Story 13
魔獣討伐部隊の一日は、前日に勤務していた騎士との交代業務からスタートする。
魔獣討伐部隊は連日連夜、魔獣討伐に対応しており、丸一日ごと交互に交代勤務制で働いている。
就業開始、騎士館内にて前日の申し送り事項の引き継ぎを受けて勤務を交代。
その後、出勤の騎士は砦に駐在している小隊からの報告を鳳蝶で受け指示を出す。
これらが一通り終えると、会議室でミーティングを行い、その日の各々の予定や注意事項を確認し合う。魔獣討伐の任務がない場合、午前中は事務処理などのデスクワークが中心になる。
デスクワークのほとんどが魔獣討伐時の報告書の作成だが、これはヴェルフェイム王国にとって重要な仕事の一つになるのだそうだ。
魔獣は未だ多くの謎に包まれている。
その理由は魔獣は息絶えると、ただの黒い砂となって大地に還ってしまうからだ。ただの砂となってしまっては、生物組織の構造を調べる事も出来ない。だからと言って研究材料を目的とした生け捕りや飼育、培養は危険過ぎる為、ヴェルフェイム王国は認めていない。
そのため実際に魔獣討伐の任に就いている騎士達の報告書が、魔獣解明に繋がる糸口になってくる。
報告書はもちろん陛下も目を通されるが、ヴェルフェイム王国の研究機関である魔術師団にも渡され、今後の魔獣討伐の改善に役立てられる。
魔獣討伐部隊が着用している瘴気防護マスクを作ったのも魔術師団なのだそうだ。
特に魔獣討伐の要請が発生しなければ、昼食を挟んだ後は体力トレーニングや訓練が中心になる。
また日によっては以前魔獣が出没した場所へと赴き、その後、異変がないか調査をすることもある。
夕食をとった後は、再び事務処理を行ったり、トレーニングを行ったり、基本的には自由時間だがこの時間帯に入浴も順番に入る。
入浴以降は仮眠も出来るが、仮眠中であっても討伐要請が来たら即出動できるように、騎士服のまま横になるそうだ。
そして私、家政婦の仕事は彼等、魔獣討伐部隊が仕事に専念できるよう清掃、洗濯、炊事などの家庭内労働を担う事。
彼等よりも早く起床し、自分の身支度を済ませてから朝食の準備に取り掛かる。決まった時間内に朝食を各自摂る決まりになっている為、私はそのあいだ食堂にいなくてはならない。
玄関ホールでの宣言通りランセス達三人は私が作った食事を食べるつもりはなく、各自部屋で摂っているようだ。
食堂で必ず食べなくてはいけないというルールはなく、決まった時間内に食事を終えれば自室で食べても問題はないと、ヴァン団長は申し訳なさそうに話してくれた。
ルールだからと仕方なく食べられるよりは、自室で好きな物を食べた方が作る側も食べる側もお互いに平和的で良いのではと思う。家政婦としては出来ればいつか作った物をちゃんと食べてほしいとは思うが、一体それはいつになる事やら………
ちなみにシュロイズさんは何事もなかったかのように私が作った食事を食べている。
彼は私の仕事の邪魔をするつもりはないらしい。ただ、私に向ける表情は感情が伴ってない為、監視は常にしているようだった。
朝食をカウンターから手渡す時、口角だけ上げたシュロイズさんが「わぁ、美味しそうだねー」と心にも思ってない事を言うから、私も作り笑顔100%の営業スマイルで返しておいた。
隣で食事を作る手伝いをしてくれていたダグラスさんが「急に寒気がっ。やだわー、 風邪かしら?」と筋肉で覆われた腕を摩っていたが全力でスルーさせてもらった。
彼等が勤務中は朝に回していた洗濯物を干し、昼食の準備を始めるまで第零隊騎士館寮内の掃除を出来るところまで行う。
昼食を食べ終えた彼等を見送り、厨房の後片付けを済ませたら掃除の続きを再開。
この掃除がまた大変で、広いうえに高さもある第零隊騎士館寮を人の手だけで掃除するのは重労働だった。私に魔力があれば魔法を使って掃除をする、といったことも可能なのだが、魔力はないので掃除は地道にするしか方法はなかった。
掃除をしているとあっという間に洗濯物を取り込む時間帯になってしまう。
取り込んで畳んだ衣類はそれぞれの持ち主の自室にあるチェストに仕舞うまでが私の仕事だ。
ヴァン団長から鍵束を預かっていて、それを使って彼等の部屋を出入りする事が出来る。もちろん、ランセス達三人以外の部屋限定だが。彼等三人の部屋の鍵はそもそも預かっていない。彼等が私に鍵を預ける事を拒否したからだ。
徹底した拒否っぷりに、そろそろ耐久性がついてきたんじゃないだろうか。
そうだとしたらちょっと虚しく感じるけど………
夕食を摂った彼等が順番に入浴をしている間、私がする仕事は食材や日用品の注文だ。
城下町まで下りて市場で注文をし、第零隊騎士館寮まで届けてもらう方法もあるが、第零隊騎士館寮は通販を利用している。通販と聞いて一番最初に思い浮かんだのがインターネット通販だったのだが、もちろんこの世界にインターネットは存在していない。
この世界での通販の注文方法は、分厚いカタログの中から欲しい商品番号と個数を注文専用の魔法手紙に記入するだけ。魔法手紙は感知式魔法陣だから、ヴァン団長にもらったバングルで私にも扱う事が出来た。
ダグラスさん曰く「アタシ達、あまり第零隊騎士館寮から出られないから、専ら通販を利用しているのよぉ」とのこと。
余程任務で忙しいのだろう。注文する量も多いため、第零隊騎士館寮に直接届けてもらった方が効率が良いらしい。注文したものは早朝決まった時間に、第零隊騎士館寮の裏門に届けてくれるので、それを受け取るのも私の仕事だ。
彼等が入浴を終えた後、ようやく私の仕事が終わる。
私は家政婦の身だから仕える彼等より先に入浴する事は出来ず、一番最後にしか入浴する事が出来ない。
男性が入浴した後に入る事に抵抗もあったが、さすがは魔法が存在する世界。
不思議な事に、前に入浴していた痕跡が一切ないのだ。大理石のタイルに水滴は残っておらず、お湯は常に浄水され綺麗な状態が持続している不思議な浴槽。
もう魔法凄い、としか言いようがない。科学よりも便利なのではないか。
そんな綺麗な状態の浴槽に最初は入る事を遠慮してシャワーだけ使っていたのだが、ある日脱衣場を出て直ぐダグラスさんに捕まってしまった。
「ニーナちゃん、お風呂から上がるの早いけど……もしかしてシャワーだけ?」
「はい……え、ダグラスさん、いつから、ここいた?」
「駄目よぉ!! 女の子なんだからちゃんとお湯に浸からなくちゃ!!」
「は、はぁ」
「お湯は魔法で常に綺麗な状態だから安心して入って? それに家政婦って重労働でしょう? シャワーだけだと疲れがとれないわよ」
「あ、ありがとうございます」
「浴場の棚にアタシの入浴剤あるから、それ使っても大丈夫だからね。あとオススメの保湿剤もあるから入浴後は使ってみて? お肌がぷるんぷるんのツヤツヤになるのよ。アタシみたいにねっ」
「ぷるんぷるん……ツヤツヤ」
「そうよ。あっ!! 大事なこと伝えるの忘れていたわ!! 間違っても浴場にヴァンの脂汗とか体毛とか残ってないから、本当に安心して入って。ねっ!?」
「あの……」
「まだ何か不安な事ある? ヴァン達の汗臭い匂いとか不安かしら」
「う、うしろ……」
その後ダグラスさんは、野太い悲鳴をあげながら背後に般若を従えたヴァン団長に引き摺られるように連れて行かれた。
そんなこともあり、今は遠慮することもなく浴槽に浸かる事が出来ている。
ふぅー、と掌に乗った泡に息を吹きかけると、七彩が浮かんだ泡が浴場内に飛んでいった。
古代ローマを彷彿とさせる大浴場に、泳げるほどの広い浴槽。
シャワーだけ使用していた時と違い、やっぱり浴槽に浸かると疲れが取れる気がする。
家政婦の仕事はまだ慣れない事も多いが、徐々に仕事の流れは掴めてきていた。
明日はマリーさんと約束していた買い物の日。
だからと言って入浴剤を使って女子力を上げようとしているのでは断じてない。
入浴剤を入れたのは私ではなく、ダグラスさん。明日、マリーさんと買い物をすることを知っているダグラスさんは、私が脱衣所に入る前に突如現れ「明日、マリーちゃんとデートでしょ!? この入浴剤使って気合い入れてね。これでマリーちゃんは更にニーナちゃんにメロメロよーん」と有無を言わさず小指を立てながら入浴剤を入れられた。
ダグラスさん、いつもどこで待ち伏せしているんだろう。
そして私は同性をメロメロにする趣味はないのですが……
入浴剤はお湯を張った後でも泡風呂になるタイプのようで、呆然としている間にも浴槽は甘い花の香りを漂わせてブクブクと泡で覆われていく。
しばらくダグラスさんの奇行に呆気にとられていたが、せっかく入浴剤を入れてもらったのだし、堪能する事にした。
私がこうして入浴出来ているのは、彼等の入浴時間が決まっているからだ。
急な魔獣討伐の任務で帰城が遅くなった場合等は、彼等は自室にあるシャワーを使用することになっている。
浴槽があるのは大浴場のみで、ここの浴槽は常に綺麗な湯を張る為、魔力を大量に消費する。
その為、利用時間が決められているのだ。彼等の利用時間が終了してから私は入浴しているから、後に入る人の心配もせず、誰かが途中で入ってくる心配もせず、こうしてゆっくり入る事が出来ている。
きめ細かい泡を手に取り腕に塗り込んでいく。
さすがはダグラスさんがお勧めする入浴剤。腕に塗った所が滑らかな肌触りになった気がする。
泡を腕だけではなくふくらはぎにも塗りながら、ふと自分の手元を見ると、あかぎれやヒビで荒れた手が視界に入ってきた。
家政婦の水仕事は予想以上にハードだった。
一人暮らしをしていた時とは規模も量も全く違う。広い寮の掃除に、朝昼晩の人数分の調理、そして後片付け。ゴム手袋なんてこの世界にはないから、仕事をして三日目には手荒れを起こしていた。
でもボロボロの手を見ても憂鬱な気分にはならなかった。
今の自分には充実感があったから。異世界に来て、この世界の人には当たり前にある魔力や属性が私にはなくて、自分に出来る事はなんだろうって不安だった。
だから陛下から家政婦の仕事を提案された時、驚きもあったけど安心もしたのだ。
この世界で自分にも出来る事があるんだって。魔力や属性がなくても、この世界で生きていけるって。魔法が使えない分、時間が掛かったり、不便な事もあると思う。
でもそれは、=出来ないということではない。時間が掛かっても、不便でも、私にも出来る事はある。
それが家政婦なのだとしたら、私はこの仕事を頑張りたい。
だから手が荒れても、肩や腰がバキバキになっても、明日も頑張ろうと思えるのだ。
たとえ、彼等に認められなくても。
ヴァン団長は人目がない時に「大丈夫か?」と心配してくれるし、ダグラスさんは時間がある限り家政婦の仕事について細かく教えてくれている。ついでにおすすめの美容法も教えてくれる。
相変わらずランセスは睨み付けてくるけど、そういう時は気付かないふりをするか笑顔で対応している。大体は舌打ちをして立ち去るが、いちいち気にしていたらキリがないので仕事に集中することにしている。
アルとハディは本当に私と顔を合わせるのが嫌なようで、玄関ホールでのやり取り以来、会っていない。
シュロイズさんに至っては表向きニコニコと笑顔で接してくれているが、内心私の事をどう思っているのかが分かっているから一番厄介だ。
そんなこともあり、シュロイズさんのことは“職場に一人は二人はいる苦手な人”と思うようにした。
クラスメイトや友達なら関わるのを止めれば良いだけだが、仕事をするうえで今後も彼とは関わっていかなくてはならない。それに彼は私が異世界人だと知る数少ない人間だ。彼は私を監視する役目がある。
長い付き合いになるのだとしたら、友好的な関係が望ましいけれど、シュロイズさんに仲間や友達だと思うなとブスッと深く釘を刺されたばかりだ。
だからと言って彼の目や言動に怯えて仕事に悪影響が出たらそれこそ問題である。
毎日をナーバスに過ごすより、シュロイズさんと私にとって“ちょうどいい関係”でいるために、お互いの役割に徹して、立ち回ることで私は割り切ることにした。
私は家政婦で、彼は職場の(苦手な)人。
ここで間違ってはいけないのは、私は私の為に仕事をするのであって、シュロイズさんに家政婦の仕事を日々こなすだけで良いと言われたから仕事をするのではないということ。
「見てろ、シュロイズさん」
まさか異世界で勤続年数七年で培われた、嫌な上司との付き合い方が発揮されるとは……
人生何が起きるか分からないものである。
真面目にコツコツと仕事をしていれば、シュロイズさんも文句は言えまい。
いっそのこと家政婦の仕事を極めようか。
誰にも文句を言われないように、自分を認められなくても仕事では認めてもらえるように。
そうしたら第二の人生、少しは楽しめるだろうか。
マリーさんと明日の休日を楽しんだら、また家政婦の仕事を頑張ろう。
握り拳を作って意気込んだーーーその時だった。
『そのシュロイズとかいう男、あたしが消してあげよっかー?』
少女のような無垢な声が大浴場に響いた。
テレレ テッテッテー
ニーナは27の けいけんちを かくとく!!
タフメーターが 10あがった!!
ニーナは メンタルレベル20に あがった!!




