Story 17
今まで生きてきた中で人が吹き飛ぶところなんて見た事があるだろうか。記憶が確かならそんな衝撃的な光景見た事はない。
綺麗な放物線を描いて吹き飛んできた人は、そのまま背中から地面へとダイヴしていった。
受け身をとれず地面に叩き付けられ、くぐもった声で呻いている。痛みでのた打ち回っているその人は猛牛のような上半身に薄汚れた鎧を身に付け、無精髭にぼさぼさの髪の毛だった。所謂無頼漢のように見える。そんな男が何故吹き飛んできたのだろうか。
男が飛んできた路地裏を見ると、何かが派手に倒れたような音がした。
それに混ざって微かに女性の悲鳴と、吹き飛んできた男とは別の男の呻き声が聞こえた。
喧嘩だろうか?トラブルであることは間違いないが、未だ蹲っている男に手を差し伸べるべきか、それとも余計なことに首を突っ込まず警邏隊を呼びに行くべきか。判断に迷っていると路地裏の方からこちらに近付いてくる足音と、何かを引き摺るような音が聞こえてきた。
大男と言っても良い屈強な身体の男の首根っこを掴み、内心の苛立ちを隠しきれない様子で路地裏から現れたのは見知った黒い騎士だった。
「まさかこれで終わりじゃねえよな?」
凄みをきかせて言い放つ騎士ーーーランセスは引き摺ってきた男を乱雑に地面へと転がした。
静かだった十字路は騒ぎを聞きつけた野次馬が集まり始めていた。ある者は好奇心から、またある者は血の気が多く興奮した様子で近付いて来るが、騒ぎの中心が魔獣討伐部隊の一人だと知ると皆一様に顔を強張らせていた。
「俺を怒らせたんだ。まだへばんじゃねえぞ」
ランセスは周りの目など気にもせず、起き上がろうとした男の顔面を容赦なく蹴り飛ばす。
男は鼻血を噴きながら再び地面に沈み、野太い悲鳴をあげながら鼻を押さえ転げ回った。尋常ではない痛がり様に野次馬からは悲鳴が上がる。かくいう私も思わず鼻を押さえてしまう程、男の顔面は血塗れになっていた。
「あれは鼻の骨が折れましたわね」
隣にいたマリーが冷静に言う。
騎士団専属医官で血に慣れているのか顔色ひとつ変えないマリーに対して、彼女の隣にいるアンバーの瞳の少女なんて顔を真っ青にして震えている。
「おい、誰か止めに入れ」
「だったらお前が行けよ」
「そんなことしたらこっちが殺されちまう」
「魔術も精霊魔法も使用しないでこの力だぞ」
「ほとんど化け物じゃないか」
「聞いたことがある。黒の隊は化け物の集団だって……」
「もうすこし離れろ。呪いをもらうかもしれないぞ」
野次馬が騒めく。
信じられない言葉がいくつも聞こえたが、ランセスを止めることも出来ない自分が野次馬の口を塞ぐことなんてもちろん出来ることわけもなく……
私自身もただの野次馬の一人となるしかなかった。
「け、警邏隊、呼ぶ?」
「ニーナ様が呼びに行く必要ありませんわ。先程どなたかが慌てて走っていましたから、警邏隊を呼びに行ったのでしょう。そのうち来ますわ」
「でも、警邏隊、来る前、あの人……」
警邏隊が来るよりも早く、ランセスが男達にとどめを刺しそうな勢いなのだ。
私がオロオロとしている間にもランセスは男に跨り拳を何度も振り上げていた。男を見ると白眼をむいている。意識のない人間に尚も怒りを宿した瞳を向けるランセスに恐怖すら感じた。
初対面で私を睨みつけてきた時とは違う。
あの時も怖かったが、あれはまだ良かった方なんだと思うほど今の彼は容赦がない。所謂、マジギレ状態だ。
意識のない無頼漢達も心配だが、何より止まりそうのないランセスを見ていて何故か胸が騒ついた。
まるで鞘を失った剥き出しの刀剣のようで、危ういと思った。
第零隊騎士館寮で見掛ける彼はいつも苛立っていた。
彼の心が糸だとしたら、感情が刀剣のようだ。常にピンと張った状態の糸は、いつどんな事がきっかけでプツンと切れるか分からない。常に糸と刀剣がせめぎ合っている状態。
糸が切れたら彼はどうなってしまうのだろう。
今のように手がつけられなくなる? 暴れ回ったその先は?
自分がランセスに嫌われていることは自覚している。
彼からしたら「てめえには関係ねえ」と言われて突き放されるだけだ。
彼に嫌われている理由は分からないし、苛立ちの元凶でもある私がこんなことを言う権利はないのかもしれない。
だからといってこの場を放っておけるほど私は図太い神経を持ち合わせていない。仮に今の状況を見て見ない振りをしこの場から去ったとして、次にランセスと会った時に平然といられる自信はない。
見て見ぬ振りをしたら後悔すると思う。何も出来なかった自分自身に。
それすらランセスには「偽善野郎」と罵られそうだけど。
「マリー、どうしたら……」
「心配なさらずとも大丈夫ですわ。魔獣討伐部隊は自分たちの立場を良く理解しておいでです。命をとるまでは致しません。ですので恐らく今回の件、先に手を出したのはランセス様ではなくあちらの方々でしょう。ですが、今回はやり過ぎのようにも見えますわね。ランセス様は良くて謹慎処分、あちらの方々は全治二ヶ月程でしょうか」
そんな悠長なことを言っていられる状態ではないと思うのだけど。
だがマリーの口調からして、このような騒動は初めてではないのかもしれない。
魔獣討伐部隊は強大な力をもつがゆえに人々から恐れられている。
自分達が不利になるような振る舞いはしない、ということだろうか。民衆の前で無抵抗な人間に暴力を振るっている時点でいろいろアウトな気もするが。
「ニーナ様はまるで優しさで出来ているようなお方ですわ。でもどうか気に病まないで下さいませ。私やランセス様達は誰か一人でも真実を知っていれば良いと納得しております。呪い持ちのことを国民全員に理解してもらうのは不可能ですもの」
諦めとも聞こえるマリーの言葉に何も返せなくなる。
ランセスが野次馬を気にしないのは気付いていないからではなく、周りが自分をどんな目で見ているか理解して諦めているからなのか。
「あぁ、そんな悲しいお顔をしないで下さいませ。私達呪い持ちは自分の運命を受け入れていますから。それに、ほら、警邏隊が来ましたわ」
複数の足音が十字路に近付いてくる。
現れたのはシルバーグレイの騎士服に身を包み、レイピアを帯刀している屈強な男たちだった。
「おい、セス坊。俺の管轄で何勝手に暴れてやがる」
屈強な男達は最後尾にいた声の主に道を開ける。
ピリピリとしたその場の雰囲気にそぐわないゆったりとした足取りで、騒ぎの中心に近付いてくるのは隻眼の男。
十数名いる警邏隊の中でも炎の色をした髪で一際目立つその男は、煙草の紫煙を吐き出しながらニヤリと笑った。
隻眼の男の声を聞いてランセスの手が止まる。
ゆらりと頭を上げた彼の顔には返り血が付いていた。
「あんたの管轄だっつうんなら警備体制の見直しが必要だと思うぜ?」
「ランセス・ドラガン。 フラム団長への口の利き方は気を付けろ」
「フルネームで呼ぶんじゃねえよ。フラム団長の金魚の糞が」
「貴様……」
フラム団長と呼ばれた隻眼の男の、閉じられた右目側に立っていた唯一の若い女性騎士がレイピアに手を掛ける。
警邏隊が来てこれでランセスの暴走も収まると安心したのも束の間、剣呑な一触即発の空気となった。
そんな空気に待ったをかけたのがフラム団長本人であった。
「ランセスもヴィーも落ち着け。お前達がやり合ったら街がぶっ壊れる」
「そう思うんなら部下の躾ぐらいしとけよ」
「ランセス貴様……!!」
「ヴィー、レイピアから手を離せ。ったく、相変わらず口の利き方のなってねえクソ餓鬼だな。今の言葉そっくりそのままヴァンに返しとくからな?」
ヴィーと呼ばれたアイスブルーの髪の女性騎士は渋々一歩下がる。
レイピアから手を離したのを確認してから、フラム団長はランセスに向き直った。
「で? セス坊の下で伸びてるそいつ、何?」
「不法入国者だ。裏にまだ三人いる。逃げてなきゃだけどな」
ランセスの言葉を受けて、フラム団長が目だけで他の警邏隊騎士に指示を出す。
静かに頷いた数名の騎士がランセスの言う路地裏に駆けて行った。
「不法入国ねえ……」
「だから警備体制の見直しが必要だっつったろ」
「警備だけの問題でもなさそうだけどなあ……一体どうやって入ってきたんだか」
「吐かせれば良いだろうが」
こうやって、とでも言いた気にランセスは既に意識のない男の首に手をかける。
グッと力を込めると男の口から「ヒュ」と息が漏れた。
「待て待て。お前がやったら聞き出す前に死んじまうだろ。それにこれ以上は警邏隊の仕事だ。聴取するからセス坊も一旦警邏隊本館に来い」
「……面倒くせえ」
「お前が破損させた器物全部、討伐部隊に請求することも出来るんだぞ?」
「チッ」
自分よりも上官であるフラム団長に対して盛大に舌打ちをした後、露骨に嫌そうな顔をしながら怠そうに立ち上がった。
警邏隊の騎士達が撤収するよう野次馬を追い払い始めると、十字路は徐々に元の静けさを取り戻し始めた。まるで何事もなかったかのように。
気絶している男二人を警邏隊が運び始めると、ランセスもフラム団長に続いて歩き始める。
二人が話していた通りこの後事情聴取をするのだろう。
「ランセス、大丈夫かな……」
「警邏隊団長フラム・アルバネル様がご一緒なので大丈夫ですわ。あとはフラム団長にお任せしましょう」
「そうだね……」
「私達も帰りましょう?」
「うん……」
「貴女も。王立魔法学園の生徒でしたら学園寮までお送り致しますわ」
「そんな、マリー様のお手を煩わせるわけには……」
「学生を夜の街に残しておく方が問題ですわ。一緒に帰りましょう」
「ありがとうございます。 申し遅れました、私カメリア・メイベンと申します」
アンバーの瞳の少女、カメリアが名乗った時だった。
「カメリア……?」とポツリと呟いた声が聞こえた。その声は私にしか聞こえなかったようで、マリーやカメリアは話に夢中だ。
声の先はフラム団長の後ろを怠そうに歩いているランセスだった。
彼は何かにひどく驚いた様子でこちらを見た後、私と目が合うと怒りが再熱したかのように般若の如く睨み付けてきた。
先ほど男達に向けた瞳と全く同じ目に、ゾワリと身の毛がよだつ。
身の危険を感じた私はあからさまに目を逸らした。
まさか男達同様、全力でぶん殴られたりするんだろうか?
毛穴という毛穴から嫌な汗がブワっと吹き出る。恐怖のあまりランセスの方は見れない。
顔を不自然に逸らしたまま、フラム団長とランセスが十字路から出て行くのをひたすら待った。
ランセスが私達の前を歩いて行く。
彼の黒い革靴が視界に入ったが、私はそれ以上視線を上げることは出来なかった。初対面の時のように理不尽に怒鳴られたり力でねじ伏せられたりするのだろうか。そう思うと体に力が入った。
黒い革靴は足を止めることはなくフラム団長の後に続く。
結果、彼は私を睨みつけるだけで怒鳴ったり手を出すということはなく十字路を後にした。
何でランセスはあんなに怒っているんだろう。
何に対して……?
何が理由で……?
私にはランセスを怒らせるような心当たりはない。
結局彼の怒りの理由は分からないまま、私達は帰城することとなった。
***
「ダグラスさん、このお皿、こっち?」
「アタシがやるわよぉ。もう、今日はお休みなんだからゆっくりしててって言ったのにぃ」
「私、やることない、手伝う」
「ニーナちゃんは働き者ねぇ」
ダグラスさんが綺麗に洗い終わった食器を拭いて、食器棚に仕舞う。
やることがないわけではない。
早くこちらの国の言葉を話せるようになる為に自室で本も読みたいし、知らないことを知りたいとも思う。
だけど今日は何をしても頭に入ってこなかったのだ。
昼間の騒動の最中、聞こえてきた野次馬の言葉。
ランセスの暴走。
私に向けられたランセスの怒りの理由。
魔獣討伐部隊が国民からどんな目で見られているのかは「奴らは化け物の集団だ」などという言葉で察しがつく。
私を魔獣から助けてくれたヴァン団長が化け物だなんて微塵も思ってはいない。化け物と呼ぶべきは魔獣の方だろう。何故国を守ってくれている彼等を化け物呼ばわりするのか、私には理解が出来ない。
さらに気になるのはランセスだ。
第零隊騎士館寮に戻ってからも彼の怒りの原因を考えたのだが、怒らせるようなことをした覚えがない。
そもそも初対面以来、ろくに口もきいてないのにどうやって彼を怒らせたというのか。私の存在が気にくわないというのなら、そこはもうどうしようもない。私から家政婦を辞めるという選択肢はないからだ。
ただそれが原因ではなさそうな怒りの度合いに、ただただ困惑する。
これからずっとランセスの視線に怯えて仕事をしなくてはいけないのか。そんなのは嫌だ。職場環境というのは仕事を続けるうえで非常に大事なことだ。どんなに仕事が楽しくて好きでも、職場の人間が理不尽なことをしてきたり嫌がらせをしてきたら精神的に辛い。心を壊す可能性がある。その逆も然り。
見に覚えのないことで怒りを買い、怯えながらここで仕事をし、暮らしていくのなんて真っ平御免だ。
やはり直接ランセスに怒りの理由を聞こう。
怖くないと言ったら嘘だが、こちらは何も心当たりはないのに一方的に睨まれるのも釈然としない。
良し、思い立ったったら即行動だ。心変わりする前にランセスの所に行こう。
「ダグラスさん、ランセス、どこいる?」
「あら、セスに用事なんて珍しいわねぇ。この時間なら自室にいるんじゃないかしら?」
「ありがとうございます。行ってきても、良い?」
「ふふ、後片付けは任せて頂戴。もともとニーナちゃんはお休みなんだから、好きに過ごしても良いのよ?」
「働くの、好き。他に手伝い、あったら、言って」
「ホントに働き者ねぇ。あ、それならランセスの所に行きがてら魔法手紙を届けてくれないかしら?」
「任せて」
「この後夜勤組の夜食作ろうと思ってたから手が離せなくて助かったわぁ。正門に魔法手紙の郵便受けがあるから、手紙を取ったら各部屋の扉の隙間から入れるだけよぉ」
「分かった、行ってきます」
「宜しくねん。それが終わったらもう休んで良いからぁ」
ダグラスさんに了承の意味も込めて頷くと、早速郵便受けへと向かった。
郵便受けの取り出し口は感知式魔法陣になっていて、第零隊騎士館寮の人間以外は開けられないようになっていた。
私のバングルにはヴァン団長の魔力が込められているから、問題なく魔法手紙を取り出すことが出来た。魔法手紙は全部で二通。ヴァン団長宛のものと、宛先も送り主も書かれていない真っ黒な手紙だった。
「これ、誰の?」
真っ黒の手紙は何も書かれていない以外は通常の手紙のように見える。
ここに届けられたということは誰かに届けられた手紙なのだろうか。宛先不明な手紙を裏返してみても送り主は記載されていない。
フワ……
真っ黒な手紙を裏返した時、フワリと花の良い香りがした。
「ん? この香り、どこかで……」
爽やかな甘い香り。
どこで嗅いだ香りだったか……
記憶を引っ張り出しつつ、ヴァン団長の執務室の扉から手紙を入れる。
ランセスに会う前に宛先不明の手紙は一度ダグラスさんに確認した方が良さそうだ。
ヴァン団長の執務室からホールを挟んで食堂がある。
ダグラスさんの所に戻ろうとホールを横切っていた時だった。
二階にある自室に戻ろうとしていたランセスがいた。
風呂上がりなのか鳶色のウルフカットの髪は濡れた状態で、上半身裸で首に白いタオルを掛けている。
怠そうに歩くのはこの第零隊騎士館寮では彼しかいない。
「あ、ラン……」
呼び止めた私の声は最後まで続かなかった。
ランセスの背中と両腕に広がる、見たことのある刺青。ダグラスさんの頭から首にかけて入っているトライバルタトゥーにとても良く似たものが彼の背中と両腕にもあった。
さらには背中の広範囲に火傷の跡と思われるものがあり、言葉を失った。
「てめえ……」
自分を呼び止めたのが私だと知ると、ランセスの目に明らかに怒りが宿った。
怯みそうになる自分を叱責し、身構えて彼を見据える。私は何も悪いことはしていないのだから大丈夫。そう自分を鼓舞した。歯を食いしばり、二階に上がろうとしている彼を見上げた。
その刹那……
「うぁっ……」
くぐもった悲鳴が口から洩れた。
一瞬何が起こったのか分からなかった。気付いたら視界が変わっていて状況を上手く理解出来ない。
突如背中に物凄い衝撃が加わって、息が詰まり痛みと苦しさを身体が訴える。
ゲホと咳き込みながら衝撃を受けた身体を、更に肩を大理石の床に押し付けられて動きを封じられた。
後頭部がホールの冷たい大理石にぶつかる。
徐々に感じてきた痛みに目に涙が浮かんだ。
な、にが起こったの……?
息を吸い込もうとする度、打ち付けられた背中が軋む。
苦しみながらも目を開くと、目の前には昼間見た時と同じ怒りが篭った瞳をしたランセスが私を床に押し倒していた。
片腕で上半身を押さえつけ、もう片方は手紙を持つ手首を握り潰しそうな力で押さえ付けてくる。
彼が力を込めれば手首はあっさりと折れそうな程だ。
「てめえ……」
首に手がかかり更に息がし辛くなる。
ランセスの手を退かそうとするも、彼の手はビクともしなかった。
苦しさと痛みで視界が歪む。
そんな私の顔を見下ろし「なんであいつと一緒にいた」と唸るように呟いた。
「あ、いつ……?」
「何が目的だ? 誰からあいつの事を聞いた? あいつを、どうするつもりだ……!?」
「待……わた、し」
「あいつに何かしてみろ。てめぇなんざ殺すくらいわけねぇ」
「あい、つ……って」
誰のこと?と言いかけると、まるで話す許可は与えないとでもいうように首にかかった手にさらに力が入る。
痛い。
苦しい。
初対面でもランセスには腕を容赦なく掴まれた。
その比にならないぐらいの苦痛だ。
本気で、私を、殺そうとしている。
そう感じた瞬間、じわじわと恐怖心が私を支配していく。
カタカタと身体が震え始めた。
「どうやってあいつの事を知った?」
「……」
「どうやって手紙のことを知った?」
「……」
「どこまで俺達の事を知っている?」
「……」
「あいつに何かする前に……殺してやろうか?」
仄暗い光がランセスの瞳に宿る。
彼は本気だ。本気で私を殺そうとしている。
ガクガクと痙攣したかのように体を揺らして目尻から涙を流す。そんな私を見ても彼には慈悲や情けをかける気は毛頭ないようで、顔色は一切変わらない。
グッと首にかける手に力を入れると、ポタポタと彼の鳶色の髪から水が滴り落ちて私の涙と混ざり合った。
手に力が込められる。空気はもう吸い込めない。
ランセスの顔が近くなる。体重をかけているんだろう。
視界が白み始めた時、くしゃりとランセスの顔が歪んだ気がした。
「もう……俺達を放っておいてくれ」
泣きそうな声だった。
「何をしている、セス!!」
薄れゆく意識の端で、遠くからヴァン団長の声がした。
「セス! その手を離せ!! 自分が何をしているのか分かっているのか!?」
「団長、こいつ俺達の秘密知ってる。消さなきゃいけねえ」
「落ち着けセス。ニーナは何も知らない。だからその手を離せ」
「あいつを守らなきゃ。だからこいつを!!」
「セス!! 何も知らないニーナを殺す気か!?」
「……」
「俺の執務室にも手紙が入っていた。恐らくニーナは魔法手紙を届けてくれただけだ」
「何も知らない?」
「あぁ」
「……」
掛けられていた体重が急になくなった。
酸素を吸い込もうとするもゲホッゲホッと咳き込むだけで上手く吸えない。体をくの字に曲げて、喘ぐように口を開くも肺には何も入ってこなかった。視界も白くなる一方だ。
「ニーナ! ゆっくり息を吸うんだ」
ヴァン団長の声が近くで聞こえる。
彼の体温が近くに感じることから、抱き起こされていることが分かった。
背中をさするヴァン団長の手が温かい。
だんだんと意識がはっきりしてきた頃、視界の端でランセスの黒の革靴が動いた。
酸素が足りず回らない頭をなんとか持ち上げる。
ランセスは階段を上がるところだった。
その足取りは重い。
ゆらりゆらりとまるで意識が定まっていないような足取りだ。
彼の手には真っ黒な手紙が握り締められていた。
キャラがどんどん増える。




