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異世界で家政婦はじめました  作者: kiki
2nd Chapter
20/20

Story 18

「これで良いわ。暫くすれば跡も綺麗に治ると思うけど、念のため一週間後にまた診に来るわね」


 包帯が巻かれた私の首を痛ましそうに見つめるのはアン先生だ。


 ランセスに首を絞められたあの後、ヴァン団長は「アンを呼んで来い」と自分の影に向かって言い放った。

 すると影は本体(ヴァン団長)から離れるとグニャリと変形し、瞬く間に黒い狼へと姿を変え閉め切っていた窓の僅かな隙間からスルリと外に出て行く。影の狼は夜の闇に溶け込むと音も無く駆けて行った。


 黒い狼は影から作られているから、同属である暗闇の中なら速く動けるのかもしれない。

 ヴァン団長が私を物置小屋まで横抱きにしベッドへと下ろした時には、影の狼と一緒にアン先生が息を切らして入ってきたからだ。


 アン先生はヴァン団長から「セスがやった」とだけ聞くと状況を理解したようだった。

 ベッドに横たわる私を見て彼女の目には怒りと悲しみが織り混ざっていて、やり場のないそれらは何かを言おうと口を開きかけた言葉と共に飲み込んだように見えた。


「ごめんなさい……アン先生」

「どうしてニーナが謝るの?」

「私、魔力ない、治療、大変。迷惑、かける……」

「治療を必要としている人がいるなら魔力が有ろうが無かろうが医者である私には関係のないことだわ。だから迷惑じゃないのよ? こういう時は素直に“ありがとう”だけで良いの。その方が私には嬉しいわ」

「ありがとう、ございます。アン先生」

「宜しい。それに悪いのはランセスよ! 事情があるにせよ、やって良いことと悪いことがあるわ!ってことで私はあの単細胞に喝を入れてくるから後は任せたわよ、ヴァン」

「あぁ、セスを頼む」


 私の頭を優しく撫でた後、アン先生はランセスの部屋へと向かった。


 部屋に残された私とヴァン団長の間に沈黙が流れる。

 ヴァン団長の視線は物置小屋に来てから私と一度も合っていない。ずっと眉間に皺を寄せて何かを考えているようで、それがより不安を掻き立てられた。


 家政婦の仕事を頑張って陛下からの信頼を得ること。

 ヴァン団長に心配を掛けさせないこと。

 それが自分に掲げた目標。


 それなのに早速彼に心配を掛けてしまった。

 手を煩わせてしまった。


 私を黎明の森(オロール・フォレ)で助けたこと、ヴァン団長に後悔してほしくない。

 面倒ごと(わたし)を抱えてしまった彼に責任なんて感じてほしくないのに……


 気付いたら固く握り締められていたヴァン団長の拳に自分の手を重ねていた。

 バーガンディ色の驚いた瞳がやっと私の視線とぶつかった。

 けれど私は相当見るに耐えない情けない顔をしていたのだろう。バーガンディ色の瞳はまたすぐに俯いてしまった。


「……後悔している」



 あぁ、やっぱり。



 胸に鋭い痛みが走る。

 ランセスに首を締められていた時よりも、苦しい。


 彼は私を助けたことを後悔している。

 そう思わせたくなかったのに、彼の優しさや責任感に甘えていたのだ。味方だと言われて厚意に甘えきって、魔獣討伐部隊(かれら)のことを知ろうとしなかった。第零隊騎士館寮(ここ)で生きていきたいのなら知るべきだったのだ。闇属性について、魔獣討伐部隊について、第零隊騎士館寮の彼らについて。

 目標だけ掲げて図々しくも胡座をかいていた自分を殴りたい。


黎明の森(オロール・フォレ)でニーナを見付けたのが俺ではなく別な誰かだったら、とそればかり考えている」

「……え?」


 目頭が熱くなって鼻の奥がツンとしてきた時、ヴァン団長から出てきた言葉は意外なものだった。


「俺がニーナを保護したばかりに危険な目に合わせてしまった。ニーナを見付けたのが近衛騎士団長のカインであれば王城の安全なところで匿ってくれただろう。警邏隊団長のフラムなら人望も厚く面倒見もいい」

「……え、と」

「もし教会の奴らだったとしても悪いようにはしない筈だ。魔獣討伐部隊の俺でなければニーナは傷付かずに済んでいたと、何度も後悔している」


 それは、私を助けたことへの後悔ではなく、自分自身への後悔……?

 苦悶の表情を浮かべる彼には悪いが、ホッとしている自分がいた。


 重ねていた彼の手を、もう一度握り締める。

 話を聞いてほしい。彼と話がしたい。どうか、自分を責めないで。


「ヴァン団長、顔、上げて」


 下げられていた視線がゆっくり上がっていく。

 いつもは鋭い目付きが今日は不安げに揺れているように見えた。


「ヴァン団長、私、助けた、後悔してる?」

「後悔などするものか。ただ、俺でなければと……」

「一緒。私、お荷物。助ける人、普通の、子だったら、良かった」


 私のような異界人でなければ、ヴァン団長を困らせなかったのに。


「ニーナを助けたこと、後悔など一度もしたことはない」

「私も、助けてくれた、ヴァン団長で、良かった」


 ニコリと微笑む。

 互いに自己嫌悪に陥って仮定の事を悶々と考えていただけ。変わらない過去の出来事でたらればの話をしていてもしょうがなかったのだ。


「ヴァン団長、話、しよう? 私達、会話、足りなかった」

「あぁ……そうだな。そうするべきだった」


 ヴァン団長の眉間に深く刻まれた皺が幾分和らいだ気がする。

 さっきまで感じていた息苦しさや、胸の痛みは今はない。


「何から話すべきか……いや、敢えて話さなかった事を話すべきだな。ニーナが知らなければいけないことを話そう」


 そうヴァン団長が言うと、居住まいを正した。

 長い息を吐き出し、今度は私の手の上にゴツゴツとした大きな武人らしい手を重ねてきた。彼が今から話すことは私が知るべきことで、彼にとっては話すことを避けていた話題だ。だって彼の眉間にまた皺が寄っている。

 それでも決心したのか、ヴァン団長は一呼吸置いてから口を開いた。


「ニーナには魔獣は怨みや憎しみ、悲しみといった負の感情の集合体で出来ていると前に話したな」

「うん……」

「ではその恨みつらみは何処から来ていると思う?」

「……」


 ど、こだろう……

 考えたこともなかった。

 というのも異世界転移して初めて出会ったのが魔獣だったから、インパクトが強烈過ぎて()()としか認識していなかった。


「闇属性からだ」

「え……」

「俺達闇属性が魔獣を生み出しているんだ」

「……どう、いうこと?」

「闇の精霊に祝福された人間の末路は大体がこうだ。強大過ぎる力故に畏れられ親や家族からは見離され孤立し、孤独のまま生涯を終える。ひと昔前は王宮の地下深くに鎖で繋がれ管理されていた程だ」


 そう言うとヴァン団長は懐に入れていた身分証明を示す懐中時計を差し出してきた。

 私が持つ在留証明を意味する赤胴の懐中時計でも、国民が持つ銀の懐中時計とも違う。漆黒の懐中時計だった。


 それを受け取り裏返す。裏面にはヴァン団長の属性と(カテゴリー)が刻印されてあった。

 中を見る了承をヴァン団長から貰い、中を見てみる。そして自分の目を疑った。

 国民番号の代わりに“管理番号”が刻印されていたから。


「管理番号……」

「俺達闇属性には国民の権利は与えられない。与えられるのは国の所有である管理番号と魔獣討伐部隊という檻だ」

「……」

「人権すら貰えず、居場所すらない、国の所有物として扱われる闇属性の感情は何だと思う?」

「それは……」

「だから魔獣が生まれる。闇属性が生み出した魔獣を闇属性が処理するのは当たり前だろうというのが国民の認識だ」

「そんな……!!」


 そんなの、身勝手過ぎる。

 本当に闇属性の負の感情から魔獣が生まれるとしても、結果そうさせているのは他の人間じゃないか。

 彼らに負の感情を抱かせているのは他でもない同じ人間だ。


 そもそも魔獣は謎に包まれている筈だ。

 何故魔獣を生み出しているのが闇属性だと分かるのか?

 負の感情と言っても目に見えるものではないのに。


「根拠が、ある? 」

「この世に最初の魔獣を生み出したのが闇の精霊だ」


 そうだ、児童向けの神話で読んだ。

 精霊の力を欲した傲慢な王は闇の精霊の怒りを買い、醜い魔獣へと変えられてしまったのだ。


「ニーナが読んだ神話には魔獣に変えられた傲慢な王はその後、闇の精霊の手によって絶命させられたとしか記述されてないな?」

「うん。そうとしか、書いてなかった」

「子供向けだから詳細は書いてないんだ。本当は闇の精霊は魔獣を喰らったと神書には残っている」

「た、食べた!?」

「あぁ、闇の精霊は破壊と戦いを司る邪神だとほとんどの教会では扱われていてな。(つい)に分かれたのは善と悪に分離したというのが所以だ。同属である負の集合体である魔獣を喰らうことで闇の精霊は力が増すという説もある。自らの力を蓄える為に闇の精霊は俺達に祝福を与え、魔獣を生み出しているのではないか。というのが一般的な考えだな」

「ヴァン団長も、そう思う?」


 どうにも腑に落ちない。

 陛下も言っていたが、精霊とは私達人間にとって不可侵の存在。

 それなのにどうして闇の精霊は邪神だとか、力を蓄える為に魔獣を生み出しているなんて分かるのだろう?

 神話に記述されていることは伝承であり、事実ではない。もちろん全てがフィクションということではないのだろうが、“闇の精霊は悪であるべき”という人為的な風潮の方が強く感じる。


 それに神話を読んだ時の第一印象は人間の身勝手さだ。

 生贄と引き換えに不老不死を手に入れようとした傲慢な王には天罰が下ったのだと私は感じたのだが、その後の闇の精霊の行いの方が目立ってしまい悪い印象が残ってしまう。

 けど、私にはどうしても闇の精霊が邪神だとは思えない。


 闇の精霊を実際に見たこともないのに、何か大事なことを見落としているような、そんな不思議な気持ちなのだ。


「俺達闇属性は自身から魔獣が生まれている感覚はない。痛みが伴うわけでもないし、何より自分の中の負の感情が軽減されているわけでもない。だが魔獣が負の感情の集合体だというのは事実だ。魔獣を絶命させると俺達闇属性には負の感情の断末魔が聞こえる」

「断末魔?」

「魔獣に襲われ喰われた妖精や人間達の断末魔だ。痛い、辛い、熱い、苦しい……様々な断末魔が聞こえる中で、最後に必ず聞こえてくる()がある」

「……」

「“ありがとう”と聞こえるんだ」


 魔獣は瘴気で獲物を麻痺させ痛覚を残したまま喰らう。そうすることにより獲物の負の感情が魔獣の体内に蓄積される。蓄積された負の感情が魔獣のエネルギーとなる。


 想像を絶する恐怖と、痛みと苦しみ。

 魔獣に喰われた人々の魂は、もしかしたら体内に捕えられているのかもしれない。

 負の感情で溢れた魔獣の体内は暗くて深くて、苦しそう。

 そんな深淵から抜け出せるのだとしたら、救いの手が差し伸べられるのだとしたら……


 ツゥ……


 気付いたら頬に涙が流れていた。


 魔獣は闇属性から生まれたのではない。

 闇属性は魔獣の為に生まれたのではない。

 闇の精霊は力を蓄える為に祝福を与えているわけではない。


 闇属性は魔獣に安らかな眠りを与える為に、喰べられてしまった人々を救う為にいるのだ。

 救済出来る力をもつのは他でもない闇属性(かれら)だけ。

 そうでなければ何なのだ。


 だけど、それを証明することが出来ない。

 魔獣は絶命すると黒い砂となってしまう。魔獣の声を聞けるのも彼らだけ。

 危険な魔獣に対抗出来る力をもたない人間を同行させる事も出来ない。


 悔しい。悔しい。悔しい。


 何故、彼らがつらい目に合わなければいけないのか。

 闇属性だからという理由だけで化け物呼ばわりされ、国の為に危険な魔獣と戦っているにも関わらず人権も与えられず、人々から蔑まれて生きていかなければならないのか。


「俺達の為に泣いているのか……?」

「うぅ……っ」


 困ったように笑って、ヴァン団長は指で私の涙を拭った。


 こんなに優しい人なのに、それを分かってもらえないのが悔しい。


「信じてくれるのか? 闇属性以外の人間に話しても大概は邪神の手下だと罵られる事の方が多い」

「どう、して、みんな、信じないのっ」

「俺達は化け物らしいからな」


 城下街の人々も言っていた。

 黒の隊は化け物の集団だと。


 止めどなく溢れ出る涙を何度も拭ってくれながら、ヴァン団長は話を続ける。


「確かに化け物と呼ばれても仕方がないんだ。俺達の魔力、属性力は異常なほど膨大なうえ、基礎体力も筋力も他の人間とは明らかに違う。セスの背中にダグと同じ刺青(タトゥー)があるのを見ただろう?」

「あれは、何?」

影の足跡(アンプレアント)と言う。闇属性にしかない刺青(タトゥー)で広範囲であればあるほど魔力、属性力の強さを表している。砦にいる討伐部隊騎士だと片腕か片脚か、体のほんの一部にしかないが中隊長(クラス)だと体の広範囲に渡る。ダグは頭から腰まで。セスは背中から両腕だったか」


 目には見えないところに、ヴァン団長にも影の足跡(アンプレアント)があるんだ。

 彼だけではなく、他の騎士にも。


影の足跡(アンプレアント)は闇の精霊からの呪いだとも言われている。強大な力を授けられる代わりに化け物になったのだと。それに生育環境によって感情が欠落しているのも珍しくはない。見た目は人間なのに中身は人間離れしているんだ」

「ヴァン団長、人間。化け物、違うっ」


 自分のことをそんな風に蔑まないで。

 化け物だとしたら私の涙を拭う手がこんなに温かいはずがない。

 涙を流す私を見て、困りながらも優しく微笑んでくれる人がバケモノなはずがない。


 城下街でマリーが言っていた。


 ーー「私やランセス様達は誰か一人でも真実を知っていれば良いと納得しております。呪い持ちのことを国民全員に理解してもらうのは不可能ですもの」


 なら私は真実を知っていよう。

 まだ知らないこともあるだろうけど、真実を知る“誰か一人”になれたら私はヴァン団長に恩返し出来るだろうか。


「私、信じる。闇属性、魔獣生み出さない。ヴァン団長達、人間っ」


 人々が彼らを化け物と恐れるなら、私は彼らを恐れない。

 人々が彼らを信じないのなら、私だけは彼らを信じる。


「だって、ヴァン団長、私を、信じてくれた」


 突然異世界に現れた得体の知れない私の話を、彼らは信じてくれた。

 それだけでヴァン団長の話を信じるのに十分な理由だ。


「ニーナは……怖がらないんだな」


 涙が落ち着いてきた頃、ヴァン団長はそう言って眩しそうに目を細めた。

 怖がる理由が分からず「何故?」と首を傾げる。


「この話をすれば怖がらせると思っていた。保護した時、魔獣に酷く怯えていただろう? 闇属性が魔獣と関連していると知ったら怯えるのではないかと言い出せなかった」

「怯えない。ヴァン団長と魔獣、関係、ない。それに、ヴァン団長、優しい」

「そう言ってくれるのはニーナだけだ。闇属性がいなくなれば魔獣も消え去ると信じて暗殺を企てる貴族もいるぐらいだからな」


 だから第零隊騎士館寮のホールで会ったランセス達はわたしを間者だと疑ったんだろう。

 魔獣よりも人間の方が厄介なのではとつくづく思う。


 第零隊騎士館寮(ここ)にいることで私にも危険が及ぶこともあるだろう。

 彼らの家政婦というだけで心ないことを言われる可能性もある。実際、菖蒲(イリス)の門で散々な目に合った。


 それでも私は……


「ヴァン団長、私、強くなる!!」

「ニーナが? 鍛錬でもするのか?」

「そうじゃない、私、ヴァン団長、信じる。だから、負けたくない」


 私は自分の目で見たもの、感じたものを信じる。

 自分が何を信じるのかは自分が決める。


 だから心無い言葉に屈しないように、強くありたい。

 真実を知らない人達に、何も知らない、何も知ろうとしない人達に負けたくない。

 闇属性を見る周りの目はちょっとやそっとじゃ変わらない。だったら周りを変えるより、自分が変わろう。

 ちゃんと真実を見るんだ。真実を知る“誰か一人”になれるように。


 第零隊騎士館寮を出ると差別の視線、嫌悪の言葉で針のむしろだ。

 私がそう感じているぐらいだから、本人達はさらに感じているだろう。

 だから第零隊騎士館寮(ここ)では彼らが少しでも心穏やかに暮らせるようにしたい。帰ってきたいと思える場所にしたい。

 私にはそれしか出来ないから。


 シュロイズさん達がそれを望まないことは重々承知だ。

 でも、何も知ろうとしないのは闇属性を邪険にしている人達と同類だ。


 ランセスとは平常心で会える勇気は今はない。

 思い出せば手が震えるし恐怖心が襲ってくる。でもこのままじゃ駄目だとも思う。

 彼とはまだちゃんと話が出来てないのだ。言いたいことも言えていない。


「ランセスにも、負けない」

「ニーナは本当に強いな」

「まだ、足りない!!」


 ヴァン団長を心配させないくらい、強くなりたい。

 力では彼らに絶対に勝てないから、気持ちだけは強くありたい。


 意気込んでいると大きな手で、くしゃりと頭を撫でられた。


「ありがとう、ニーナ」




 貴方の優しい笑顔を守りたいと思った。





テレレ テッテッテー

ニーナは30の けいけんちを かくとく!!

タフメーターが 25あがった!!

ニーナは メンタルレベル45に あがった!!


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