13 大切なお話
バルゴア領からヘイン公爵領まで馬車で2日。
馬車内には、リオ様と私しかいない。馬車の窓から外を見ると、コニーやアレッタ、エディ様、その他の騎士たちが乗馬している姿が見える。
私は、隣に座っているリオ様に話しかけた。
「ヘイン公爵領は、タイセン国の王都より近いのですね」
「ああ、バルゴアとヘイン公爵領は、国境を挟んで隣り合っている領地なんだ」
「国境……」
私がバルゴア領に来てから読んだ歴史の本には、バルゴア領と隣り合っているのは、ヘイン公爵領だけではなかった。
それは記憶違いではなく、リオ様は「前にタイセン国に来たときは、別の領地を通って王都に向かったんだ。そっちのほうが近いから」と教えてくれる。
たしか歴史の本には、こんなことも書かれていた。
「戦時中は、バルゴア領とヘイン公爵領が特に激しく争っていたのですよね? 今は対立していないのですか?」
「特段仲がいいわけでもないが、普通に交流はあるな」
なるほど。ヘイン公爵領で開催されるオークションにリオ様が参加できるくらいだから、お互いに確執は残っていないのね。
「セレナ。これから、タイセン国に入るのだが……」
「はい」
リオ様の真剣な瞳が、私をまっすぐ見つめている。
「一つだけ約束してほしいことがある」
「なんでしょうか?」
私の手に、そっとリオ様の手が重なった。
「セレナには、自分を一番に考えてもらいたいんだ。お願いだから、自分自身を危険にさらすような行動はやめてほしい」
その言葉で、過去の自分の行動を思い出した。
私の異母妹マリンの命令を受けた騎士が、剣を抜いて襲いかかってきたとき、私はリオ様を守ろうと立ち塞がった。
とっさの判断だったけど、次期バルゴア辺境伯のリオ様が死ぬよりは、私が死んでしまったほうがいいだろうと思ったのは事実。
リオ様は、私がまたこんな行動をするかもしれないと心配しているのね。なんて答えたらもうしないと信じてもらえるのかしら……。
私の沈黙をリオ様は、否定と受け取ってしまったようで、その顔に真剣さが増す。
「セレナ、よく考えてほしいんだ。たとえば、自国の民が飢えているのに、他国への食糧援助なんてできないだろう? それと同じで俺たちは、まず自分自身を満たしてからじゃないと、他人を助けることはできない。無理にそれをしてしまうと、共倒れになってしまう」
リオ様が言いたいことが、今の私なら理解できる。
私は慎重に言葉を選んだ。
「……あのころの私は、日々を生きることに必死でした」
もういっそのこと、死んで楽になりたいと願った日もあった。それを選ばなかったのは、コニーが私の味方でいてくれたからだ。
そうして、なんとか生き長らえた先で、リオ様に出会った。
「私の心は、ひび割れだらけで今にも壊れてしまいそうでした。でも、リオ様が丁寧に塞いでくださったんです。そして、たくさんの方々が私の心に優しさを注ぎ込んで満たしてくれました」
リオ様の温かい手を私は握り返した。
「だから、これからの私は決して自分を蔑ろにしません。私は私自身を一番大切にします」
本当に嬉しそうにリオ様が微笑んだ。
「うん、他国への食糧援助は余ったぶんだけで十分だから。というか、援助がしたいなら、先に自国を豊かにするしかない」
「そうですね」
リオ様らしいたとえ話に、クスッと笑ってしまう。
それに食糧援助は「相手に求められたときだけ」というのも重要な気がする。勝手に食料を送りつけられても、送られたほうは迷惑でしかないものね。
私が一人で納得していると、リオ様からコホンと咳払いが聞こえた。まだ何か重要な話があるのかもしれないわ。私は気を引き締めた。
「それでだな、タイセン国に入る前に……その……」
リオ様の頬は、なぜか赤く染まっていく。
「……キスしてもいいだろうか?」
「はい?」
予想外の言葉に私が首をかしげると、リオ様は慌てた。
「だってほら、他国に入ったらできないから!」
そういえば、リオ様は前に「セレナとキスができたら嬉しすぎて、情けない態度をとってしまう」というようなことを言っていた。
だから前にタイセン国に来たときは、私とキスをするのを我慢していたらしい。ということは、今回も我慢するから、今しておきたいということなのかしら?
リオ様の言いたいことを理解したとたんに、私の頬がゆるむ。
「もちろん、いいですよ」
リオ様の顔が近づいてきて私たちの唇が重なる。これまで何回もしてきたのに、いまだにドキドキしてしまうのが不思議だわ。
それはリオ様も同じようで、私たちは赤い顔をしながら微笑み合った。
*
その後、なんの問題もなく私たちはヘイン公爵領にたどり着いた。
街の雰囲気はバルゴア領に近かったけど、ヘイン公爵が暮らす建物はタイセン国の王宮に似ていた。
私が「お城みたいですね」と呟くと、リオ様からも「うちとは違って、王都にあるような城だな」と返ってくる。
「私たちも、あそこに滞在するのですか?」
「いいや、カルロスがくれた招待状によると、オークションの参加者は街の高級宿に泊まるらしい。その宿に併設されている劇場が、オークション会場だと書いてあった」
そんな話をしているうちに、立派な建物の前で馬車は止まった。
「宿についたようだ」
リオ様のエスコートを受けながら私は馬車から降りた。太い柱が並ぶ入り口は、なんだか神殿のような雰囲気がある。
高級宿というだけあり、出入りしている人々は、誰も彼も華やかな装いをしていた。
宿に入る瞬間にすれ違った紳士は、指に大きな宝石がついた指輪をいくつもはめていたし、隣にいた女性もギラギラと輝く重そうな宝石をたくさん身につけていた。
ここまであからさまに財力をアピールする人を、私は社交界で見たことがない。不思議に思っている私に、リオ様が「彼らは商人だろうな」と教えてくれる。
「オークションに参加するのは、貴族だけではないのですね」
「そのようだ」
受付で招待状を見せると、私たちはすぐに部屋へと案内された。
「セレナは、ゆっくり過ごして旅の疲れを癒やしてくれ」
「リオ様は?」
「俺はエディと情報収集に行ってくる」
颯爽と部屋から出ていくリオ様が素早すぎて、私は「いってらっしゃいませ」も言えなかった。




