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福江到着

第24章

 翌朝、伊都が船内で目を覚ますと、船室にとよが粥を運んできたところでした。

 「お目覚めですか。昨日は何もお口にされなかったので、少しでもお腹に入れませんと、お体が持ちません。」

 「ありがとう。昨晩は眠ることができたので、今朝は少し気分がいいわ。」

 「それはよろしゅうございました。昨晩は夜半過ぎまでずっとパオロ様がそばについていてくださったのですよ。」

 「とよ、あなたが彼に話してしまったのね。」

 「お許しくださいませ。いまはまだご無理は禁物でございます。保護してくださる方には事情をお話しておきませんと、もしも流れてしまったりしたら、どうなさるのですか。とよはもう心配で心配で…。」

 話しながら涙声になりかけてしまったとよ。


 「わかりました。もう知られてしまったのなら、仕方ないわね。でもあくまで子の父親は…」

 「わかっております。」

 「では、とよの言いつけどおり、その粥を少しいただくわ。」


 伊都が粥を口にしていると「入ってよろしいでしょうか?」と聞くジョルジョの声がしました。 

 通訳として伊都とジョルジョの交渉の場にいたジョルジョは、伊都が口走ってしまった妊娠のことをずっとパオロに話せず秘密を抱えていたのが、昨晩パオロから打ち明けられたことで、少しほっとした様子でした。そして伊都の体調を気遣い、手が必要になったときはいつでも呼んでください、と嬉しそうに言ってくれたのです。

 とよも、この国の言葉を巧みに話すジョルジョがすっかりお気に入りのようで、早速必要なものをあれこれ頼んでいました。


 「伊都さま、今朝のお祈りのあと、マテオ様から説明があり、修道士の方々も伊都様が妊娠されていることはすでにご存じです。伊都さまのご負担を少しでも軽くするために、皆で船長に交渉して、どこにも立ち寄らずに五島の港まで行くことになりましたので、明日中には到着予定だそうです。

 島民の方々は熱心な信徒ですし、我々からも直接、伊都さまのこと、お話してお願いします。金銭的な援助はパオロ殿からもございますので、肩身が狭くなるようなこともないかと思います。どうぞご安心ください」


 今まで伊都は自分の力で、自分の意思で、自分の道を切り開いてきたという自負がありましたが、こんなことになりはじめて、いかに周りに助けられて生きていたのだと思い知ったのです。

 そして、とりあえず今は、自分の身の安全を確保しなければ、そしていずれ、助けてくれた人々の恩に報いなければ、と心に誓ったのでした。


 ******


 翌日、船は福江の港に到着し、飲料などの積み込み作業のために、2,3日停泊することになったので、修道会の一行とパオロ、そして伊都たちは、島の一番大きな礼拝所に向かいました。


 礼拝所では、修道会の一行が来たことで信徒たちが続々と集まってきたので、マテオが事情を説明しました。そしてここの領主である宇久氏に迷惑をかけないために事情が落ち着くまでしばらくの間アユタヤに退避するが、交易船を通じて連絡と支援は続けること、司祭が不在となるため、やむを得ずミサを行うことができなくなるが、それぞれが毎日聖書を読んだり、ロザリオの祈りを捧げたり神に感謝をするように、と話したのです。


 動揺する信徒達の様子に、マテオは心苦しくなったのですが、どうしようもありません。不安そうな顔つきの信徒たちでざわついてしまった礼拝堂で、少し躊躇しながらも、マテオは大声で伊都を紹介し、妊娠中の彼女を保護してもらうことを何とかお願いしようとしたとき、ある信徒の少女が叫んだのでした。


 「マリア様だ! 聖母マリア様とおんなじだ! 私たちのマリア様!」


 この瞬間から伊都は、マリア様、と呼ばれるようになったのでした。


******


 伊都ととよが、島民の厚意で、滞在する家に落ち着いた頃、パオロとマテオはアユタヤ人の通辞とともに乗ってきた船の船長と話し合っていました。


 「ちょうどアユタヤ行きのポルトガルの高速船が明日か明後日には出るそうだ。我々の船はこの後、各地の港を経由していく予定だから、宣教師の方々は、急いでいるならそちらに乗り換えたほうが良い。パオロ殿はしばらくここに滞在するのでしたね。」

 「はい、宇久氏にご挨拶したいと考えておりますし、商売のことで、こちらの島民とも打ち合わせしたいことがありますので。」

 「やはり今、王直殿が、ここに来ているそうだ。港に停泊していた一番大きな船、ご覧になったでしょう? あれが五峰船主、王直殿の船だ。商人だったら、彼と知り合って損はない。宇久氏と懇意にされていますから、希望されればご紹介くださると思いますよ。」

 

 アランも一目置いていた倭寇の王直。強大な私設艦隊を率いて明、日本、東南アジアを結ぶ密貿易ルートを築き、密貿易商人のトップであり、当時の東アジアの海を支配した王のような存在。

 船長の話を聞き、パオロは翌日に早速、宇久氏の居城に行くことにしたのです。

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