12 落ち着くところに落ち着いた
――ううっ、『超絶美形で内面まで完璧なセレナ卿が、令嬢たちにモテすぎて、俺なんて相手にしてもらえない』がとうとう現実に……。
そのセリフを聞いたのは、たしか『私が男性で、リオ様が女性だったら』という仮定での話だったはず。
私は、リオ様の手を取ると、その手の甲に口づけするふりをした。
「もし、私が男性に生まれて他のご令嬢に囲まれていたとしても、必ずリオ嬢を見つけ出します」
「セレナがかっこ良すぎて胸が苦しいのだが!?」
真剣な表情で胸を押さえるリオ様の後ろでエディ様が、「おまえは、本当にセレナ様がどんな格好しててもいいんだな」と呆れている。
「あたりまえだ!」
二人の仲のいいやり取りに、私はクスクスと笑ってしまった。
「もう、冗談はおわりですよ。それより、モーリスさんに手伝ってもらうことはできないでしょうか? アイリーン様のパートナー役をしていただきたいのです」
「それは問題ないと思う」
「お仕事中なのにですか?」
「ああ、バルゴア領は、一人抜けたくらいで仕事が滞るような仕組みではないから」
立ち上がったリオ様は、すぐにモーリスさんを呼びに行ってくれた。
しばらくして、リオ様がモーリスさんを連れてきてくれたけど、彼の顔は真っ青になっている。
私が「お仕事中にお呼びしてすみません」と謝罪すると、モーリスさんはブンブンと音が鳴りそうなくらい首を左右に振った。
「い、いえ! 私がお役に立てるなら!」
「実は、アイリーン様をエスコートしてほしいのです」
「エスコート……ですか? できるにはできますが、うまくはないですよ?」
指でメガネを押し上げながら、モーリスさんは不思議そうにしている。
「かまいません」
「そうですか。えっと、では」
モーリスさんが差し出した手を、アイリーン様はじっと見つめていた。
やっぱり男性からエスコートを受けるのは、まだ無理かしら?
そう思ったとき、アイリーン様はモーリスさんの手をとった。二人とも、だいぶ動きが固かったけど問題なくエスコートできている。
私はホッと胸を撫で下ろした。
「このまま練習を続けたら、なんとかなりそうですね」
私の呟きに、リオ様が微笑みを返した。
「そうだな」
リオ様と私が笑顔で視線を交わしたそのとき、「きゃっ!?」とアイリーン様の悲鳴が上がった。見ると、アイリーン様がその場に座り込んでいる。
「大丈夫ですか!?」
駆け寄る私の耳に「いたた」というアイリーン様の声が聞こえた。
「どこが痛むのですか?」
「だ、大丈夫です。すみません、緊張しすぎて体勢を崩してしまいました」
あせる私の横で、リオ様が医師を呼ぶように指示している。
医師の診断の結果、アイリーン様は足を挫いてしまっていた。
医師は「痛みが引くまであまり動かさないでください。無理に歩くとひどく腫れますよ」と伝えてから去っていく。
その場に残されたのは、今にも倒れてしまいそうな顔色のモーリスさんと、椅子に座りながら泣きそうな顔をしているアイリーン様だった。二人は、お互いに謝罪を繰り返している。
「私がしっかりと支えられていればおケガしなかったのに! すみません!」
「いいえ、私のほうこそお時間をいただいたのに、すみません!」
そんな二人の間に、私は割って入った。
「お二人が謝る必要はありませんよ。これは私が提案したことなので、責任は私にあります」
二人の声が「そんなことは、ありません!」ときれいに重なる。
アイリーン様の瞳には、涙が浮かんでいた。
「セレナ様、オークションまでには必ず治します」
「いいえ、それには及びません」
私はニッコリと微笑んだあと、隣にいる背の高いリオ様を見上げた。
「リオ様。オークションには、私をお連れください」
「……」
リオ様から返事はない。私は、アイリーン様には聞こえないように、そっとリオ様に囁いた。
「私の祖父や母のような被害者を、もう出したくないのです」
銀食器に反応しない毒は、バルゴア領の平和のためにもこのままにはしておけない。またいつか、私の大切な人を奪っていくかもしれないと考えるだけでどうしようもなく胸が苦しくなってしまう。
リオ様は、ゆっくりと頷いた。
「セレナの気持ちは分かった。でも、当主である父からは、俺たちは結婚式に集中するように言われている。だから、父から反対されたらあきらめてほしい」
「分かりました」
それならば仕方ない。
「でも、もし父から許可がでたら、セレナのことは必ず俺が守る」
「はい、お願いします」
リオ様の言うとおり、私たちがオークションに参加することを伝えると、バルゴア辺境伯はあまりいい顔をしなかった。でも、引きとめることもなかった。
こうして、私たちはバルゴア辺境伯子息と、その婚約者としてオークションに参加することになったのだった。




