信徒たちに余計な迷惑をかけてはいけないことはわかっているだろう?」
「申し訳ございません。ただすでに北東から南西へ吹くモンスーンの季節になってしまいました。荷物をマラッカに届けるなら、もう到着されても当然の時期なのに。何かあったのでしょうか?」
「マラッカ海峡行きの追い風の季節は、3月ごろまで続くから、まだ充分に時間的余裕はある。商売のことは私にはわからないが、きっと何か慎重に対応しているのだろう。私たちも最新の情勢をパオロ殿から伺わないと、今後の宣教活動の方針が立たないが、我々がいまできることは、パオロ殿を信用して待つことしかない。」
それからひと月が経過しても、いっこうにパオロはアユタヤに現れず、さすがにマテオも気が気でなくなってきたころ、ある日の昼過ぎに朱印船が日本村側の桟橋に着岸したのです。そしてちょうど昼餉を済ませたところだったマテオたちのところに、一人の見知らぬ日本人の男が尋ねてきたのです。彼は宇久氏の家来だと名乗り、五島の福江の港から依頼された荷を運んできたと言いました。
マテオは詳しい話を聞くために、慌てて倉庫の片付けをしていたジョルジョを呼び出します。
倉庫から飛んできたジョルジョは、その男の姿を見た瞬間、ひどく重苦しく不安な気持ちに襲われたのでした。その態度、雰囲気、顔つきから、明らかに不吉な話を持ってきたに違いないと覚悟したのです。
「パオロ殿の乗っていた朱印船が突然爆発炎上し、積んでいた荷と一緒にあっという間に沈没してしまいました…。」
*****
二ヶ月後、宇久氏の居城では、アユタヤまでパオロと一緒に向かった家来の一人が、当主の純定に詳細な報告をしていました。
「それで、アユタヤではマラッカ総督に会うことはできたのか?」
「総督の代理だというポルトガル人に面会し、荷物を引き渡しました。代金はマテオという修道会の人間が保管することになったようです。」
「パオロ殿が乗った船だけ爆発した原因はわかったのか?」
「高盛殿から仕入れた鉄砲は福江の港に入港し、荷揚げするまでは問題はなかったようです。おそらく高盛が手配してくれた取り扱いに慣れた人足たちが協力してくれたので、何の支障も無く作業が進んだのでしょう。しかし福江の港で荷揚げ後、アユタヤ行きの適当なポルトガル船をすぐに見つけることができず、鉄砲の入った木箱はしばらくの間、雨の吹き込む仮置き場で雨ざらしになっていたようです。そして二隻の朱印船に荷物を分けて積載することができたとき、鉄砲と硝石とともに、慌てて火薬も一緒に積み込んでしまったのでしょう。我々も荷の中に火薬が存在していたことは聞いておりませんでした。」
「粉塵爆発か?」
「おそらく。出港時は風にも天候にも恵まれ、二隻の船は順調に出帆したのですが、パオロ殿の乗った船のほうが吃水の浅い高速船だったため、やや先行する形で航行を続けていました。ところが航海を始めてわずか三日目、ひどい時化にあったのです。海上で船内が激しく揺れて火薬を入れた木箱が破損し、漏れ出した火薬の微粒子が船倉内に充満した状態となり、積み込んだ鉄砲が振動でこすれ合うことで火花が発生し、それが火種となって引火、粉塵爆発を起こしてしまったのでしょう。」
「なぜ火薬を鉄砲と一緒に運んだのだ。」
「取り扱いに詳しい荷役がいなかったのでしょう。そもそもの危険性をパオロ殿が把握していなかったのではないかと思います。私たちが乗った朱印船に積んだ荷は鉄砲と硝石、それに紅珊瑚でしたので、特に問題はありませんでした。」
「彼らしからぬ失態だな。わかった。この事故は正式に私から高盛殿にお伝えするが、詳細は一切口外しないように。」
「畏まりました。」
報告させた家来を下がらせてから、純定はしばらく一人で考え込んだあと、右筆を呼んで手紙を口述筆記させ、一番早い飛船で王直に届けるように、と命じました。
朱印船の爆発事故の話は、すぐに福江やアユタヤを行き交う各国の交易商人、貿易船の乗組員を通じて各地に広がりましたが、誰が事故を起こしたか、誰が犠牲になったのか、ということはすぐに忘れられ、どうすればそのような事故を二度と起こさないで済むのか、という情報が広く伝播されていきました。各国の貿易商人たちにとっては、「火薬」運搬の危険性と取り扱い方法についての情報が何より重要だったのです。
そして純定からの手紙を受け取った翌月、王直は再び福江に戻ってきました。そして純定に会うなり、開口一番、言いました。
「そなたの言う通りだな。今回の爆発事故は、パオロにとっても幸運な事故だった違いない。」




