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交渉役 その3

第19章

 パオロは伊都との取引交渉から戻り、その日は疲れたのか夕食もとらず、自分の宿舎で早々に床についてしまいました。翌朝、周りが何やら騒然としている物音で目が覚め、近くにある礼拝所に向かうと、何やら手に荷物をかかえた修道士たちが走りまわっていました。

 ちょうど礼拝所に駆け込もうとしていたジョルジョを捕まえて事情を聞くと、「数日中にここの礼拝所と宣教師たちが住む建物の取り壊しがあるのではないか、という情報が入ってきたのだというのです。


 「え? 義彰殿が亡くなられても、上様は親族がこの国を継ぐことを正式に認めたのだろう? この国からは退避しなくて良くなったのではなかったのか?」

 「詳しいことは私には。マテオ修道士を呼んで参りますので、少々お待ちください。」


 マテオが説明するには、上様から各地からなかなか宣教師たちが去らない現状に、各領主たちにきつくおとがめがあったらしく、この国の城主となった昌義殿が慌ててマテオたちに正式に退去を求めてきたのだと。


 「ご自身がキリシタンであられた義彰殿でしたら、何とか上様と交渉してくださったかもしれませんが、昌義殿はそうではありませんでしたから。幸いなことに、3日後に出航するアユタヤ行きの船に乗れることとなりました。そこであれば、ポルトガル村の商館のお世話にもなれますし、マラッカ行きの船を見つけることができるでしょう。」

 「しかしもう春も半ば。マラッカに向かう季節風の時期は過ぎてしまっているぞ。」

 「ええ、そうなのです。おそらくアユタヤで半年ほど滞在することになるかもしれませんが、その間にここの状況が変化するとも限りません。今は一旦、この礼拝所は閉じて退避することで修道会内の意見が一致しました。修道士が全員いなくなれば、昌義殿の面目も立つでしょうし。パオロ殿は商人ですから、宿舎に滞在されていても問題ないかと存じます。上様とのお取引を計画されていらっしゃるでしょうし、そこは上様との関係性を維持するためにも、昌義殿は望んでいらっしゃるかと。」

 「そうなのだが・・・」

 「通辞は我々と一緒にアユタヤに向かいますが、その代わり、先日アユタヤから入港した船に、この国の言葉もポルトガル語もネーデルランドの言葉も話せるという、生まれも育ちもアユタヤ人の若者が商人たちと一緒に同乗していました。知り合いであった我々の通辞を頼って雇い主を探しにこの国に来たそうなので。よろしければご紹介しましょうか。」

 「それはありがたい。まだまだ難なく交渉できるほどの語学力はないから大変助かる。」

 「わかりました。ちょうど今、我々の通辞とともに市場に行っていますから、戻り次第ご紹介しましょう。」

 

 その日の昼、片付け作業のせいでやや雑然としていた食堂内で、マテオと通辞、そして通辞の知り合いのアユタヤ人と4人で昼食をとっていると、ジョルジョが伊都の来訪を告げたのです。


 昨日書いた証文の件だな、と思ったパオロは、丁度良い機会だからとアユタヤ人に残ってもらい、修道会のささやかな客間を小一時間貸して欲しい、とマテオに頼んだのでした。

 伊都が客間に入ってくると、もう一人、伊都の下男らしい風情の壮年の男性が一緒だったので、パオロは面くらいました。伊都も見たことのない若い男性がパオロの側にいたので、少し驚いたようでした。

 

 「伊都殿、こちらは新しい通辞です。アユタヤで育ち、あなた方の言葉、私たちの言葉だけでなく、ネーデルランドという別の国の言葉も達者です。そちらの男性は…」

 「はい、高盛殿です。義彰殿が大変信頼されていた近侍のお一人です。」

 「え?」

 そのとき、質素な風貌をし、やや腰をかがめていたその男性が、すっと背筋を伸ばして口を開きました。

 「パオロ殿、はじめてお目もじいたします。以後お見知りおきを。」

 その落ち着いた胆力を感じさせる話しぶりに、パオロは昨日の伊都の交渉の黒幕が彼だったことを即座に理解したのでした。


 「パオロ殿、すぐ話に入ってよろしいでしょうか? こちらが花押入りの証文です。一通はパオロ殿にて保管くださいませ。上様とのお取引がつつがなく進みますことを願っております。」

 「伊都殿、できるだけ早く上様との商談を成立させるために、ぜひお伺いしたいのですが、上様が鉄砲のほかに、特に興味をひかれる物産を何かご存じでしょうか。」

 「そうですね、高盛殿のほうが、上様と面識が深くていらっしゃいますでしょう。」

 さりげなく伊都が高盛に話を振ると、高盛は明解な口調で話しました。

 「上様は非常に合理的にものをお考えになる方ではありますので、鉄砲の火薬として使う良質な硝石は、鉄砲そのものと同じくらい所望されるでしょう。それと、見た目も派手で豪華なものは大変お好きな方です。例えば、美しい刺繍が施されたカッパとか。」

 「カッパ?」

 思わずパオロが聞き返すと、アユタヤ人の通辞は「パオロ殿、カパ、厚手の外套のことです。」と説明を差し込みました。

 「あと、チンタの在庫はございますかな。」と高盛

 「パオロ殿、ヴィニョ・ティントのことでございます。」と通辞。

 「そう、あの赤い南蛮酒が、上様は特にお好きですな。」

 「なるほど、貴重な情報提供に感謝する、高盛殿。赤ワインなら、まだ数箱は残っているはずだ。」

 「パオロ殿、率直に申し上げますが、仮に上様は鉄砲も硝石も酒も、何もかもすべてお買い上げされたとしても、その金額は我々への支払いには少し足りないのではないですか?」

 

 上様に売る鉄砲と硝石、酒などの数量を頭の中で計算をしていたパオロは、痛いところを突かれました。義彰が鋳造させた鉄砲の数は、パオロが上様に売ろうとしているものの倍の量だったのです。足下を見られたと感じたパオロでしたが、アランの信頼を得るために、ここはいち早く商談を成立させたかったのです。


 「高盛殿、まだ価格と納期について最終的に合意しておりませんでしたね。これからも取引を行うということであれば、今回は一部を掛け買わせていただくという可能性もご検討願えませんか? 次回はさらに多くのものを購入させていただくという条件で、昌義殿のご理解を得ることはできないでしょうか。」


 今や、交渉役は伊都ではなく、高盛になっていました。


 「なるほど、パオロ殿、条件交渉ですか。それならば、こちらからもご提案があるのですが。」

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