Story 12
2018/07/07 誤字訂正しました。
週末にマリーさんと城下町で買い物をする約束をして、私は二人と別れた。
食堂で随分話し込んでいたようで、洗濯物を干している後庭に向かうと陽のほとんどが沈んでいて、夕日の反対側には一番星が輝いている。
洗濯物を乾かす理想の時間は日中。
その時間を過ぎると空気に湿気が帯びてきて、せっかく乾いた洗濯物が湿ってしまう。つまり一度乾いた洗濯物が湿ってしまい、干して乾いた洗濯物が台無しになってしまうのだ。
足早に物干し竿に近付き、干していた真っ白なシーツを触るとやはり少し湿っていた。
洗濯したての良い香りのするシーツに寝転びながら眠りにつくという、私のささやかな楽しみは残念ながらなくなってしまった。楽しみはなくなってしまったが、湿ったシーツは何とかしなくてはならない。
物置小屋の中にロープを張って、湿っぽいのがなくなるまで部屋干しするか、と思案しながら洗濯物を取り込んでいると、頭上から聞いたことのない不思議な羽音が聞こえてきた。
虫でも鳥でもない、言うならば紙を捲るような、そんな音。
不思議に思い音のする方に顔を向けると白い五羽の鳥が、第零隊騎士館寮の屋根付近を旋回しているところだった。
なんだろう、あの鳥……鳥にしてはなんか薄っぺらいような……
旋回している五羽は形は鳥のようだが鳥特有の丸みがなく、折り紙で作った鳥のように角ばっていた。
目を凝らして見ても、陽が落ちて暗くなっていることもあり正体が何なのかは目視では分からず、そのうち五羽は第零隊騎士館寮のさらに奥にある王城の方へと飛んで行ってしまった。
「何、あれ……?」
「あれは鳩便と言って我が国では一般的な手紙だよ」
聞いた事のある声に肩がビクつく。
さっきまで人の気配はなかったのに、視界の端に写り込むのは緩く波打った金色の髪。
避けていた人物の一人、シュロイズさんが何食わぬ顔で隣に立っていた。
「あ……」
「もー、あからさまに会いたくなかったって顔しないでよ。さすがに俺でも傷付いちゃうよ?」
傷付いちゃうと言っているわりに、シュロイズさんは物置小屋で見たのと同じ、目だけは笑っていない笑顔でニコリと微笑む。
出来れば会いたくなかった。どんな顔をして会ったら良いか分からなかったから。
そんなことを言っていても、同じ敷地内に住んでいるのだからいつかは顔を合わせる事になる。それは分かっていたけれど、何を考えているのか分からないシュロイズさんに会う心の準備は未だ出来ていなかった。
「鳩便は魔法陣が描かれた便箋で、魔力を込めると鳥になって届け先まで飛んで行くんだ」
顔を強張らせている私に気付きながらも、シュロイズさんはお構いなしにシーツを器用に畳んでいく。
彼の感情のない瞳を見ると、さっきの不思議な鳥の説明も頭に入って来ない。
シュロイズさんの瞳には私に対する嫌悪も好意も感じられないからこそ、恐怖を感じる。この人は私をどうしたいのだろう。
角と角がぴったりと重なり畳まれたシーツを「はい、どーぞ」と手渡された。
それを恐る恐る受け取ると、シュロイズさんは小さく笑った。
「そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。別に俺はニーナちゃんをここから追い出そうとしてるわけじゃないから」
「……」
「あれ? 信用してない?」
「シュロイズさん、私、どうする……?」
「んー? 別にどうもしないよー? 言ったでしょ。“俺達の中に入って来ないで”って。それさえ守ってくれれば俺が直接手を下すことはないよ。だからと言って君と仲良しこよしするつもりもないけれど」
「シュロイズさん、私、嫌い?」
「嫌いじゃないよー。好きでもないけど」
彼は柔和な笑顔を向けながら、私の心を傷付ける。
私のことは嫌いでもなければ好きでもない。
私の事を追い出そうとしているわけでもない。
だからと言って仲良くするつもりはない。
分からない。シュロイズさんが何を考えているのか。何がしたいのか、私には分からない。
「意味不明って顔をしているね。仕方ない、少しだけ教えてあげようかなー。第零隊騎士館寮はね、俺達にとっての世界で俺達の全てなの。だから正直、余所者は入れたくないんだ。もともと家政婦なんかいなくても俺達だけでやっていけてたしね。でも陛下の命令は絶対だ。最初は反対していたヴァンも承諾しちゃったし。俺、忠実な部下だから命令は背かない主義なんだ」
「つまり……?」
「つまり、俺達の世界を壊さないなら、俺は君に何もしないよってこと。家政婦としての与えられた仕事を日々こなすだけで良い。俺達は魔獣討伐部隊の騎士で君はただの異国の家政婦。間違っても俺達の事を自分の“仲間”とか“友達”とか思わないようにね。ニーナちゃんが自分の立ち位置をちゃーんと理解していれば、俺は前みたいに普通に接するよ」
まるでなんてことない世間話をするように、彼はにこやかに話しているけれど、一言一言が釘を刺している様に私には聞こえた。
ここが自分達の世界だと言うシュロイズさんにとって、第零隊騎士館寮は大事な場所だというのは理解した。
どういう経緯があって、彼がそう思い至ったのか知る事は出来ないだろう。それを知る事自体が、彼のテリトリーに入る事を意味するからだ。
でも、分かったこともある。
ヴァン団長に保護された時、シュロイズさんが私に優しく接してくれていたのは、様子を窺っていたからだと今になって思う。
正体不明の異世界人が魔獣討伐部隊を脅かす存在かどうか、見定めていたのだ。
見定めて、見極めて、彼の目に私がどう写ったのかは分からないが、第零隊騎士館寮で家政婦として働くことが決定した時点で、不穏分子だと判断したのだろう。
だから物置小屋でシュロイズさんは私に警告したのだ。
俺達のテリトリーに入って来るな。
勘違いをするな。
ここにおまえの居場所はない。
家政婦は自分の仕事だけをしていれば良い。
自分の立ち位置を間違えるな。
そう言いたかったのだろう。
「今のところ君が異世界人だと知っているのは俺を含めて四人。陛下は君に興味を持っちゃったし、アンは可愛がっているし、ヴァンは保護した手前、君に甘い。俺ぐらいは贔屓目なしに公平に見なきゃ駄目じゃない? だから俺の事は、そうだなぁ……監視人とでも思って?」
シュロイズさんはランセス達と違って嫌悪を表したり明確な拒絶はしてこない。
壁を作って、線引きをして、牽制をして、私を彼等から遠ざけようとしている。
それは何故……?
理由は分からない。けれど、シュロイズさんは第零隊騎士館寮にいる彼等を守ろうとしているのではと、ふと感じた。
「ニーナちゃん、聞いてるー?」
「シュロイズさん、仲間想い」
「は……?」
サファイアのような瞳が大きく見開いていく。
シュロイズさんの感情が伴った表情を久々に見た気がした。
「私、危険ない。家政婦、仕事頑張るだけ」
「………」
「仕事残っている、それじゃ」
言いたい事を言うだけ言って、私はシーツを持ち直して彼に背を向けた。
シュロイズさんが何を考えているのか分からず怖かったが、彼の目的がはっきりすると恐怖心はどこかへと吹き飛んで行った。だからか、物置小屋に向かう足取りが軽やかな気がする。
だって私は私の仕事をするだけだから。
彼等が中に入って来るなと言うなら、入っていかない。拒絶されるのは悲しいが、シュロイズさんが私を遠ざけたいほどの理由が彼等にはあるのだろう。その理由を知る権利も信頼も、私にはない。
そもそも、そんな威嚇しなくても私には何も力はないし、もちろん危険ではないのだから要らぬ心配だと思うけど。
とにかく今は仕事を頑張ろう。
シュロイズさんが懸念しているような事を、私はするつもりはないのだから、堂々としていれば良いんだ。
彼等を恐がる必要はない。
よし、と手を強く握り意気込む。
強く握り締めていたのがシーツだと気付き、慌ててシーツを広げる。
まずはこの湿ったシーツをもう一度干さなくては。
「……しぶといなぁ」
物置小屋に入った私は、表情をスっと消したシュロイズさんの呟きを聞くことはなかった。
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