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交渉役

第14章

 義彰戦死の第一報のあと、礼拝所では連日修道士が集まって対策を討議していましたが、なかなか意見統一できず、マラッカに戻った総督のアランに急使を送って見解を待つことになりました。


 そんななか、礼拝所に伊都の屋敷の顔なじみの下女が、ジョルジョを尋ねてやってきました。手にはパオロ宛の伊都からの手紙。ただ、表書きに書かれたその字は、伊都のものとは思えない、拙い文字でした。

 「もしかして誰かに代筆させたのかな?」

 そう思ったジョルジョに、下女は、これは主人が書いたものだから信じてほしい、と何度も必死に訴えたのです。


 ジョルジョから手紙を受け取ったパオロは、ジョルジョの目の前ですぐに手紙を読み、明日朝一番に、伊都の屋敷に同行してくれないか、と頼みました。

 「パオロ様、失礼ながら手紙には、何と?」

 「今後のことで相談があるから、できるだけ早く屋敷まで来て欲しい、と。それだけだ。」


 翌日、ジョルジョはマテオの了解をとり、パオロとともに伊都の屋敷を尋ねると、客間の床の間には桜の枝が飾られ、何か覚悟を決めた様子の凜とした表情の伊都が静かに座っていたのです。失った右手を隠そうともせずに。


 その堂々とした姿にパオロは少し安心し、パオロからの身体を気遣う言葉と、義彰の訃報へのお悔やみの言葉に応えた礼の言葉に続いて、伊都はゆっくりと話し出しました。


 右手を失い、絶望していたが、義彰の戦死の報に頬をぶたれたような思い。なんとかして生きなくては、と覚悟を決め、左手で字を書けるように必死の練習を始めた、と。この先の人生は続く。いずれまたどこかの領主に右筆として仕えることを決意した。誰に仕えようと、自分の知見を活かして生かしていかなくては。だから改めてお稽古を再開させて欲しい、と。


 『この女性は、なんと強い精神を持っているのだろう。書記という仕事の最大の武器である利き手を失うという致命的な痛手、仕えていて主人を失うという人生最大の逆境を乗り越えようとしている。』

 微笑みながらも、恐ろしいほど落ち着いて話す伊都に圧倒されるパオロ。そしてそのパオロの目を見て、伊都は言葉を続けました。


 「私は生き延びねばなりません。私だけの命だけではなくなったので。新しい命を授かりました。」

 「それは、義彰様の・・・それともパオロ・・・」

パオロに通訳する前に、ジョルジョは思わずそう伊都に質問してしまいました。

 「ジョルジョ、それは、今は訳さなくていいわ。それより、パオロ殿あてに、ひとつ大事な遺言がございます。義彰様から商売のことで。」



 実はパオロは、アランがマラッカに戻る前に、“義彰が作らせた新式のマスケット銃の模倣品を買い取ってマラッカまで運べ”という命令をアランから受けていました。この島国の製鉄技術、職人の技術をすぐに見抜いていたアランは、おそらく義彰配下の職人は手本としている銃よりも精巧な造りのものを短期間で作ってしまうだろう推測していました。近い将来の明への侵攻のために、日本での武器調達を本格的に開始しようとしていたのです。


 ところが、伊都が言うには、このアランの策略をとうに義彰は見抜いていて、さらなる試作まで行っていたのだと。

 「最新の鉄砲があっても、火薬がなければ、まさに無用の長物でしょう? でもこの国には天然の硝石鉱山は見つかっていません。いつまでも輸入に頼っていては片手落ちだと、義彰様は硝石までも自給自足しようと配下の職人集団に製造を命じていていたのです。」


 『見抜かれていた』とパオロは焦りを感じました。

 まさに硝石と交換で日本製の銃を仕入れようとアランと相談して決めていたからです。

 さらに紅珊瑚の採掘権も、五島列島の領主の宇久氏との交渉では硝石で支払うことのなっていたこともあり、もしこの国で硝石の製造方法が広まってしまったら、支払い能力を失ってしまい、パオロの構想は頓挫していまいます。


 焦りと混乱から黙ってしまったパオロをしばらく見つめたあと、伊都は続けました。

 「義彰様は生前から、ご自分にもしもの事があった場合を、私も家臣たちに指示を与えてくださっていました。最新式の鉄砲と火薬について、あなた様を通じて、アラン殿に購入していただく可能性を検討していただきたい、と。私はその交渉役です。」

 「伊都殿、あなたが、交渉役なのですか?」

 「信じて頂けないでしょうか。私は右筆なので、決して何も口外しないという保証のもとに、義彰様の政のお手紙も私信も代筆しておりました。義彰様の侍史という立場で、確かに参謀という位の高い方々は他にいらっしゃいます。ただ、この鉄砲に関する交渉は、上様には明かせないことなのです。おわかりでしょう?内密に目立たぬように事を進めなければなりません。」


 この時初めてパオロは、なぜ義彰が自分と伊都を親しくさせようとしたのか、分かった気がしました。

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