高盛と純定
第32章
その日、アユタヤのポルトガル人村では、アランが派遣した大型船が到着する準備で修道士たちが礼拝堂の敷地にある賓客滞在用の宿舎内の大掃除をしていました。
「フラ・ジョルジョ、アラン殿の代理の方のお部屋の準備は大丈夫ですか? 早ければ2,3日中には港に到着するはずです。」
修道士見習いから、正式の修道士となったばかりのジョルジョは、マテオからフラ(修道士)と話しかけられ、誇らしい気持ちで一杯になりました。
どこの修道会よりも正式な会員になるまでの養成機関が長く、さらに高度な神学といった学問を修める修練期間が長いという決まりをもつマテオ達創設の修道会でしたが、見習いの段階から東方の果ての国まで行って宣教活動に従事してきたジョルジョは、たぐいまれな修練活動として評価され、特例として終生誓願をたてることを許されたのでした。
「はい、整っております。お付きの方の部屋も明日には整います。ただ、パオロ殿の船がやってくる前に部屋の増設を急がないと、お泊まりなる場所が足りません。」
「彼がここに来るのはあとひと月以上先の話になるだろうから、何とか間に合うのではないかな。パオロ殿の商談が早く進めば、もしかしたら彼自身が手配した船でやってくる可能性もあるが、それはなかなか難しいだろうな。あなたが早くパオロ殿に会いたい気持ちはわかるが。」
「マラッカから到着する荷物と、パオロ殿が運んできた荷物を積み替えるのでしたね。荷を一時保管する倉庫の整理は大丈夫なのでしょうか?」
「アラン殿から届いた手紙によれば、それはここのポルトガル商館長が手配してくれているとのことだ。」
「パオロ殿の到着を待って、我々も一緒にマラッカに戻ることになるのでしょうか。」
「追放令を受けたことの経緯はひと月以上前に快速船に託してアラン殿には報告済みだ。おそらくまもなくいらっしゃる代理の方から、今後の活動についてアラン殿のご意向を伺うことができるだろうから、その内容次第だ。ただし、我々はポルトガル王のご支援を受けてはいるが、教皇様に服従している身。いずれ誰かがローマに戻り、ここでの状況を教皇様に直接ご報告申し上げなければならない。」
「パオロ殿もいずれヴェネツィアに戻られるのでしょうか?」
「妻子を置いてこられたのだから、いずれは戻るのではないかな。さ、おしゃべりはこのくらいにして、作業にもどりなさい。」
*****
「人足に身をやつしてここまでいらっしゃるとは、驚きましたな、高盛殿」
「いえ、私も一度は、大変栄えているという福江の港を、自分の目で確かめたいと思っておりましたので。伊都のこともございますし。何より、消息文とのやりとりだけでは、純定殿との信頼関係を築くことは難しいと考えておりましたので。」
パオロがアユタヤへ向かったのと入れ替わるタイミングで、高盛が密かに宇久氏の居城にやっていて、当主の純定に内密に会いにきたのでした。
「高盛殿、ご安心ください、伊都殿は信徒たちに守られて、平穏無事に過ごされておりますよ。」
「そのようですね。こちらに登城する前に、会ってきました。健康そうで何よりです。ただ、まだ安定期ではないので、もうしばらくこちらにお邪魔させていたこうかと考えております。」
「なるほど、それでこの銀を用意されたのですか。しかし、高盛殿、わざわざ福江までご足労いただいたというのは、お話はそれだけではないでしょう?」
「いかにも。我々のこれからの関係について、前向きにお話をしたく。」
「…お続けください。」
「上様が朝廷から関白という地位を授かったことはご承知されているとは存じますが、近いうちに上様は惣無事令を発布されるようです。」
「惣無事令、ですか。」
「大名間の争いや自力救済、同盟などは許さず、それぞれの領主が自由に行っていた交易や裁判権など、上様はすべて支配下に置こうとなさるおつもりです。」
「それはまた、上様も性急なことで。高盛殿との商取引も、今後は上様の了解が必要になるということですな。まあ上様はお許しにならないだろうが。各地の大名が命令に素直に従うという目算が、上様にあるのですかな。」
「私の状況判断は、おそらく純定殿の思料されていることと同じだと存じます。」
「では、一緒に抜け道を探すとしましょうか。」
「私にひとつ考えがあるのですが。」
「伺いましょう。」
「我々の間を取り持つ人物を挟めば、目くらましになるのでは。上様の臣下でもない、服従する必要のない、しかし上様にとっては必要な人物。そして我々とも取引上相互依存関係を持ち、ある程度信頼できる商売人を。」
「そんな都合のよい人物が…ああ、なるほど。」
「もしも上様から何か謀反の追求を受けたとしても、申し開きの際、彼の咎にしてしまえば時間稼ぎもできるでしょう。」
純定がしばらく考えている間、高盛は目の前に出されていた茶碗から悠然と一口飲み、純定に王直との関係をどう聞き出そうかと考えていると、純定のほうから口を開いてくれたのです。
「彼はいま、王直殿に誘われてポルトガル王の支援から独立することを検討しているはずです。今回のアユタヤ行きの商船も、吃水に余裕のある大型商船をなかなか手配できず、私が手を回して、何とか知り合いの商船二隻に荷を分けて運ぶことになりましたが、そのときも『王直殿がいま福江に滞在していたら、すぐに船を貸し出してもらえたに違いない』と嘆いていましたよ。」
「ほう、そうでしたか。すでに王直殿ともそこまでの関係を築いていたのですか。」
純定と話を続けながら、高盛はパオロが想定以上に“使える駒”であることがわかったことで、頭の中ではもう、今度は左近景永との関係について、次の一手を考え始めていたのです。




